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月夜の獣  作者: 八重花
8/11

闘い

 現実にも女郎蜘蛛はいますが、それはよく見かける黄色と黒の縞々模様の蜘蛛のことだそう。

 毒はあるそうですが、人間には効かないので噛まれても問題はないようです。

 が、そもそも噛まれること自体が痛いので気をつけましょう。

 デスリップの口から、低い(しゃが)れ声が漏れている。

 次の瞬間、デスリップの顔が、びぎっとひび割れた。

「ひっ」

 イェレッシュが俺たちの方へ逃げてくる。追い払いたいが今はそんな余裕はない。

 デスリップの破れた顔から、黒くて太い、鎌のようなものか這い出てくる。いや、あれは昆虫の、足····?

 夜で良かった。明るいところでまともに見ていたらトラウマになっているところだった。

 頭のどこかが麻痺したのか、そんな冷静な感想を抱いていると、

「ひぃぃぃぃっ!!」

 イェレッシュが悲鳴を上げる。

 先程まで無口な美女だったそれは、小山ほどもある巨大な大蜘蛛へと姿を変えていた。

 脱け殻になった人間の皮を、大蜘蛛はひょいっと足で無造作に放り捨てる。

「なんだ、こいつは!!」

「あたしらの国では女郎蜘蛛って呼んでる

 美女の皮を被って擬態して、男を誘い込んで食べる妖怪よ」

「妖怪?」

「あんたらの国でいう魔物のこと」

 月夜が解説する。

 女郎蜘蛛は随分上にある目でじろっとイェレッシュを見下ろして、

『お前に人間の街へ案内させる気だったが···

 我も甘く見られたものよ』

 美女のときよりもずっと流暢に話す。

「街に、何の用だ?」

 俺は女郎蜘蛛に話しかける。イェレッシュが怯えまくっているせいで、俺はむしろ冷静になっていた。

『決まっている。食事よ』

 つまり、街の人間を喰らおうということか。

『しかし、その前に、貴様らを、喰らわねば』

 巨大な足の一本がこちらに向かって伸びてくる。

 咄嗟に月夜とイェレッシュの体を掴んで後ろに跳んだ。

 目の前で地面がえぐれて砂埃が起きる。

 口の中に入った砂をペッと吐き出しながら、

「月夜、お前、あいつを遠くに吹き飛ばせるか?」

「でかすぎて、風の魔法では(··)無理」

 パニックを起こして意味のない言葉を叫んでいるイェレッシュに比べて、月夜は下手すれば俺よりも落ち着いている。

「そうか」

 自分もなんでこんな状況で落ち着いてられるのか不思議だった。この数ヶ月で色んなことが起こりすぎて頭が麻痺しているのかもしれない。

 ともあれ今女郎蜘蛛は砂埃でこちらを見失っているようだ。散発的に明後日の方向を攻撃するばかりでかすりもしない。どうやら、頭はそれ程回らないらしい。俺は二人を引っ張りながら、今のうちにと蜘蛛から距離をとる。

 このまま気づかれないようにこの場から逃げたいが、砂埃の範囲外へ出たらさすがに蜘蛛も追いかけてくるだろう。

 不本意ながら、この身体になって動体視力も上がったようなので、蜘蛛の攻撃を避けることは出来る。

 だが、二人を抱えたまま遠くに逃げる余裕はないし(イェレッシュは捨てていっても良い気がするが)、街のすぐそばにこんな魔物(妖怪というんだったか)を置いていくのはまずい気がする。

「なに悩んでるの

 倒しちゃえば良いじゃない」

「無茶言うな!!」

 さらっと言う月夜に、蜘蛛に聞こえないように小声で声を荒げる。

 しかし、

「無茶なことないわ

 あたしが見る限り、あんたと女郎蜘蛛の力は互角だもの」

「嘘つけ!サイズが全然違うだろ」

「魔物や妖怪の強さってのは、大きさじゃない。持ってる能力。それに知恵、よ

 人間だって、そこは同じでしょ」

「······」

「逆になにもしなければ、あんたは殺されて、あいつは街になだれこんで、人間食べ放題。で、ジ·エンド」

「······」

 それ、実質俺に選択肢ないんじゃないか。

 しかし、そう言われると最早やるしかないと諦めが湧いてくる。

 砂埃が少し晴れてこちらが見えるようになったのか、たまたまか、蜘蛛の足がこちらに伸びてくる。

 俺はその足を殴りつけた。

 が、勢いに負けてあっさりそのまま吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 滅茶苦茶痛い。

「····おい」

「死んでなきゃ負けてない!!」

 月夜が謎の根性論を説く。

 ちなみにこの攻防の間にも一応イェレッシュはいるのだが、最早動くこともままならないのか、月夜の隣でうあうあと呻き声を上げている。

 俺はすぐに立ち上がると蜘蛛を見据える。

 真正面から見た女郎蜘蛛は、とにかくでかい。足が多い。毒々しい色をしている。

 全く勝機が見出だせない。

『この、目障りな羽虫が!!』

 蜘蛛がまた足を振り上げる。ツッコんでる場合じゃないが、その台詞を昆虫の姿をした奴に言われたくない。

 その足を危なげなく避ける。どうやら力はともかく速さの方は俺が上らしい。

 そういえば、月夜が先程言っていた。勝利を分けるのは、能力と、知恵だと。

 俺はわざと派手に逃げ回る。律儀にも蜘蛛はその度に足で攻撃してきた。

『あ!?』

 砂埃の中、女郎蜘蛛は自分がえぐった地面のに足をとられる。

 隙は一瞬だが、その一瞬で良い。

 俺は蜘蛛の足の一本にしがみつくと、その足を地面に縫い付ける勢いで全身に力を込めた。

 もがいた蜘蛛自身の力と勢いでぶちっと、俺が押さえ込んでいた足が千切れる。

 ギィィィィィッと、歯車が軋むような悲鳴が響き渡って、蜘蛛が暴れだす。千切った足を振り回し、蜘蛛の顔を目掛けて思い切り殴り付ける。本当は目を狙いたかったが、巨大蜘蛛の身体の構造上顎?に当たる。

『この、ゴミクズが!!』

 多少ダメージはあったのか、ややふらついてこちらに寄ってくる女郎蜘蛛。足を一本失ってバランスを崩したのかもしれない。

「やるじゃん!!」

 少し離れたところで月夜が弾んだ声を上げる。

 出来ればこっちが戦っているうちにさっさと逃げてほしい。

 とか思っていたら、蜘蛛が月夜の方を向く。そして、何故か突然後ろを向いて―。

 咄嗟に月夜の方へ走り出すと、予想通り、蜘蛛が尻から糸を吹き出す。

 俺は間一髪で月夜を抱え上げて横に逃げた。白い糸が地面一帯にべったりと張り付く。ねばねばしたそれに絡めとられたら、一瞬で動きを奪われそうだ。

「さっさと逃げろよ!!遠くに!!」

「いや」

「~~~~~!!

 こんなときくらい言うこと聞けよな!!」

 月夜はふふふっと笑って、

「大丈夫よ。あんたには、無敵のサキュバスがついてるんだから」

 またそんなことを言う。

「それに、あんたまだまだ本気じゃないじゃない」

「本気だよ!!」

「だって本気なら、その姿のはずないもの」

「姿?」

 ちなみに、この問答してる間も怒り狂った蜘蛛がこちらに向かって足やら糸やらで攻撃を仕掛けてくる。それを抱えた月夜と会話しながら避けているのだ。これで本気じゃないって···?

「合成獣なんだから、あんたには他の生き物の能力があるはず。なのにあんたは始終人型

 多分あんた、変身が出来るんだと思う」

「変身?」

 なんだ。そのファンタジックな言葉は。

 疑っていると、蜘蛛から少し離れた場所で月夜が俺の腕から飛び降りる。

「とにかく、変身するつもりでお祈りでもしてみたら?」

 どんなつもりだ、それって。

 そう思いながらも俺は念じてみる。勿論追いかけてきた蜘蛛から逃げながら。

 変身する。

 俺は変身出来る。

 ·······何に?

 疑問が頭の中に湧いた。が、

『!?』

 変化が訪れた。

 身体の筋肉が、骨が、異形のものへと変わっていく。

 二本足で立っていられなくて、地面に伏せた。

 地面に足がついた、と思った頃には、

『ちょっと待て!!今、俺、どうなってる!?』

「大丈夫!!いつもよりは男前になってるわよ!」

 声もいつもと違って聴こえるのに、月夜は能天気な返事をよこしてくる。

『なんだ!獣か!?』

 蜘蛛の方が驚愕の声を上げている。

 その言葉の通り、俺の身体は、四足歩行の獣へと変化していた。

 伝承の通り、獅子の鬣。竜の翼。蛇の尾。

 しかし、伝承と違い、顔は狼のもので、足には蹄がある。

「バランスは悪いわね」

 月夜がぽつりと言う。

 領主の趣味なのかなんなのか、通常の合成獣に狼と馬(多分)が追加されている。

『気色の悪い奴め』

『巨大蜘蛛に言われたくねぇ!!』

 叫びながら女郎蜘蛛に向かって駆ける。さっきよりもずっと足が速くなってる。

 がぶりっと、蜘蛛の太い足に噛みつく。

 すると、ぶちっと、嫌な音がして再び蜘蛛の足が噛み切れた。口の中に変な汁の味がして、すぐに足ごと吐き出す。

「う、うわあああああっ!!!」

 しかし、そこで悲鳴を上げたのは、今まで存在を全員から忘れ去られていたイェレッシュだった。

「ば、化け物!!」

 その目と言葉は蜘蛛ではなく、まっすぐ俺に向けられていた。


『化け物!!村から出てってよ!!』


 ティレイバーの姿が浮かぶ。

「バセット!!」

 月夜が叫ぶが、イェレッシュを見ていた俺は反応出来ず、蜘蛛が振り上げた足に天高く飛ばされる。

 視界の隅に逃げていくイェレッシュが映っていた。

 地面に叩きつけられかけたすんでのところで宙に浮く。

 忘れていたが、俺の身体には今、翼が生えているのだ。

 生まれてこのかた翼など使ったことはないが、本能的なものか自然と動いた。

 俺は月夜のすぐそばに降り立つ。

「だいじょぶ?」

 のんきに近づいてくる月夜。

 こいつは、俺が、今どんな姿をしているのか見えていないのだろうか?

『お前は、俺が怖くないのか?』

「サキュバスがなんで合成獣ごときを怖がらなきゃなんないのよ」

 またそんなことを······。

「それに、あんただって、あたしのこと別に怖くないでしょ?

 それと、何が違うの?」

『!!』

 確かに俺は、月夜が男たちをぶっ飛ばそうと、怖くない。

 だって、俺の目に映るこいつは、ただのわがままで暴力的な女の子だから。

 それに、この身体になってから、俺を怖がらなかったのは、こいつだけだった。

 なら、俺の方も、こいつがサキュバスだろうが、ただの嘘つきだろうがもうどうでもいいのかもしれない。

 こいつは、こいつだ。

 蜘蛛がこちらに向かって這い進んでくる。

 俺は月夜を守るようにその前に立ち塞がった。

 覚悟を決めたせいか、喉の奥が、熱い。

 俺は口を、開いた。

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