彼氏になるのは
始めました連載小説。鬼灯つづるです。
基本コメディ色強めでお送りいたします。
至らぬところも数々あるとは存じますが、少し笑って、少しの恋の良さ、少しの青春を味わっていただけたら幸いです。
なにか更新があれば以下に記載していきます。
--------20210123--------- 初投稿
桜の幹は、木のイメージにある茶色ではなく、よく見ると銀色に輝いており、角度を変えると黒くも見える。多くの人は花弁の美しさに目をとらわれ、気づかないのではないだろうか?
「悠吾、なにしてるの? 遅れちゃうよ?」
「ごめん、いま行くよ」
母の呼びかけに応え、馳悠吾は入学式の会場へ向かった。
桜が持つ別の表情を見つけたその年、高校生になったのだ。公立の進学校で、部活は中学の頃からやっていた剣道を続けることにした。
悠吾は成績も悪くなく、運動もできるが、どことなく超然としていて近づきがたいイメージを中学生の頃から持たれがちで、それは高校になっても変わらなかった。悪く言えば精神的に老けている、無表情でなにを考えているかわからないということだ。
そんな彼に興味を持って近づいてくるのはクラスの変わり者で、最初に仲良くなったのは明松宗助という演劇部のチャラ男だった。ただ、中身はサブカルチャーが好きで、本をよく読む、いたって真面目な子であった。外見が整っており、細身で、ナチュラルにパーマがかかっている上に茶毛、それでいて女子と仲良く、話しかけることに抵抗のないアクティブさがチャラ男という評価に結び付いているに過ぎない。
悠吾は、そんなレッテルを最初から貼らなかった。理由は最初の会話にあった。
「剣道で強いってどんな感じ? どういう人が強いって言えるの?」
彼の目の輝きは少年のそれで、なんの打算もなく、憧憬と尊敬さえ感じさせた。
悠吾に自覚はなかったが、人を観る眼は確かであった。だいたい最初の印象で人となりを当ててしまう。それは小さな頃から父の職場である消防署、その剣道場に入り浸って大人の話をたくさん聞いていたからであったのと、大人の嘘を見破り、理屈で論破してしまう知能が備わっていたことが起因している。
だからこそ心根の良い宗助とは時間と共に仲が深まり、移動教室のときも、班を組むときも、自然と行動を共にしていた。
そんな宗助と同じ中学出身の女子とも知り合う機会があった。
時任栞里。静かで、凛とした感じが大和撫子というイメージを周囲に与えていたが、当人はお笑いが好きだった。
「無表情ツッコミって面白いかしら? なんでやねん。なんでやねん……」
それに対してポジティブに切り返すのは久々原愛紗季だ。
「確かにシュールな面白さがある気がする。ツッコミボケともいえるかも? いけるんじゃない? ダウナー系ツッコミとしても売り出せるかも?」
彼女は明るく、優しく、気が利き、いつも笑顔で、いるだけでクラスが明るくなると思えるくらいの人だった。
きっと彼女のような人が女優やアイドルになるのではないかと、悠吾は漠然と思っていた。それくらい彼女の輝きは強く、別世界の人のようだった。それだけなら悠吾は彼女を目で追いかけることはなかっただろう。なぜか、彼女には妙な懐かしさを覚え、放っておけなかった。
だからこそ、悠吾は彼女の別の表情に気づいたのだ。
約一年が過ぎ、終業式を終えて冬休みに入るという日のことだ。時任と久々原が教室に帰ってくるのを待っている間、悠吾は宗助に相談を持ち掛けた。まばらに人はいるものの教室の隅であるため、他人に聞かれることはないと思ってのことだった。
「なぁ。久々原はなんでたまに世界の終わりがやってきたのを眺めるような表情をするんだ?」
椅子の背もたれを抱くように座っている宗助は目を見開いた。
「……え、なに? 詩に目覚めたの? 今度、詩集でも貸そうか?」
「いや、別にそういうわけじゃない。そういう表情に見えたから」
「じゃあ、悠吾にはもともと詩のセンスがあるってことか。いいね。僕ら二人で詩の講評会でもする?」
「真剣な話なんだが……」
「ごめんごめん。でも、そんな表情してるかな?」
「よくしてると思う。ふっと、なにもかもが終わるからどうでもいい……みたいな」
「疲れてたんじゃないの?」
「……そうかもしれないが、その後、友達に話しかけられる前に元の久々原に戻るんだ」
だから、誰も気づいてないのかもしれない。悠吾は話しながらそう思った。
宗助は首を捻る。
「あの久々原さんがねぇ……? なんか悩みでもあるのかな?」
「そうかもしれない。だから宗助に提案があるんだが……」
「僕に?」
「久々原と付き合わないか?」
宗助の眉間にみたことのない見事なまでの皺が刻まれた。
「……僕が? 悠吾じゃなくて?」
「そう」
「なんで?」
「宗助が傍にいれば安心だと思うから」
「いやいやいや、なんでやねん」
見事なまでのダウナー系ツッコミであった。
しばらくして宗助は苦虫をかみつぶしたような表情をした後、首を捻り、目を見開いて天井を見た。
相変わらずコミカルな動き。これが演劇部の底力なのだと妙に感心する。
そして宗助は唇をなめ眉間の皺に中指を当てて「うーん」とうなり出し、しゃがれた声で語り出した。
「えー、ひょっとして、悠吾さんはわたくしめに浮気をしろとおっしゃっているのではなく、単純に事実を知らないということでファイナルアンサー?」
「浮気? 久々原にはもう彼氏がいたのか? じゃあ問題ないか?」
「逆っ!」
宗助は自分の大声に自分で驚いたのか、周囲を見渡して声を潜めた。
「僕に彼女がいるんだよ。てか、まじで気づいてなかったの?」
「……宗助に彼女……だとしたら時任や久々原とばかり一緒にいるのはまずくないか?」
宗助は目を瞑った亀のような表情をして天井を仰いだ。表情豊かで観察のしがいがある。
「そこまでいって、なーぜ気づかないぃぃ……」
今度は脱力して干された蒲団のようになった。
「………………ひょっとして時任と付き合ってるのか?」
宗助は無言でうなずいた。
「いつから?」
「中学校のときから」
「久々原はそれを?」
「もち知ってる」
「なるほど。妙に時任と仲がいいと思っていたが……」
「いやいや、しおちゃんと仲いいと思ってたなら、久々原さんのこと薦めないでよ……」
言われてみれば宗助は時任のことを「しおちゃん」と呼び、久々原のことは、そのまま苗字で呼んでいる。
「そうか……すまなかった。でも困ったな……」
「悠吾は、久々原さんのこと心配なんだよね? そういうってことは」
「もちろん。あの表情を見てると、蝋燭の火のようにふっと……いなくなってしまうんじゃないかって思う」
「そうならないように、誰かが傍にいてあげたほうがいいんじゃないかって思ったんだね?」
「ああ」
「じゃあ、悠吾が付き合ったらいいじゃん」
「俺が?」
「そう。だって中学のときから友達やってる僕は気づいてないのに、悠吾は気づいてるんでしょ? その『世界の終わりがやってくるのを眺めている表情』に。それって、久々原さんのことすっごい気にしてるってことだと思うけど」
「気にはしてるが、それは友人としてだな……」
「愛はないわけ?」
突然の言葉に悠吾は心の中をまさぐった。しかし、愛というものがわからず、なにも掴めなかった。素直にわからないと返すと、宗助は大きなため息をついた。
「あのさぁ。例えば僕が久々原さんと付き合ってるところを想像して欲しいんだけど、嫉妬とかしないの?」
楽しそうにする久々原。少し短い前髪を気にしている。それをかわいいと言ってのける宗助。
「幸せそうで良かったと……」
「OH……」
急にアメリカ人っぽく振舞う宗助に演技力という力の一端を見た。宗助は自分のおでこを軽くたたき言葉を続ける。
「じゃあ、得たいの知れない男が久々原の彼氏だった場合は?」
脳内イメージの宗助が、急に黒タイツの男に置き換わった。
「幸せ、そう……?」
「想像して欲しい。その男は表面上だけいい人で、裏では人身売買とか薬の密売とかやってる極悪人なわけですよ」
「それは、よくないな。そっこく別れるべきだ。というか逮捕すべきだな」
「うんうん。そうだよね。そういう男に引っかかるくらいなら自分がーって思わない?」
「う? ううん……?」
宗助は急に体を雑巾のように絞って「んぅん、もうっ!」と呻いた。その後、すぐに深呼吸をして、また干された蒲団のようになる。
「……ま、僕は無理なんで。しおちゃんのこと好きなんで。もし気になるなら悠吾がやってくださいどうぞ」
「ふむ……ところで、時任がそこにいるんだが」
その一言で宗助は陸に打ち上げられた魚のごとく飛び跳ねた。すばらしいバネだ。
時任は慌てるでもなく顎に指を添えている。相変わらず凛として綺麗な姿勢であった。
「人前でのろけるのはどうかと思うよ」
「い、いや……そ、そう、ですね……」
宗助は風船がしぼんでいくがごとく、再び着席する。
少し遅れて久々原が教室に戻ってきた。どうやら、別の友達と話しこんでいたのか、別れ際に手を振っていた。
短い前髪に長い後ろ髪。丸い顔に大きな瞳。笑うと花が咲いたようで、首をかしげると小動物のようで。
「なに、どうかした?」
宗助は悠吾の方を見た。それは「本当にそんな暗い表情をするのか?」と言いたげで、実際に悠吾も彼女の笑顔の前では自信が揺らぐ。
気のせいなら、それでいい。
悠吾はそう思いながら、高校一年生を終えた。
続きます。