プロローグ
主人公の生い立ちという結構重要な部分ですが、諸事情によりダイジェストでお送りします。
俺はずっと、親父と二人で樵として生きていくつもりでいた。
その生活しか知らなかったし、それ以外の生き方があるなんて思いもしなかった。
母親の顔は知らない。物心ついた頃にはもういなかった。
淋しいと思うことがなかったわけじゃないが、親父からの愛情は十分感じていたし、不満だと思うことはなかった。
俺たちが住んでいたのは小さな村で、生活は楽ではなかったが、幸せだった。
しかし、その幸せも親父が病気になったことで、終わった。
治療費は高すぎて、俺は親父の分まで必死に働いたが、全く届かなかった。
そんなとき村に領主からの使いがやって来た。
使いは、村の誰かが一人領主の城で働くなら報酬をくれると言った。それも、目が飛び出るくらいの大金を。
それは親父の治療費には十分な額だった。
俺は村長に、自分が行くから残された親父を頼むと申し出た。
勿論親父には反対された。
けど、ここで親父を見捨てたら一生後悔する。
そう説得して、村を出た。
後悔はしないつもりだったけど、ただ、一つだけ、心残りはあった。
ティレイバー―村長の娘で、俺の婚約者だ。
評判の悪い領主だったから、城へ行ったらもう二度と戻れないかもしれない。そんな予感はあった。
だから彼女には、俺を待たないで欲しい。そう言い残した。
ティレイバーは、泣きながら頷いてくれた。
俺の気持ちをわかってくれた。
そのときは、そう思っていた。
城に着くなり、俺と他の村から連れてこられた人たちは地下に連れていかれた。はっきりはわからないが、そのときは村人は四、五十人はいたと思う。
俺たちが地下で見たのは、地獄だった。
合成獣、という魔物がいる。様々な動物の特徴が混ざりあっていて、一般的には獅子の顔と体、竜の翼、蛇の尾を持つと言われている。
その誕生は完全に突然変異からなるそうで、かなり稀少な魔物だ。
そんなようなことを、俺たちを地下に連れてきた研究員たちは説明してきた。
魔物が見てみたい。特に、合成獣を。領主のそんな一言が始まりだったという。
家臣たちは焦った。先に言った通り、合成獣は珍しい魔物だ。そこらで簡単に捕まえられるものではない。
しかし、出来ないと言えば、暴君領主に粛清される。最悪、難癖をつけられて処刑されるかもしれない。
そこで家臣たちは、自分たちで合成獣を造り出すことを考えた。
最初は、動物同士を掛け合わせてみたが、出来た合成獣は狂暴な上、無茶な合成のせいか寿命もかなり短くなってしまった。
そこで、つなぎとして目をつけた素材が、知能とある程度の寿命を持った生き物―人間だった。
しかし、下手に近隣の住民を拐うと、事件になってしまい、国から捜査の手が伸びる。
そこで奴らは、奉公という名目で金に困っていそうな村人を集めたのだ。村の方も大金をもらっている以上、下手に村人を返せとは言いづらくなる。
要するに俺たちは最初から合成獣の材料にされるために、領主に買われたのだ。
俺は真っ先に実験体として選ばれた。年も若く、体力があったから。
施術中、何をされたのかは覚えていない。ただ、その間とんでもない激痛に襲われ続けたことと、終わった後、吐き気がしばらく治まらなかったことは覚えている。
その後は檻に入れられ、獣のように扱われた。
他の村人たちも同じ目に遇わされたのだろうが、大半は連れてこられたその日にいなくなってしまった。
残った村人たちも体力が持たなかったのか、一人、二人と減っていった。
そして、残ったのは俺と、隣の檻からずっと俺を励まし続けてくれたガッシュという男性が一人だけ。
しかし、そのガッシュの声も、あるときから聞こえなくなってしまった。
俺は、遂に一人になってしまったのだ。
それに気づいた瞬間、気がおかしくなりそうだった。
それでもなんとか正気を保てたのは、村にいる親父の存在があったからだった。
親父はきっと領主が俺を買った金で元気になれた。そう信じないと、狂ってしまう。
その度に父さんからもらった、緑色の石がついたペンダントを握りしめた。
村を出るとき、親父は母さんとの思い出のペンダントを渡してくれた。親父たちの故郷では、この緑色の石を自分の一番大切な人に渡すんだ、と。
「お前がいつかこのペンダントを誰かに贈るまでは、どうか生き抜いてくれ」
これがあるから、生きていられた。
ある日、地震が起きて俺は飛び起きた。
何故か体がいつもより軽く感じた。けど、このまま地下にいたら生き埋めになってしまうだろう。
そう思って俺は必死で檻の格子を力任せに引っ張った。すると、呆気ないほどにその太い格子はばきっと折れた。
そのときは気づかなかったが、合成獣の実験で、俺の身体はすでに人間離れしていたのだ。
しかし、慌てていた俺は深く考えず檻から飛び出した。
他の檻も見て回ったが、あるのは空の檻か死体ばかり。すでに避難したのか、見張りや研究者の姿もなかった。
ここにはもう、生きている人間は俺だけだった。
仲間たちの遺骸を置いていくのは心苦しかったが、このままここにいるわけにもいかない。
俺は地下室から飛び出した。
揺れは続いている。なのに何故か城が崩れる様子もなく、城の誰にも会わない。そんなに迅速に皆避難したのだろうか。
でも、誰にも見咎められないこの状況は俺にとっては都合が良かった。
俺は手近な窓から外に飛び出した。
向かうのは当然、元の村。親父のいるところだ。
「·····なんで·····」
家に帰ってきたら、そこには何もなかった。
そこにあるのは、焼け跡だけ。
どうして···?·火事が、あったのか?なら、親父は?
「なぁ!君·····」
突然背後から声がかけられて振り返るとそこにいたのは、
「先生!!」
教師って意味じゃない。彼は、病気の親父を看るために町から来てくれていた若い医者だった。元から医者のいないこの村に回診に来てくれてたけど、親父が病気になってからはここに常駐してくれていた。
「君、確か領主のところへ奉公に行ったんじゃ···
帰ってこられたのか?」
「えっと、それが、地震があって····
それより、親父は!?」
相手の肩を掴んで尋ねると、医者はひどく言いづらそうに、
「やっぱり、知らないんだな。
······君のお父さんは、君がいなくなってすぐに、火事で亡くなったんだよ」
その後も医者が何か声をかけてきたが、覚えていない。
気がついたときには俺は医者を置いて、村長の家に駆け出していた。
親父の世話を頼んだのは村長だ。聞けば詳しい事情がわかるかもしれない。
そう思い、村長の家の前にたどり着いた瞬間、
「彼が帰ってきたって本当なの!?」
聞こえてきたのは、ティレイバーの声だった。
外に声が漏れるほど家の壁が薄いわけじゃない。合成獣の実験のせいで俺は聴力も上がっていたのだ。
「詳しいことはわからん。しかし、村の外でそれらしい姿を見たと言われた」
こっちの声は村長だ。
「ど、どうしよう·····」
ティレイバーが怯えた声を上げた。
まるで、俺が帰ってくることを望んでないみたいだった。
それは良い。待ってなくて良いと言ったのは俺だし、村にいるときから、彼女が俺のことをもう好きでないのは知っていた。だから、もうとっくに諦めはついていた。それなのに、親父の世話を押し付ける形になってしまったことには罪悪感はあったが。
「こんなことなら、父親の死体を森に捨てるんじゃなかった。墓さえあれば、納得させられたかもしれない」
村長がふと漏らした。
······························森に、捨てた?
今聞こえたことが信じられなかった。
「でも嫌よ!死体が片付いて、ようやく全部なかったことに出来たのに!!
父さんだって、彼がもらったお金を横領してたのがバレたら困るでしょ!?」
やめろ。
もう、聞きたくない。
だけど、
「どういうことだ?」
気づくと俺は家の扉を開け放っていた。
二人が驚愕の表情でこちらを向く。
「どういうことだよ。なぁ!!」
俺はそのまま村長に掴みかかろうとした。
「ひぃっ」
村長が家の奥に逃げようとする。
俺は手を伸ばして村長の腕を捕まえようとした。
その瞬間―。
血飛沫が、飛んできた。
俺の伸ばした手が、村長の腕の皮膚を引きちぎったのだ。
「ぎゃああああっ!!」
村長の絶叫が響いた。
「あ·····っ!」
咄嗟に駆け寄ろうとすると、ティレイバーが思い切り俺を突き飛ばした。
彼女は、俺を怯えと憎しみの籠った目で睨み付けながら、
「化け物!!村から出てってよ!!」
かつての婚約者は、好きだ、愛してると言った口で、そう叫んだ。
檻から出て、自由になっても、俺はもう人間じゃない。
俺を待っててくれる人は、もうどこにもいない。
それを突きつけられた俺は、村から逃げ出した。
自分でも信じられないくらい速く走れた。もう、村は木立に隠れて見えなくなっている。
草原に出たとき、俺はばたんっと仰向けに倒れた。
もう、全てがどうでも良かった。
帰る場所も、待ってくれている人も、人間としての人生も、全て奪われてしまった。
何一つ残っていない自分に、生きている意味はあるのか?
なら、このまま死ぬまで、ここに横になっていようか。
すると、俺を見下ろす影が落ちてきた。
目を開けると、誰かが俺の顔を覗き込んでいる。
ちょうど満月で、影になって相手の顔はよく見えない。体格から男なのはかろうじてわかった。
それなのにー。
月の下で見るその姿は、不思議なことに、怖いくらいに、美しく感じた。
「·····死神?」
そう呟くと、その男は少しだけ微笑んだような気がした。
「死神なら、さっさと連れてってくれ
もう、疲れた·····」
こんな死神に連れていかれるなら、死ぬのも恐ろしくはないかもしれない。
そう思っていたのに、死神はいきなり俺の首にかかったペンダントを乱暴にむしりとった。
「返せ!!」
すぐに飛び起きてペンダントを取り戻そうとする。
一人で死ぬのは、嫌だ。
あのペンダントを失くしたら、自分や親父の生きた証を失くすのと変わらない。
しかし、すごい勢いで頬を殴られ、地面に叩きつけられた。
「俺が死神だったとしても、てめぇみてぇな負け犬の魂なんざいらねぇよ
もう死ぬって弱音吐いてる死に損ないのくせに、これが大事なのか?」
男の声は冷徹に響いた。
「取り返したきゃ、草食おうが、泥水すすろうが、石にかじりつこうが、生きて追い掛けて来い!!」
男はそう言って去っていった。
痛みと悔しさで、その日は動けず、眠ることさえ出来なかった。
動けるようになってようやく、俺は空腹を感じた。
とにかく今は、動かなければならない。
ろくな食べ物はなかったが、泥水をすすり、食えるものはなんでも食った。
なんとしてもあのペンダントを取り返す。
それまでは死ぬわけにはいかない。
あのペンダントだけが、俺に残された誇りそのものだから。