来る場所を間違えてしまった男
黒服の恐ろしい男達が並ぶ廊下。キリッとした美女に案内されるスーツ姿の男が三人。1人は鋭い目つきの無表情、1人はにやついている。この2人は一目で分かるほど鍛え上げられており、体格がいい。最後の1人は細身で弱々しく、またビクついている。
「こちらです」
女が立ち止まり、扉を開く。真ん中に凄まじい威圧感。恰幅のいい黒服の男が座っている。護衛のように隣に2人の男が立っている。そして彼らの前には3つの椅子。
にっこり。真ん中の男が無理矢理のような笑顔を作る。顔に刻まれた深いしわが消えていない。不気味である。
「さて、面接を始めましょう。お名前と職業をどうぞ」
「森元カツミ。フリーの傭兵です」
「漆原オサル。まあ警備員だな」
よ、傭兵! なんで傭兵が? やっぱ来る所間違えたのかなあ……。
ビクつく最後の男。
「日置ユースケです。フリーのプログラマーです」
ほお、みたいな顔をする面接官。自分は場違いではなく、むしろ歓迎されている感じだ。逆に恐い。
「それでは早速。我々流にあなた方を試させていただく。いえ、何のことはありませんよ。ちょっとした心理テストのようなものです。入れ」
最後の「入れ」はとてもドスの効いた声であった。やはりそちらのお方らしい。すぐに黒服の男が3人部屋に入ってくる。それぞれ両手で、布に覆われた何かを持っている。中から音がする。生物が入っているようだ。
ユースケ達三人の前で止まる黒服の男三人。黒い布を取る。そこには籠に囚われた妖精がいた。
「ま、単なる害獣ですよ。珍しい種類ではありますがね。こいつらを、今すぐ手で絞め殺していただきたい」
は? と固まるユースケ。面接官は害獣と言ったが、どう見ても妖精である。確かに顔がくずれたりよだれが垂れたりおかしな所はあるが、悪魔的な雰囲気はない。……いや、怒りに満ちた目ではある。本当は害獣なのだろうか。ユースケは不安になる。
籠の上部が開く。妖精は逃げようとするが、薬を使われているのか、動きが酷く鈍い。籠から出られない。その妖精に対し、ユースケを除く2人は躊躇なく手を伸ばす。そして、絞め殺した。
ユースケはただ見ているだけしかできない。全身が硬直する。恐怖に身が震える。
「そちらの二方はなかなかの手際ですねえ。しかし、ユースケさん。どうされました?」
皆の注目が自分に集中してしまう。恐ろしい黒服達に悪い印象をもたれるという恐怖心。その恐怖で妖精に手が伸びる。が、できない。最後の線を踏み越えられない。
『ど、どうしてこんなことに! 僕はただの、アイドルオタクのプログラマーなのにっ!』
発端は先日のアイドルコンサートの帰り。アイドルオタクの仲間達と飲み会をしていた時だった。
「なあユーちゃん、プログラミング得意なんだよな?」
「はい。仕事ですから」
「ちょっと取引先で困ったことがあってさあ、手伝ってくんない? 報酬は友情価格で弾んどくからさあ」
「もっちろん、いいですよ! タッツーの頼みなら!」
「ははっ、やっぱ持つべきは友達だよな!」
ちょっと笑顔が恐いタッツー。だが彼もアイドルオタクだし何も後ろ暗い所はないと思っていた。まさか彼が、こんな連中と繋がっていたなんて。明らかにマフィア。カタギの人間ではない。
「あ、あの……。僕、プログラマーで仕事請けたんです。も、もしかして、場所間違えましたかねえ?」
「いいえ、日置ユースケさんですよね? 仕事を依頼したのは我々です。ただ、高額な案件ですし万一のことがあってはならないので、こうして面接を行っています」
「は、はい……っ」
ユースケが返事をした後、皆黙ってしまう。ユースケも恐怖で声が出ない。周囲からそそがれる侮蔑の表情。自分の腕から逃げようともがく妖精。ユースケはダラダラ涙を流しながら妖精に手を伸ばし、意味のない接触を繰り返すだけ。そして時間ばかり過ぎて行った。
「もういいです。日置さん、あなたは帰ってください」
「はっ、はひっ」
幻滅したように言う面接官。ドスの効いた恐ろしい声だが、ようやく解放されるのかと思い、ユースケは笑顔になった。
ここまで案内してきた女に、外へと案内されるユースケ。涙はまだダラダラである。女はユースケに対し、明らかに侮蔑の視線を送っていた。
「二度と来るんじゃないよ。なよなよした男は嫌いなんだ」
言われなくてももう来ない。まさか喋ってくるとは思わなかったので驚いたが、ユースケは内心で女に毒づいた。美女からの侮蔑は褒美だとかもちょっと思った。
施設を出て、自分の車へと歩く。そこで、ドタドタと走る音が聞こえる。
「日置さあああああああん! 日置ユースケさああああああん!」
どうやら自分を呼んでいるらしい。まだ何かあるのだろうか。こんなところ一刻も早く離れたいのに。
「いやあ、兄貴から連絡があったんです。あんたは合格にしろと。よかったですね日置さん」
面接時に護衛のように立っていた恐い男がいた。ユースケは全然よくないと思った。しかし断るのは恐いのでできなかった。