夜はこれから
夢を見ていた。
親父と暮らしていた家で、親父と一緒にいる夢。
けれど、病気に倒れた親父は、ベッドの上で、ずっと俺に向かって呪詛を呟いている。
「お前のせいだ。お前が城になんて行かなければ、俺は死ななかったのに···」
言って父は俺の首に手を伸ばして―。
バリングシャバキィッ
「やっほーーー!!」
窓をぶち破って、月夜が転がり込んでくる。
「ねぇねぇ、外で木の実もいでたんだけどさ、この明らかに毒がありそうでなさそうなやつ、バセット試しに食べてみてよ!」
呆気にとられた親父を尻目に、月夜は紫色で黒のまだら模様の毒々しい木の実を俺の顔面にぐりぐり押し付けてくる。
「········」
「なんでだよ!」
俺は飛び起きた。
その勢いで、目の前にあった何かにぶつかって弾き飛ばしてしまう。
俺の頭にぶつかって、それは二メートルほどぶっ飛んで地面に叩きつけられた。
「え、何!?」
思わず立ち上がって見に行くと、イェレッシュが転がっていた。
「うわ!すみません!
立てます···か···」
手を差しのべようとして、俺は止まる。
イェレッシュの手には、ごついナイフが握られていた。明らかに料理用ではない。
「え·····」
戸惑っていると、イェレッシュは慌てて立ち上がり、俺から距離をとると、
「嘘だろ···。お前、なんで薬が効かないんだ」
ふと先程イェレッシュが淹れてくれたお茶が頭に浮かぶ。
「なんのつもりですか?」
と言いながらもやばい空気を感じとり、寝ている月夜とデスリップを庇える位置に移動する。
イェレッシュも、ごまかせる状況じゃないと悟ったのか。
「お前の連れのあの女の子がほしいんだ」
イェレッシュはナイフで月夜を示す。
「あの子なら、デスリップよりも高く売れる」
「売る·····?」
胸の奥が、ひやりっとした。
「デスリップさんは、あんたの恋人だろう?」
イェレッシュははっと笑う。それは、あの地獄のような城の監獄で研究者たちが浮かべていたものに似ていた。
「いるんだよ、たまに。ああいう世間知らずが
そのおかげで、俺の仕事が捗るんだがな」
漸くわかった。こいつの言う仕事とは、
「人身売買か」
当然だが違法である。俺たちを実験体として買った領主も厳密に言えば同じだが、あちらは表向き「奉公」という名目だったため罰せられることはなかった。
「で、邪魔になる俺を殺す気だったのか?」
「そうだよ。わざわざ薬まで盛ったのに···
お前、どういう体してんだ」
それは、おそらく俺がすでに普通の人間の体ではないからだろうが、わざわざ説明する義理はない。
「とにかくお前はいらないんだ。観念して···」
「いや、終わりなのはあんたでしょ」
ナイフを構えて俺に向かってこようとしたイェレッシュに、冷たい声が届く。
そちらを見れば、いつの間に起きたのか、月夜とデスリップが並んでこちらを見ていた。
「な···なんで···!?」
その『なんで』は、なんで二人にも薬が効かなかったのか、という意味だろうか。···ってか、全員に効かないって、それもう薬入れ忘れてないか?
イェレッシュは慌ててナイフを捨てて、
「ち、違うんだ!デスリップ!!」
この状況でよくそんなことが言えるな。逆に感心する。
正直この状況は通報されても文句は言えない。というか、この場合、俺が通報するべきだろうか。
イェレッシュは今、必死でデスリップに言い訳を捲し立てている。今さらそんなことをしても無駄なのに、多分無茶苦茶混乱してるんだろう。
俺が呆れていると、
「大変なのは、これからよ」
いつの間にか俺の隣に移動してきた月夜が言う。
それはどういう意味だ?と尋ねる前に、
『舐められたものよ。人間ごときに』
低い声が轟いた。