好きという気持ち
--------20210124-------- 初投稿
冷たい風は冬の到来を告げ、街を白く飾る雪がそれを実感させてくれる。強い風は春を運び、暖かな太陽がそれを実感させてくれた。
春休み、明松宗助の提案で馳悠吾は時任栞里、久々原愛紗季と共に遊びに出かけた。特別なことではない。カラオケやボウリング、ゲームセンターにスポーツチャンバラなどだ。夏休みにも同じようなことをしたので懐かしさが胸に生まれた。
ただ、悠吾は宗助と時任が付き合っていることを知ったため、今まで通りという感じではなかった。どこか、二人の居場所にお邪魔させてもらっている感がある。もともと付き合っていることを知っている久々原は、一体どういうつもりで遊んでいるのだろう?
ふと、帰り道に彼女の方を見ると、彼女は春の陽気のようにぱっと笑顔を浮かべる。
「どしたの?」
いつもの通り、気配りと優しさの溢れた雰囲気につい頬が緩む。
けれど、やはりどこかに暗さが潜んでいる。それはとても危険で、孤独な気配が漂う。まるで心身を蝕む毒だ。
以前、悠吾は自殺直前の人を見かけたことがある。それは偶然だった。後でその人が自殺をしたと聞いたときは激しく動揺した。顔には出ないため悠吾の気持ちを汲み取った人はいない。ひっそりと心に毒が染みわたり、痣として記されただけだ。
彼女を見ると少しどきりとするのは、そのときの恐怖、悲しさ、寂しさ、己の無力さを、その痣が思い出させるためだ。
彼女にはきっと大きな壁が迫っている。走っても、隠れても、立ち向かっても、絶対に助からない、時速七〇〇キロで迫る壁。
彼女が隠そうとしていることを、悠吾は察している。
どうにかしてあげたい。
宗助には「悠吾が付き合ったらいいじゃないか」と言われた。
本当に自分ができるのか?
逆に他人に任せられるのか?
自分が七〇〇キロで迫る壁に体当たりをする?
木っ端みじんになって終わるが、それで正解なのか?
考えるだけの日は続き、いつの間にかクラスが発表され、二年生になっていた。
今まで全員が同じクラスであったが、今回は時任とだけ同じクラスになった。逆に久々原は宗助と同じクラスになった。
一年の間、彼女のことを目で追っていた悠吾は、授業中にふと視線をあげて彼女の姿を探す。とうぜんいるはずもない。習慣になっていたのか、小テストの時間に同じことをしてカンニングを疑われた。
そうこうしている間に四月一四日を迎える。
「馳くん。誕生日おっめー」
放課後、部活に行こうと荷物をまとめていると久々原がわざわざ教室にやってきた。遊びに行く仲なのだから特別なことではない気もしたが、嬉しかった。
「ありがとう。開けても?」
「うん、どうぞ。たいしたものじゃないけどね」
文庫本ほどの大きさの包みを開けると文庫本が出てきた。どおりでと納得する。
知った名前の人の詩集だった。
「明松くんに好きだって聞いて」
どきりとした。宗助がどこまでのことを話したのか? けれど、話している情報が間違っている。詩は別に好きではない。一方で事実を言うほど悠吾は野暮でない。それに彼女を残念がらせては、彼女の毒が溢れてしまうかもしれないのだ。それはしたくない。
「ありがとう。読ませてもらうよ」
実際に読んでみれば好きになるかもしれない。理解できなかったら、残念に思うだけにしよう。
「うん」
そんな悠吾の心を知らずに久々原は嬉しそうに微笑んだ。なぜか悠吾は泣きそうになった。
これをきっかけに、久々原と付き合うことを真剣に考え始めた。恋愛事に関して鈍いにもほどがある悠吾にしてはかなり大きな一歩であったが、好きでもないのに付き合うというのは失礼でないのか? と根本的に間違ったことを一ヶ月も考え続けた。
突破には宗助の力を必要とした。
「いや、もう悠吾は久々原さんのこと好きでしょ」
「そうなのか?」
宗助に通話しようぜと誘われた結果「最近、久々原さんとはどうなのよ」という話題になり、ここまでやってきた。
「そうなのかって、自分の気持ちでしょ? わかるでしょ、普通!」
「うーん……心配なのは確かなんだが……」
「あー、もうっ、あっ、あっ、んあー!」
「どうした。小人に拷問でもされたのか?」
「なんだよ、そのツッコミ、どこで覚えたんだよ」
「時任」
「アッ、ハイッ」
時任の名前を出しておけば宗助は大人しくなる。悪いことを悠吾は覚えた。
「実際、わからないんだ。食べ物の好きとか、玩具が好きというのはわかるんだが」
「かたときも離したくないとか、いつも傍に置いておきたいとか、たくさん食べたいとかとか?」
「宗助は時任に対してそう思っているのか?」
長い沈黙が二人の間に訪れた。
悠吾は悪いことを多用すると、相手を困らせるのだと悟って謝った。
「すまん。ちょっとはりきりすぎた」
「どういうはりきりなんだ……」
「……話を戻すが、かたときも離さないと、自由がなくて困るだろう? たくさん話をしたいって思っても、俺だけじゃ世界が狭くなるだけだ。そうじゃなくて、なんか、久々原にはいつも笑ってて欲しいんだよ。その役目は俺じゃなくてもいいわけで……」
愛じゃん。
宗助はそう言ったが、悠吾にはちょうど聞こえないほどの声だった。
「なんて?」
「いや? まぁ、そういうの含めて話あってみたらと、僕は思うよ?」
「……真っ正直に話すのは、少し恥ずかしいな」
「そうだろう、そうだろう……」
と、話し合ったにもかかわらず、けっきょく悠吾は行動に移せなかった。理由の多くはタイミングであったが、やはり恥ずかしさや関係性の崩壊を恐れる気持ちもあった。精神年齢が老けていると言っても、やはり等身大の高校生にはかわりがないのである。
けれど、それも六月八日までの話であった。
続きます_(:3 」∠)_