気になるヒト
図書委員会の仕事は図書の貸し出し、管理が主である。
本が大好きな私からしたら、垂涎…。
私は小中高で一貫して図書委員を貫いている。
仕事がなくても図書室に通い、本を読む。
静かで、誰にも邪魔されなくて、とても心地がいい。
…だったはずなんだけど。
「こんにちは、先輩。今日は何を読んでるんすか?」
最近、その時間を邪魔する奴がいる。
…もういい加減、無視していいかな?
「あ〜、先輩。この本ってどこに返せばいいですかね。見覚えなくて。」
仕事について聞いてくるからタチが悪い。
私はその本を見、背表紙を確認する。
111だから、形而上学/存在論。
類→哲学
綱→哲学各論
目→形而上学.存在論
あ、この本、面白そう。
読みたい本リストに追加しておこう。
「それは、1のところだから、そこ曲がって右。いつも言うけど…」
「ここの番号っすね。ありがとうございます、先輩。」
それがわかっているなら、聞かなくてよかったのでは?
私は不思議に思ったが、そんなことよりも、忘れないうちにさっきの本の題名を記録しておかないといけないと思って、スマホを取り出して、あるアプリに記録した。
「助かりました。おかげで、すぐに見つけることができました。」
「そう、それはよかった。」
わざわざ本を読んでいる私のところへ戻ってきて目の前に座った。
何が楽しくて私の前に座るのか。
目の前に座るのは私より一つ年下、高校1年の九條くん。たぶん。うん、そうだと思う。
(人の名前を覚えるのは苦手だ。)
ずっと、にこにこしながらこちらを見てくるから、居心地が悪い。
後期の図書委員で初めて入った子、だったはず。
私は人前に出るような性格はしていないけど、常に図書室にいるため、不足の事態も対応できるとして、委員長に祭り上げられてしまった。
人気者でも、いい先輩でもない。
だから、こんなに懐かれていることが不思議でならない。
そんなとき、予鈴が鳴った。
「もう、時間ですね。先輩を見てるとあっという間でした。名残惜しいですが、また明日。」
なにを言っているのかわからない。
同級生の会話にもついていけないから、当然といえば当然…。
これがジェネレーションギャップというもの。
「よく分からないけど、次の授業に遅れないように気をつけて。」
「はい、先輩。」
♦︎♢♦︎
俺は図書室を後にして、更衣室へ向かった。
「九條、遅かったじゃねぇか。」
「いつものことだろう。」
絡んできたのは芦屋と里見だ。
二人は俺と同じシェアハウスから学校に通っているため、顔を合わせる回数も多く、馴染みある奴らだ。
芦屋がニヤニヤしているのに対して、里見は淡々としている。
芦屋は俺を揶揄いたいだけだというのは分かっているが、ちょっと癪だ。
「芦屋、お前には言われたくないな。お前は何年白川さんと一緒に居るんだ?」
それを言うと芦屋は焦り出す。
「そ、そんなすぐに解決できることなら俺はとっくにアイツと付き合ってるわ。」
芦屋は幼稚園からずっと一緒の幼馴染である白川さんのことが好きだ。
顔を合わせるとすぐに喧嘩してしまうが、嫌いじゃないから毎度絡むのだと俺は思う。
「…芦屋。何度繰り返したらわかるんだ?確実にブーメランになるに決まっているだろう。」
それは俺もそう思う。
芦屋は底抜けに明るいサッカー部所属。
チームでは点数を取ることが仕事だが、それ以上に精神的支柱となることが求められている、というか、何もしなくてもそんな存在だ。
だが、たまに、馬鹿なんじゃないか、って思うときがある。
「だってよー、図書室から帰ってきたときの九條は雰囲気が優しいから、なんか、ふわふわってするっていうか。」
「擬音語で話すな。わかりにくい。」
このやり取りも何度繰り返したか分からないが、好きな人に会ってきたんだから幸せに決まってる。
遠山先輩(渚先輩)は図書委員会の委員長に満場一致で選ばれた一つ上の先輩だ。
図書室の本の分類を全て覚えているほど、図書室のことを知り尽くしているから、選ばれるのも当然だと思う。
俺が図書委員会に入ったのはただの偶然だった。特段、本が好きなわけでもない。
図書室に来る生徒も限られているから、暇で仕方ない当番のときに、ふと先輩を見つけた。
当番じゃないはずなのに、図書室にいるのが不思議でならなかった。
その日は偶然かとも思ったけど、当番の度にそこに居るから、毎日来ているのだと悟った。
普段、無表情なことが多い先輩だったが、本を読むと表情がコロコロと変わる。
大袈裟に笑うことはないが、目元が微笑んでいたり、真剣だったり。本にのめり込んでいるのが分かって、とても可愛い人だと思った。
気づいたら目で追いかけて夢中になっていた。
…今日のあの本は絶対読もうとしてるな…。目が輝いてたもんな…。
「早く、彼女になってくんないかな…。」
「九條、ダダ漏れてるぞ。」
「そうだ。俺なんて苦節何年だと思ってるんだ。」
「芦屋、それはお前の自業自得だ。」
…漏れてたか。
でも、紛れもない本音だ。
「大丈夫。九條は相手を逃さない。姉ちゃんも親父も…、俺もね。」
(九條、怖っ。)
芦屋が何を思ったかは知らない。
顔を見れば分かるような気がするけど、これは俺の性分だから仕方ない。
「…早くしないと授業に遅れるぞ。」
「あっ、ヤベ。」
急いで着替えて授業に行かないと。
なんせ、先輩に言われたんだから。
授業に遅れないようにって。
♦︎♢♦︎
「だからね、先輩?俺は先輩がずっと本読んでても、ひとりで楽しんでられるんです。本読んでる可愛い先輩を見るの、好きですから。」
九條くんの部屋で九條くんに抱きしめられて逃げられない。
もう、恥ずかしいから離してほしい。
「でも、せっかく部屋でふたりなら、普段見れない可愛い先輩が見たいんですよ。学校ではセーブしてるんですから、先輩を可愛がらせてください。」
「み//…耳元で…しゃべらないで//…くじょ…く…//」
耳に息がかかって擽ったい。
「これだけで真っ赤になっちゃう先輩、可愛い。嬉しいな。可愛い先輩を独り占めできるなんて。あ、メガネ外すよ?」
九條くんが私の眼鏡を丁寧に外す。
視界がボヤけて恥ずかしさが減ってくれるから助かるような…?
「メガネ掛けない先輩、油断してるかんじが可愛い。いつものキリッとしてる先輩もいいけど。でも、こっちは俺が独占したいな。」
「待っ//…」
「ん?」
「は//恥ずかし…」
「恥ずかしいからって理由なら聞けないかな。これでも俺はだいぶ我慢してるんですよ?それとも嫌?」
「……//その聞き方は…ズルい//」
嫌いだったら付き合ってないし、私はそんな不誠実なことはしない。
「クスクス。なら、いーよね?」
「//…」
こう言いくるめられてしまえば逃げ場はない。
「ホントなら、もっと可愛がって愛したいんだけど、先輩が恥ずかしいなら、今日はやめとくね。」
私が本当に躊躇うことは必ず察して止まってくれるって分かってるから。
「…うん//」
「…あ、でも。その代わりに、渚ちゃんから俺にキスしてよ。」
「//…!!」
"渚ちゃん"…???
なにそれ。
「渚ちゃんからキスもらったら、俺も我慢できるから。」
ナニソレ。
交換条件??
(先輩、名前で呼ばれるの好きなんだな〜♪可愛いな。)
「わ//私から…?」
「うん。渚ちゃんから。」
…これは、逃がしてくれなさそうだ。
落ち着け…。
落ち着けないけど、落ち着け、私。
…年上の余裕で、さりげなく、恥ずかしがらずに、サッと終わらせよう。
「目…つぶって?」
「はい。」
…自分の唇を九條くんの唇につけるだけ。
そう、ただの接触。
よし、よし。
自分も目を瞑れば怖くない。
えいっ。
ちょんっと接触すると、腕が緩くなって脱出できたから、一目散に部屋を出た。
シェアハウスだから、階段を降りれば、皆が共用で使う食堂とダイニング?というかリビングがあるから、そこで、一旦落ち着こう。うん。
♦︎♢♦︎
「あ゛〜。」
俺の彼女が可愛すぎる。
「ふっはは。そこ鼻だって。」
先輩は初々しくて、すぐに照れてとても可愛い。
「メガネ置きっぱなしで逃げちゃって。大丈夫かな。」
ちょっと時間置いたら届けに行こうか。
それまでは彼女に落ち着く時間をあげないと。
九條響、高校2年。
可愛い彼女がいて、とても幸せです。