丸間友花.①
イジメというほどのイジメじゃなかったと思うが、それは被害者本人が決めることなので、丸間友花がイジメだと判断すればイジメなのだった。けれど俺は友花がどんなイジメを受けていたのかと訊かれたら、なんか、ちょっとだけ悪口を言われてた気がする……としか答えられない。小学校三年生の頃の話なので、もう五年くらい前の出来事なので、記憶が薄らいでいると言われればそうなのかもしれないが、本当に印象にない。マジで。軽んじているわけじゃない。しかし、そんな友花を庇ったのが俺だというんだから、やはり当時の俺はそのイジメを重く受け止めていたんだろうか? でも実際にやったことといえば、悪口を言っていた女子グループの奴らをちょっと叩いたくらいだ。ボコボコになんてしていない。「そんなつまらん悪口言っとんなや」っつって、軽くゲンコツした程度だ。逆に言うと、その程度で終息した話だったんだから、やっぱりそんなのイジメの内に入らないと思う。客観的に。
なんで俺は友花なんて庇ったんだろう。別に好きだったわけじゃない。友花なんてチビだし生意気だし、髪も短くて男子みたいだった。当時の俺は髪の長さに女の子らしさを見出だす少年だったのだ。なので、女子を守るヒーロー気取りなどといったことは一切ない。わからない。その場の雰囲気で、なんとなく女子グループの方ではなく友花の味方をしたくなっただけの話だと思う。
ただ、当の友花はイジメられたと感じていたので、それ以降まったく女子と遊ばなくなり、俺を盾にするかのように、俺を雨傘にするかのように、俺に絡んでまとわりつくようになってしまった。いい迷惑だった。友花は俺が友達と駄弁っているときにもいたし、俺が友達と走り回ったりしているときにもいた。女子と遊ぶことに気恥ずかしさを覚える奴も何人かいたし、危うく俺が仲間外れにされかねない事態にも一時期なった。でも俺はもちろんそんなの嫌なので「こんな奴たいしたことないさけ男やと思って扱ってや」と必死に友花を無害アピールしたものだった。
幸い、俺は友花がおまけでついてきても許してもらえるぐらいには他の男子らから信頼を得られていため、そこから五年経った中二の今現在においてもそれに関しては苦労せずに済んでいる。友花がいっしょにいて文句を言う友達は誰もいない。
田舎の小学校なのでクラスはひとつだけだったが、さすがに中学校は三クラスあり、二年生に進学して別々のクラスになってからはベッタリくっついてくることもなくなったけれど、部活動はいっしょだったので下校時はやはり並んで歩くことになる。
五月。中学校生活にも慣れて余裕が出来てきたからなのか、付き合い始める奴らがちらほら出てくる。こんな田舎なのに? 俺はなんとなく、恋愛なんて都会でだけ起こりうるものなんだろうとぼんやり思っていたけれど、人が人を好きになる気持ちにオフィスビルや田んぼの多さは関係ないのだった。田舎でだって愛は生まれる。しかし、ここ最近まで恋愛なんて意識の外だった俺は、この今の流れに乗りきれない。恋人ってどんなことをするんだろう?以前に、俺には好きな人、気になる人すらいないのだった。焦る。なんか、ちょっとの間に俺だけが一気に置いていかれてしまった焦燥感がある。気付いたら周りはみんな大人で、俺だけ子供のままだったみたいな。
いや、子供はもう一人いる。俺は隣を歩いている丸間友花を見遣る。相変わらず背が低くてショートヘアな幼馴染みの女子。
俺は訊くともなく訊いてみる。
「最近カップルいっぱい誕生しとらん?」
「そうなん?」
と友花。興味もないし把握もしていない。俺より酷かった。
「お前、周囲の事情に疎すぎじゃねえ?」
まあそうだ。二年生になり、友花は俺のクラスにこそ遊びに来なくなったが、自分のクラスで友達を作ったわけではない。休み時間は机に突っ伏して寝ているだけなのだ。俺は知っている。そんな友花が何かを察するなんてこと、できるはずがないのだった。
「そんなもんどうでもいいもん」
「どうでもよくはねえやろ」
「そんなもん知ってどうするんや」
「いや……」
どうもしねえけど。
「気にならんか? 誰と誰が付き合っとるとか、そういうの」
「別にならん」
淡白だ。自分が置いていかれていないか、遅れを取っていないかという現状への不安もあるだろ? それはダサいから言わないけれど。
「拓郎は気になるん? 好きな人でもおるん?」
「…………」
好きな人がいるんだったら話は簡単だ。いないから複雑なのだ。
「……おらん」
「ふうん」
と友花は鼻を鳴らす。少し笑う。
「おらんのに他人のことが気になるん? 変なの」
「うるっせえわ。お前もちょっとは他人のこと気にせえや。女子なんやから恋愛に興味持て。女子らしくせえ」
「はあ? 失礼やな。女子らしくってどんなんや? 何したら女子らしくなるんや?」
「…………」
いや、具体的に訊かれてもな。
「他人に興味持てや。女子と仲良くしろや。女子と女子らしい会話しろや」
「誰と仲良くしようが関係ないやろ。そんなこと言ったら、拓郎だって私と仲良くしとるんやし男らしくないやん?」
「俺は……」
お前と別に仲良くしとるわけじゃねえ、と言いそうになったが、それはいくらなんでも酷いかと思いなおし口を噤む。これだけ長い間いっしょにいて言葉を交わしているんだから、まあ『仲良くしている』ということで間違いはないだろう。これも恥ずかしいから言わないけども。
「俺には同性の友達もいっぱいおるもん」
「友達が同性かどうかとか何人おるかとか、そんなのどうでもいいやん。私には私の範囲があるんや。ケチつけんといて」
「…………」
珍しく強い口調で言うじゃないか。俺は言葉に詰まる。が、なんとか返す。
「俺は友達としてお前の心配しとるんやぞ。女子と仲良くせんくて、これから先やっていけるんかいや。男子の傍におるだけじゃダメなこと、これからきっと出てくるんやさけな。女子といっしょにおることに慣れれや。ほしたら少しは女子らしくなるやろ。そうしたら俺も安心や」
「私が女子らしくなったら、拓郎は嬉しいん?」
「嬉しいっていうか、安心」
友花に関してはマジで将来が心配。小三以来、ほぼほぼ男子としか関わってない。別に同性恐怖症とかではないと思う。頑ななだけだ。なんかヘソを曲げて女子と喋らないだけだ。でもそんなんじゃやっていけないし、絶対に余計な敵を作ることになる。いつか。断言できる。そのときに俺のゲンコツが再び通用するとは限らない。
「うーん」
と友花は考えるようにする。
「うーん、そうやなあ」
「その気になってきたあ?」
「まあ、拓郎がそう言うならあ」
「マジか。素直やな」
「でもいきなりいろいろは無理やしね? 私、絶対にクラスの人らから好かれとらんし」
「んなことねえぇ」
知らないけど。知らないけど、そこは否定してやらないといけないだろう。せっかくやる気になっているんだから。
「なんかあったら俺に相談すればいいんやし。気負うな。少しずつやれや」
「うん」
友花は頷き、それから少し黙って歩く。
俺も友花も陸上部。そしてどちらも短距離走が専門。だけどというべきなのかわからないが、友花は歩くのが遅い。俺は友花に合わせて歩幅を調整したり、歩く速度を緩めたり。
十歩ぐらい進んでから「拓郎」と友花が俺を呼ぶ。
「ああ?」
「恋愛に興味持てってさっき言われたけど、私、恋愛に興味なくはないよ」
「は? お前さっき、恋愛なんてどうでもいいって言うとらんかった?」
「違うわ。他人の恋愛なんてどうでもいいって言ったんや」
「ふ、うん……」
ってことは自分自身の恋愛は大事だということか。
「お前、もしかして好きな人おるん?」
「拓郎は?」
「いや、やから俺はおらんって」
好きな人よりも、まずは気になる人から探さなくちゃいけないレベルなんだって。脈がありそうかどうか、可能性がありそうかどうか、クラスの女子を順番に思い浮かべて吟味してみるけど、誰も該当しない。俺は女子との関わりが浅い。っていうか、こんな、丸間友花と下校している男子に話しかけてくる子なんて普通いないよな。ひょっとしたら、俺は友花と付き合っていることにされてしまっているかもしれない。ん? それはまずいぞ。
「お前はどうなんやって。好きな人おらんのか?」
もしも片想い中ならば、俺がサポートして友花の恋を成就させてやる。そうすればそいつに友花係を任せて、俺はじっくり気になる子を探すことができるようになる。
しかし友花は「おらん」と言い捨てる。
「おらんのか……」
俺はがっかりする。
「嘘や。おるよ」
「マジか。誰よ」
「嘘や。おらんわ」
「なんじゃいや……」
まあ、わかってはいた。興味あるって言いながら、そんなに興味ないだろ。友花は絶対に他人に興味がないし、恋愛なんてしなさそう。見ていればわかる。俺は友花が男子に対してそういう気配を匂わせたところなんて一度たりとも目にした記憶がない。根本的に、周囲への関心が薄いのだ。
ゆっくりやるしかない。友花はもちろん、俺もだ。ゆっくりで構わないが、しかしいろんな経験を積まなければならない、と思う。経験がないと、正しい選択なんてできやしないだろう。もちろん、経験がない内はわけもわからず失敗ばかりしてしまうだろう。でも、本当に重要な岐路に立ったときのために、俺達は事前に失敗しまくらなければならない。経験とは失敗だと思う。そう思わないとやってられないだろうなあと、まだまだ子供ながらに、俺はなんとなく、言いようもなく感じている。
「とりあえず髪伸ばしたらどうや?」
と俺は言う。今だに俺は女子らしさを髪に求めているんだろうか?
「別に。伸ばさん」
きっぱり断る友花。
「なんでよ」
「髪短くないと、拓郎、私やってわからんやろ?」
友花はなぜか得意げに笑う。