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「ねぇ、ディオン?どうしたの?」
夜二人の寝室に戻って来た彼は、終始黙り込んでいた。目すら合わせようとせずに、部屋に入るなりさっさとベッドへと潜り込んだ。
「もしかして、仕事で何かあった?」
城で暮らし始めてから、こんな彼を見るのは初めてだ。リディアはどうすれば良いのか分からず戸惑う。取り敢えず自らもベッドへと潜り込み、後ろからディオンに抱き付いた。
何時もなら何も言わずともディオンから抱き締めてくれるのに、今夜は反応すらない。完全に無視されている。
「ねぇ、本当にどうしたの?」
「……」
「ねぇってば!」
痺れを切らしてリディアは声を荒げた。
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昼間の事が頭から離れず、結局仕事もまともに手に付かなかった。
部屋に戻ると何時もと同じくリディアが「お帰りなさい、お疲れ様」そう笑顔で出迎えてくれた。本来ならそのまま抱き寄せて口付けをする。そして彼女を抱き上げベッドへ運び、軽く戯れながらその日の出来事やらを話して、それを終えて愛し合う。
だが今夜はそんな気分にはなれなかった。
リディアは困惑した様子でこちらを伺ってくるが、全て無視した。何か言葉を交わせばきっと彼女を傷付ける様な事を言ってしまうのは目に見えている。だから今はほっておいて欲しい。
なのにしつこくリディアは話し掛けて来た。しかも背中越しに抱きついてくる。彼女の匂いや身体の柔らかさに理性が飛びそうになるが、いきなりリディアが怒鳴ってきて我に返った。
「ねぇってば!」
「……煩いな、疲れてるんだよ。静かにしろ」
「何その言い方!」
リディアは更に声を荒げて怒る。
「お前は昼間勉強してるだけかも知れないけど、こっちはさ仕事で色々大変なんだよ。少しは気を遣えないのか」
「わ、私だって、頑張って勉強してるの!そんな言い方しなくてもいいでしょう⁉︎」
「ふ~ん、頑張ってねぇ。でも、全然進歩してないだろう」
「そんな事ない!マリウス様だって頑張ってるねって褒めて下さったもの!」
その言葉にディオンは、何かが切れるのが分かった。
「ちょっ⁉︎ディっ」
気付けばリディアをベッドに押し倒して乱暴に口付けをしていた。貪る様に何度も何度も口付ける。
始めは抵抗していたが、諦めたのか大人しくなった。それをいい事に、ディオンはリディアの夜着に手を掛けた。
「リディア」
ディオンは自分の下でぐったりしているリディアを見ていた。こんなに乱暴にしたのは初めてだった。これまでも興奮して少し乱暴にした事はあったが、比にならない。
顔に涙の痕がある。最低だ……。ディオンは唇を噛む。血の味がした。
「……ディオン?どうしたの?痛いの?」
いつの間にか目を開けているリディアは、力なくそう聞いてくる。その顔からは、心底自分を心配しているのが分かる。
「すまない……俺は、莫迦で最低な男だ」
項垂れながら、これまで抱えて来た不安と昼間の話をリディアに打ち明けた。
「ディオン……おいで」
リディアはディオンが全て話終えるまで黙って聞いていた。そして終わると、そう優しい声で呼んだ。何時もは自分がそう彼女を呼ぶ。彼女からそんな風に呼ばれるのは初めてだ。何となく気恥ずかしい気持ちになった。
ディオンは大人しくリディアへ近付くと、胸で包み込む様にディオンを抱き締める。顔が谷間に挟まれて、一瞬何が起こったか分からず思考が停止した。
「ディオン、聞いて。私は昔も今もそしてこれから先もずっとずっと、貴方を愛してるって胸を張って言えるわ。私の旦那様は貴方だけよ、ディオン。他には必要ないし、私はいらない。マリウス様の事は本当に友人として大切だけど、それ以上の感情はないわ。男性として愛しているのは貴方だけだから」
安心させようとしているのか、リディアは更に抱く腕に力を込めてくる。側から見たら実に情けない男に見えるだろう……。だがそんな自尊心すら捨ててもいいくらいに、心地がいい……。
リディアの柔らかな胸に顔を埋められ、幸せだった。こんな事をして貰えるのは自分だけだと、自慢したいくらいだ。まあ、こんな醜態は誰にも言える筈はないが。
「リディア……俺の事、愛してる?」
「愛してる」
「誰よりも?」
「誰よりも」
「ブロン公爵よりも?」
「マリウス様よりも」
「俺だけ?」
「貴方だけよ」
子供の時ですら、こんな風に甘えた事はない。だが、今は兎に角彼女に甘えたくなった。一応兄でもあるのに、情けない。
「安心した?お兄様」
ワザとらしく言って、彼女は笑った。お兄様などと、呼ばれるのは随分と久しぶりだ。
「調子に乗るなよ」
「はい、はい」
今度はディオンがリディアを抱き寄せる。そして口付けを落とす。
「ちょっとっ、まさかまだするの⁉︎」
「当たり前だろう。仲直りの証に、たっぷり愛し合わないとだろう?」
次の日リディアは足腰が立たなくなり、勉強を休んだ。二人の間に子が出来るのはその一年後のお話。