うさぎの後悔
▼登場人物紹介(最上段が今回の視点人物)
久々原愛紗希 : 高校二年生。帰宅部。馳悠吾に告白されて嬉しかったが、なにを血迷ったか「本気の鬼ごっこがしたい」とのたまってしまって絶賛後悔中。
時任栞里 : 愛紗季の親友。見た目はクール大和撫子。六人兄妹の真ん中下。明松宗助と付き合っている。
馳悠吾 : 本来の主人公。久々原愛紗季が心配で「傍にいてやりたい」と思い、告白するも逃げられた。絶賛混乱中。
明松宗助 : 愛紗季、栞里とは中学時代からの友達。悠吾とは高校に入ってから仲良くなった。決めてはかっこよさ。
--------20210126-------- 初投稿
嬉しくて、悲しくて、恐ろしくて……感情がぐちゃぐちゃだ。
久々原愛紗季は帰宅してすぐにリビングのソファーへ身を投げ出し、そのまま眠ってしまった。起きたとき、目が痛くてしょうがなかった。顔を洗った後、用意されていた夕食を済ませ、ぼーっとしながらお風呂に入って頭の中を整理した。
「……鬼ごっこって、なに!?」
自分が馳悠吾に言ったアホな言葉を思い出す。
お風呂から上がり、パジャマに着替えてすぐに部屋へ飛びこみ、幼いころから大事にしているウサギの巨大なぬいぐるみを抱えると、親友であるクール大和撫子代表、時任栞里にSNSで通話していいかと聞いたみた。すぐに栞里から通話がやってきた。
「おいーっす。なにかあったっぽいね?」
のっけからクールさも大和撫子さもないが、愛紗季のよく知る彼女である。
「あぐぐぐ、どしよ、どしたらいい?」
「なんだ、やらかしたか? ラップのフリースタイルで不屈のソウルを粉みじん。にんじん咥えたウサギみたいに空前絶後の逃走経路。悠吾の勇気をスローブギ、ぃぇぁ」
「ぃぇぁー……じゃないよ! じゃないんだよ! 逃走したのは事実だけどさぁ!」
「愛紗季が? 逃走したんだ?」
「しちまったー……」
「ほんとになにしたの? ちゃんと褒めたか?」
「褒めた。いい人っていっぱい言った」
「……それは、泣いて謝ってやれ」
「え? どゆこと?」
「まぁ、いい。悠吾のタフメンタルを信じて流そう。最初から話せるか?」
「う、がんばります……」
愛紗季は馳悠吾のことが好きだった。
最初は変で少し怖い人かと思っていた時期もある。けれど、どことなく懐かしさと安心する気持ちがあり、次第に目が離せなくなっていった。
小さな言葉ひとつ、仕草ひとつが輝きだしたのは、たった一言がきっかけだった。
「理想を掲げて、それに向かって努力している人は尊敬に値すると思う」
理想は恥ずかしい、身の程知らずとか、努力はカッコ悪い、無駄だとか言う人がいる中で、そうはっきりと言ってくれた悠吾は特別な人となったのだ。それはひとえに愛紗季が理想と努力を大切にしていたからだった。
それだけではない。とどめは去年の夏休み。愛紗季は川辺の細い道で男に絡まれていたことがあった。それを川向いから石を投げ、注意を引いて時間を稼ぐ中、警察を呼んで助けてくれたのも悠吾だった。一週間後、お礼を言ったときには、もうそのことも忘れていた上に、助けた相手が愛紗季だということも知らなかった。
きっと、自分の危険を顧みず、困った人がいれば誰でも助けてしまう人なのだろう。本当に信頼できる人なのだ。そう感じ胸がすくんだ。
栞里はこの経緯を知っている。だからこそ愛紗季の恋が実るように手を回してくれたのだ。
そして六月八日。愛紗季の誕生日に二人きりにするためにと仕組んでくれた。まさか部活をなくすために道場の改装工事までねじこむとは思わなかったが。
告白はしたいと思っていた。
付き合いたいとも思っていた。
けれど、実際に告白をされて、急に怖くなったのだ。
その理由は思いつくだけでも二つ以上あるが、どれも栞里には話せなかった。栞里も深くは聞いてこなかった。その距離の取り方こそが、友人を長く続けられる理由なのだと愛紗季は感じた。だからこそ……言いたくないこともある。
「で、なんか勢い余って鬼ごっこしたいって言って百秒かぞえさせたの?」
「う、うん、思わず。逃げたくて……」
「たぶん、あいつ本当に百秒かぞえてるぞ」
「か、可哀そうなことしたかなぁ?」
「答えは、愛紗季が思っている以上にはっきりしているぞ」
「やばめ?」
「まぁ、あいつなら気にしないと思うけど……」
「思うけど?」
「けっきょく付き合うって話なのか? それは」
「えっ……え……と?」
「答えを誤魔化すために逃げたようにも見えるし、オッケーだからこそ鬼ごっこよろしくねって言ったようにも見えるし?」
「あー、あー……あのぉ……月曜日、どんな顔して会ったらいい?」
「ゾンビメイクでもしていけば怒られるより先に心配してもらえると思うぞ?」
「それは世間様を歩けない気がします……」
「大丈夫。ゾンビ、流行ってるから」
「流行り方が違うのではないでしょうか……? メイクの世界で流行ってるって聞いたことないよ……」
「ちっ」
「明らかな舌打ちはお控えください。久々原愛紗季のメンタルが砕けてしまいます」
愛紗季は心の中で泣いた。
「わがままだなぁ」
「ずみまぜん……」
「まぁ、でも……気持ちの整理がつくまで実際に鬼ごっこしてもいいかもね」
「う?」
「……愛紗季さ。話せないことがあるんだよね」
「う……」
「まぁ、無理には聞かないけどさ。あたしも気づかなかったし。でも馳くんがさ、宗助に『愛紗季が世界の終わりがやってくるのを眺めているような顔をしている』って言ったんだ。だから、それから気にして見てたよ」
鼻の奥が急に痛くなり、目尻が涙を産もうとうずいた。誤魔化すために、わざと笑顔を作って声を明るくする。
「してた、そんな顔?」
「……してた……って言いたいとこだけど、わからなかった。本当だとしたら、馳くんよく見てるわ。ストーカーレベルだね」
「ストーカーって、そんな風に言っちゃ可哀そうだよー」
「……ともかく、あたしは鬼ごっこ、結果的におもしろそうでいいと思う」
「おもしろそうって、どういう?」
「高校に入ってから愛紗季、なにごとも全力でやりたいって言ってたでしょ?」
「あー、うん」
「じゃあ、有言実行。おもしろい青春の一ページを作ろうじゃないか」
「へ?」
「つまり、学校には通うけど馳くんの前から、完全に雲隠れするってわけ」
「え、えええ……それはあまりにあまりでは……?」
「じゃあ、愛紗季。明日は馳くんに会って『昨日は変なこと言ってごめんね☆ 今日から恋人しよっ☆』って言うんだね?」
「かわい子ぶり三割増しくらいの妙に似ているわたしの真似はおやめください……そして……冷静に考えて無理ですぅ」
「でも馳くんのことは好きなんだよね」
「あいぃ……」
「ややこいなぁ。いつからそんな面倒くさい女子になったんだ?」
「うぅ、ずみまぜん……」
実際に、心の整理がつかない。馳悠吾に恋をしている。それは間違いない。けれど、恋人になるという現実を受け止められない自分がいた。本当に複雑な気持ちで眩暈さえしてくる。
「こんななら、片思いがよかった……」
「……泣くな。きっと気持ちの整理も、しばらくしたらつくよ」
「……うん」
「じゃあ、作戦」
「……作戦?」
「マジ鬼ごっこするんだからー、よぅよぅ、空前絶後の逃走経路、しっかり組み立て見つからないって、あいつに言わせて勝ち誇るぃぇぁーぷぁぷぁぷぁー」
「……しおちゃん、ラップ気に入ったの?」
「うん、ちょっと。すぐ飽きると思う」
「あ、そうなんだ。じゃあわたし練習しなくて大丈夫?」
「……本当に愛紗季は付き合い良いね」
「一緒にやったほうが楽しいかなって……」
「……じゃあ、飽きなかったらよろしく」
「うん。お任せあれ」
「さて、じゃあまずは期間を区切らなきゃな。一年も二年も鬼ごっこしてたら、さすがに馳くんもきついだろうし。あと、捕まったらそのときは覚悟するんだよ?」
「うん、わかった。本気で逃げる」
「よし、そのいきだ」
こうして愛紗季は本当に馳悠吾と本気の鬼ごっこを始めることになった。気持ちの整理をつけるための時間稼ぎでもある。罪悪感はあった。けれど、今までの高校生活とは違う、少し特殊な日常が始まることに、どこかわくわくしていることも事実だった。
続きます٩( ''ω'' )و
ストックがここまでなので、続きはまた後日になるかと思います……!(20210126)