第5話 宣戦布告
一瞬だった。
ホーンラビットは一瞬にして弾けたのだ。ホーンラビットが暴れた跡だけ残り、まるで初めからそこに存在していない、あるいはどこかに忽然と姿を消してしまったかのようだ。
「終わりだ」
「え?終わったんですか、本当に!?」
「ああ」
「でもこれって一体……」
「奴を消せるだけのエネルギーを超高密度に凝縮させてそれをこの法器で放つ、それだけさ」
まるですごく簡単な事のように言っているがおそらくそうするまでに色々と大変なことをこなさないといけないはずだ。
「あのホーンラビットは長年この森で生態系を研究してきたが初めてのケースだった。とても自然の力で狂暴化したとは思えない。仮にそうだとしてもその原因は必ずどこかにあるはずだ。しかしそれを調べる前にこの森が焼き払われてしまうのは良くないからね、まず間違いなく倒しておくのが一番だと判断させてもらったよ」
「おーい!騎士団のお方達が起こしになられたぞー!ってあれ?」
声のした方を見るとそこには馬に乗った鎧姿の騎士が十数人やって来る。
「さすがに非常事態と判断したようだね」
馬専用の鎧をつけている(おそらく一番偉いと思われる)騎士が前に出て来る。
「狂暴化したと言うホーンラビットはどこに逃げていった?」
「あー、あのたった今ナツキさんが……対処?処理?しました……」
俺は恐る恐るそう答える。
「それはどういうことだ?」
こ、怖い。ってかこれどう説明したらいいんだ?たった今消し飛ばしましたって言おうか……でも信じるのか?
「王国騎士団のお方、お勤め及びこの度の出動誠に感謝いたします。私はサウン・ナツキと申します。此度のホーンラビットの狂暴化は先程こちらの法器を使用して収めました」
「何なのだ貴様は?それに狂暴化を収めただと?もう少し詳しく説明しろ!」
どうにもこの人は苛ついているようだ、と言うよりかはあまりホーンラビットの狂暴化についても詳細を知らないでここに来ている感じか。
「だいたいこんな法器1つでどうにかできるのなら何故我々を呼んだのだ?これでは無駄足だ!!」
「そ、そんな言い方……!」
「黙れ!貴様、一介の村人の立場で我々騎士団に反抗する気か?」
「そ、そういう訳ではないですが……」
「ゼファーそれ以上はよし給え、君の今の発言は騎士団の公的意識を貶めるものだ。そしてこれからの君の失言は騎士団全体に影響を及ぼすと思って発言をしたまえ」
ゼファーと呼ばれた騎士の後ろから突然ピンク色の毛の大きな鳥に乗った、明らかに騎士とは違うが何故か妙な仮面を着けた人が出て来る。
「ヴァルチス様、しかし……」
「お久しぶりです。ヴァルチス先生」
そんなゼファーの反応をぶった切ってナツキさんがそう言った。
「久しぶりだな子ウサギ」
「いい加減名前で呼んでいただきたいものですね」
ナツキさんに聞いてみるとどうもナツキさんとヴァルチスと呼ばれた人は古い付き合いらしくいわば生徒と先生らしい。
「子どもの頃のこいつの顔がまさしく子ウサギそっくりでね。タンセンの森にもウサギがいるし今回のホーンラビットだからな、子ウサギで間違いないさ」
仮面越しで少しわかりにくいがヴァルチスさんは女性のようだ。
「それにしても先生がどうして今回の出動と一緒に来てるんです?」
「まあ研究室で色々やってるがたまには外の空気を吸いたくてね、お前の様子を見るってのも目的ではあったが。にしても死体を残さないなんてそんなにヤバかったのか?」
「かなり危険な存在になってました。あれはもはやホーンラビットと呼べない」
「お前がそこまで言うとは、そう言われると肉片の一つでも回収したくなるよ」
「先生は今回一応専門家として呼ばれたわけでしょ?先生ならどう対処させるんです?」
「まずは角を折って、目をつぶす。そこから可能な限り体を傷つけないように捕獲、最悪殺処分だろうな」
「やはりそうしますか……」
やはり研究者としては死体を残して解析した方がいいようだ。
「だがそれはあくまでも周りの被害を考えないやり方だ。今回のお前の対応も最善の内の一つだろうな。後は……」
そこから先はなんだか長くなりそうなのでその場を離れてテオの様子を見に行く。
テオは騎士団の医療班の人に見てもらってる。
「レイジ君」
声をかけてきたのは彼の父親であるゲーテさん。
「ゲーテさん、ごめんなさい。俺がテオに無茶をさせたばっかりに……」
「大丈夫さ、君たちが無茶をするってのは分かり切ってたことさ。それにテオも酷い状態じゃないしね」
ズボンの裾を引っ張られるのに気づいて下を見るとトリンが口を開けて何かを言いたげにしている。
「おお、テオのやつもう組み上げていたのが」
「どうしたんだ、トリン?」
どうもトリンの様子がおかしい、ホーンラビットから俺を離そうとした時のようなせわしなさだ。
(まさかまだ何か?)
「にてちい!」
突然訳のわからない叫び声が森の中をこだまする。
「何だ?」
「敵か?」
「総員戦闘態勢につけ!!」
ゼファーさんが素早く声をかけてあたりに緊張感が走る。
「オル、たのむ」
「もちろん」
突如としてホーンラビットがいた焼け跡の中心に二人の男が現れる。紺色のロープを身に纏った金髪赤目の男と白いロープ、黒髪で黒目の男だ。
「初めまして諸君、我々はデュアル王国の使徒、私はオル・カーサス。隣にいるのがポーラ・ライヴ」
「デュアル王国だと?ふざけたことを言うな!!」
「そう身構えないでいただきたい。ここではない、我々でもないどこかの世界のどこかの国にはこんな言葉がある『郷に入っては郷に従え』、その言葉はこの世界に入った以上は部外者である我々がこの世界のルールに従わなければならない」
白いローブの男は手に持っていた本を広げながら演説でもしてるかのようにそう話す。
「オル・カーサスと言ったな、では君たちがここにいる目的を聞こう」
ヴァルチスさんがゼファーさんの後ろから出てきてそう尋ねた。
「では、我々デュアル王国はこの世界ジグナチスナを侵略する事を宣言しよう」
「し、侵略だと!?ふ、ふざけるな!」
ゼファーさんが更に怒るのを無視してヴァルチスさんは言う、
「侵略、そのデュアル王国さんは何故我々の国を侵略しようとしている?」
「それは君たちがよく知っている事だろう。それに我々はこの世界そのものに対して侵略を行う。この国だけがその対象ではない事を覚えておくといい。我々はこれにて失礼させてもらおう」
一瞬にして二人は消えた。その中心に瓶を残して。