都合のいい耳
人間が嫌いだ。
何かあるとすぐ人のせいにする。
自分の利益のために人を蹴落す。
毎日のようにテレビやネットで誰かを叩きさも自分こそが正義かのように振る舞う。
何も見たくない。
何も聞きたくない。
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そろそろ日付も変わろうかという頃、明日発表する企画の資料をまとめた私は帰路についた。
いつもの帰り道、街灯のひとつもない、真っ暗な道を歩く。
じんわりと湿った服が気持ち悪い。
せっかちな蝉が夏の訪れを叫んでいる。
なにやら道の先にぼうっと光が見えた。
近づいてみるといかにも占い師といった相貌のお婆さんと"都合のいい耳 売ります"の文字。
お兄さん、疲れてそうだねぇ。よかったら耳、いらんかね?100円でいいよ。
お婆さんが言う。
きっとお兄さんの役にたつと思うよ。
私は怪しいと思いつつも興味の方が勝ちお婆さんに100円を渡した。
まいどあり、、、。気に入ったらまたおいで。。。
どうやって家に着いたかは覚えてない。ただ、その日から何を言われても動じなくなった。
上司の理不尽な暴言も、同期や後輩が話す陰口もどこか他人事のように聞こえるのだ。
私はお婆さんに感謝した。
空気も乾き肌寒くなった頃、おでんでも食べようかと歩いているとあのお婆さんを見かけた。 "都合のいい目 売ります"
私はお婆さんに話しかけた。
この耳には感謝している、今度の目も買いたい、と。
お婆さんに1000円を支払った。明日には変わっているらしい。おでんを食べて帰って寝た。
私は生きることが楽しくなった。都合の悪いものは見えず聞こえなくなったのだ。 嫌いな上司も山のような資料も、陰口なにもかも。
雪が降り始めた頃、テレビでは連続殺人について話していた。
近所らしいがそのような光景を見たことがない。私は街へと出かけた。
クリスマスの夜、来客があった。
彼らは私を見て驚いていた。
彼らとともに夕食を食べに出かけることにした。カツ丼を奢ってくれるらしい。ありがたいことだ。
それから私は引越しをした。あまり大きくはないが家賃も安く食事付き。とても快適だ。
目が覚めるとあのお婆さんが居た。 また何か売ってくれるのかと聞いてみるとお前はもう持っていると言われた。分からないがあのお婆さんの商品だ。とてもいいものなのだろう。
私が家を出ると外には沢山の観衆が押し寄せていた。
カメラをとる人、歓声をあげる人、目に涙を浮かべる人。
私はこんなにも愛されているのかと嬉しくなる。
サインを書こうとしたら隣にいた男に止められた。
私は壇上へ上がり挨拶をした。一際大きな歓声が周りをつつんだ。
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ホントなんだったんですかね?あの男。
さぁな。あんな狂人の考えなんて俺らみたいな一般人に分かりっこないさ。
ですね。ムショから出てきた時なんてサインしようとしてましたし、、ホントどんな思考してたのやら。
きっと "都合のいい頭" だったんだろうぜ……