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冴原悠希.4

 俺は彼女に暴力を振るう最低な男だ。殴る、蹴る、噛む、髪を引っ張る、首を絞める。言葉を使って痛めつけたりもする。やめられないし止まらない。スナック菓子を食うように彼女を傷つける。


 だけど、そんな俺から離れていこうとしない冴原悠希も底抜けに理解不能なバカな女だ。俺にいいようにされて、でもまだ傍にいる。


 俺と冴原は中学のときにも短い期間だけ付き合っていたのだが、冴原が交友関係などをきちんと整理していなくて、だらしなくて、それで俺が嫌な目に遭ったことで、俺の方に不信感が募り、ダメになってしまった。以後、俺は冴原なんてどうでもよくなっていたのだけど、中学を卒業して進学するとなぜか冴原も同じ桃岡高校に来ていて、嫌だなあと思っているとまた告白された。もちろん俺は断った。中学のときの不快な気持ちは時間と共に薄らいでいたものの、薄らいだことによって逆にぼんやりと残存して解消しようのないモヤモヤになってしまっていた。思い出は美化されるという言い回しがあるが、トラウマはより暗黒化する。実際はそれほどの被害じゃなかったとしてもだ。


 そんな俺の気持ちを他所(よそ)に、冴原はあの頃の失敗を取り返したいしどうしてもやりなおしたいのだと言って聞かないので、もういい加減鬱陶しかったので交際を了承して、それから俺は冴原を殴った。最初、自分でも驚いた。自分の拳が冴原の体に強く打ちつけられる衝撃に、我ながら正直引いた。そして、これはやばいと他人事のように思った。これが暴力か。こんなことをすればそりゃ人は死ぬわと思った。でもやめられなかった。冴原も別れようとせず、また俺の傍に寄ってくるので、俺は冴原を蹴った。


 なんなんだろう? 俺は冴原に暴力を振るうことで過去の傷を癒やそうとしているんだろうか? それともそういうフェティシズムが発現してしまったんだろうか? 可愛らしい冴原を痛めつけることで快感を得ているんだろうか? わからない。でも俺は、冴原としているときにも暴力を振るっている。


 もっとわからないのは冴原だ。なんで別れないんだ? なんで俺から逃れようとしないんだ? ぶっちゃけ、俺は冴原にはもう興味がない。俺に近づいてくるから、近づこうとするから蹴散らしているだけで、どこかへ消えてくれるなら全然追わないし、お互いにとってよかったねとしか思わないだろう。冴原も冴原で、俺に殴られることで過去を償えると信じているんだろうか? だけど冴原は俺の拳を浴びるつもりで俺に再告白してきたわけではないだろうに。俺と昔みたいに打ち解けられると思って声をかけたはずだ。だからたぶん、今は意地を張っているだけなんだろう。引っ込みがつかなくなって、本当は後悔しているけれど、俺のところへ来てしまうんだろう。まさか俺が改心するとは思っちゃいないはずだ。


 改心とはいっても、俺はヤンキーとかになったわけではない。家族や友達の前では今まで通りだ。普通に家の手伝いなどはするし、友達とも笑い合ったり相談に乗ったりと通常運転だ。


 冴原に対してだけ、歯止めが利かない。可哀想だと思わない。けど、かといってざまあみろとも思わない。フェティシズムを疑ってこそいるが、表面上は俺の心は動いてない。冷静……どころではない。無だった。無のままに俺は拳を振り上げ、足を突き出す。


 ある日の放課後、俺がちょうど一人になったところを狙って、冴原の友人二人がお願いしに来る。男子と女子。もしかしたらこの二人は付き合っているのかもしれない。

「木田くん、話があるんやけど……」


 何の話かはわかりにきっていたし、でも切り出しづらそうにしていたので、

「俺が冴原を叩いとる件?」

 と先に言ってやる。


 男子が反射的に「叩くどころじゃねえやろ!」と怒声を上げるが、女子に制される。


「木田くん、悠希を叩くの、やめてあげれん?」


「それは冴原が二人に頼んだん? 俺にやめるよう言ってやって」


「違う違う」女子は首をぶんぶん振る。「私らが見てられんから自発的に言っとるんや。木田くんと悠希の事情はちょっとだけ聞いたけど、それにしても木田くんはやりすぎやと思うし……」


 俺が冴原に仕返しをしていると思っているわけか。いや、実際そうなのかもしれないが。


「冴原が近づいてこんとけば俺もなんもせんよ」

 逆に俺が二人にお願いする。

「ねえ、冴原に俺と関わらんように言ってくれん? 俺と別れねやって」


「それは言っとるんやけど……」


 やけど、ダメか。


「なんで別れんのやろうな、あいつ」と男子の方が不可解そうに、いっそ不愉快そうにつぶやく。


「それは俺が聞きたいわ。俺も冴原に言っとるんやよ?」

 痛いやろ? 痛いんなら別れねや。俺に近づいたり話しかけたりせんとけば俺は何もせんよ。どっか行けや。別に桃岡高校から出てけとまでは言わんさけ、俺に絡んでこんといてや。他の男を好きになってそいつと付き合えや。


 っていうか、冴原はもう絶対俺のこと好きではないだろ。根性で踏ん張っているだけで、ブラック企業に勤める社畜がわかっていながら毎朝出勤するのと同じような原理なんじゃないのか? もうその一連の動きが催眠状態のように自動化されてるんじゃない?


 冴原とちゃんと話し合わないと、と授業中や自宅などではそう思うのだ。でも冴原が目の前に現れると、義務のように髪を掴んで地面に引きずり倒してしまう。公園の汚い便所で性欲を処理してそのまま放置して帰宅してしまう。冴原の方にも話をしようという雰囲気はなくて、最近なんか特に、もうただ殴られに来ているようにしか見えない。そんなもんで罪は消えない。というか、俺は別に怒ってない。無意識下で怒っているんだとしても、俺自身、その怒りには気付いていない。認識してない。だったら怒ってないのと同義だし、消えてほしいのはどちらかといえば罪じゃなくて冴原本人だ。冴原がいる限り、俺は暴力を振るわなくちゃならない。俺はどんどん最低な人間になってしまう。ん? ひょっとして、冴原は俺を最低な人間にするべくわざと殴られに来ているのか? 新しい形の嫌がらせ? ありえるか?と少し考えてみて、ありえないだろうと思うけど、そもそもの冴原の行動にまったく理解が及ばないため、そういう突飛な可能性も否定できなくなってしまっている。最初はやりなおせると期待して近づいたけど、それが無理だとわかって、じゃあ堕落させてやろう、となった? なるか? わからない。普通はならない。自分を傷つけてまでそんな反撃を企てたりしないだろう。


 暴力を振るい振るわれるカップルにはハネムーン期と呼ばれるラブラブ期間があるらしい。要するに、存分に殴ったから気持ちも晴れて心に余裕が出来て、そうなったときにようやく罪を感じてその分相手に優しくなるっていう仕組みだ。俺の場合はストレスから暴力を振るっているわけではないので気持ちが晴れることもないし罪を感じるわけでもないしラブラブ期間は来ない。冴原には飴がない。鞭しかない。鞭、鞭、鞭。何が楽しくて生きているんだろう?と思うけど、それは俺も同じだった。


 今日も今日とて、冴原を公園の便所に置いて帰ろうとしていると、公園のちょうど出入り口付近のところで後頭部に強い衝撃を受ける。パシャンと乾いた音がして、なんだか軽そうだけれど、あ、入った、と俺はなんとなく思う。後頭部の骨が割れて、何か硬いものがそのまま脳をクシャアアと潰す感覚がある。イメージだ。実際にはそこまで破壊されてはいないのかもしれないが、確認することができない。急に両足から力が抜け、俺はコンクリートの地面に膝をつかされる。膝をつくや否や、膝の力も抜けて、うつ伏せに倒れ込まざるを得なくなる。そこにもう一発、衝撃。また後頭部だ。さっきも中までめり込んだと思ったが、まださらに奥があったようで、再度クシャアアアとなる。顔面と地面が接していたので、後頭部をやられたことで顔面にも衝撃が来る。え、鼻があるのに、顔面ってこんなにも地面と接する?と思うぐらい接する。鼻もうないかも。けれど、そんなに気にならなかった。だってこれ確実に死んだだろ。


 なんで俺がこんなことをされなくちゃならないんだ!とはもちろん思わない。不思議でもなんでもない。運悪く通り魔に襲われたとかじゃないだろう。たぶん冴原関係の報復だ。冴原の友達か、家族もありえる? 冴原本人……はないかな。少し興味があって後方を確認したいんだけど、体がもう全然言うことを聞かない。上半身も起こせないし首も捻れないし、というか体の部分部分を既に知覚できていない。何をどうしたら体を動かせるのかがもうわからない。


 でもよかった、と最後に思う。これで冴原が暴力を振るわれることはもうないのだ。

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