駅
初めてホラーに挑戦しました。
読んで戴けましたら、倖せです。
男の名前は夕島史朗と言った。
何年振りかで、この田舎街に訪れ仕事をした。
仕事と言っても会社勤めをしている訳ではない。
彼の仕事は詐欺師だ。
史朗は女性受けする甘いマスクの、いわゆるイケメンという奴である。
それを活かした天性の仕事と史朗自身、自負していた。
仕事は上々だった。
六人の女性たちを騙し、貯蓄だけでは無く借金までさせて金を巻き上げた。
そろそろ潮時だと思った。
女たちが騒ぎ出す前にこの街をとんずらしようと、手近な荷物を手に深夜の駅に急いだ。
この街に急行は止まらない。
それほど小さな街だった。
史朗は荷物の重みに心躍らせ、駅の切符売り場に行った。
無人駅に切符の自動販売機が無機質に駅名を点灯させている。
史朗は終点の片道切符を買い、待合室に行った。
切符売り場もそうだったが、待合室にも深夜だと言うのにやたらと人が居た。
史朗は空いている椅子に座って腕時計を見た。
最終は十二時三十八分に来る。
今はまだ、十二時にもなっていなかった。
「はあ、まだ三十分以上もある」
史朗は呟いた。
史朗は手持ち無沙汰に周りを見渡した。
小さな子連れの若い母親が目に入った。
子供に話し掛ける声が、くぐもっていて耳障りに感じた。
切符売り場につながる出入り口の傍の椅子では老婆が船を漕いでいる。
年配の女性が三人、地図を見ながら額を寄せ合っていた。
地図のカサカサした音が虫の這うような音に聞こえる。
史朗は振り払うようにして反対側を見た。
若いカップルがいちゃついていた。
赤ん坊を抱いた若い母親は身体を揺すってあやしていた。
スーツ姿の若い男が二人、スマホを弄っている。
オタク風の小太りのリュックを背負った男は頻りにハンカチで汗を拭いていた。
史朗は何か表現し難い違和感を感じて、不快な気分に眉をしかめた。
外につながる出入り口の傍に一人の若い女が俯いて立っていた。
女は白いワンピースを着ていた。
史朗はその女のワンピースを、一瞬見た事が在るような気がして見詰めた。
おかしな事にその女は荷物を持っていない。
ハンドバッグさえ持っていなかった。
プラットホームから列車が来る音がしたので、史朗はそちらに目をやった。
プラットホームを見ると急行列車が通り過ぎて行った。
史朗は再び腕時計に視線を落とした。
その瞬間だった。
外から物凄い爆音が轟いた。
それは、金属が擦れる音と、大きな何かが地面に倒れるような音と、ぶつかりあう音などの、ありとあらゆる破壊音が地から湧き上がるように鳴り響き、身体で感じる振動を伴っていた。
史朗は驚いて思わず立ち上がった。
顔は反射的にプラットホームに向いていた。
さっき通り過ぎて行った急行列車が事故を起こしたのに違いなかった。
史朗は慌ててプラットホームが見える開け放たれた窓にしがみつき外を覗いた。
しかし、あんな酷い爆音だったと言うのに、総てが平穏そのものだった。
埃ひとつ舞い上がっていない。
人の騒ぐ声さえも聞こえない。
深夜だからだろうか?
異様なのは、駅内の誰も騒ぐ人がいないと言う事だ。
あんな酷い爆音に驚きの声一つ上げる者もいない。
史朗は駅内を振り返って他の人たちの様子を確認しようとした。
だが、振り返った瞬間、史朗はフリーズした。
誰もいない。
つい数秒前まで、そこで存在していた人たちが跡形も無く消えていた。
『そんな、莫迦な······』
移動する物音など聞こえなかった。
こんな事があり得るだろうか?
史朗は暫く呆然と誰もいない待合室を見ていた。
そして背筋が寒くなるのを感じた。
いったい、自分は何を見ていたのか?
事故の事など何処かへ飛んでしまった史朗は、落ち着き無くもと座っていた椅子に座って腕時計を見た。
時間にして一分も経っていない。
史朗は見られている感覚がして反射的に後ろを振り返った。
しかし、そこにはシャッターが下りた小さな売店が在るだけだった。
頭が冷たくなって行くのが解る。
史朗はできるだけ大きく目を見開き、シーンと静まり返る無人の駅内に神経を尖らせて見ていた。
そして、人が数秒でいなくなる、ありとあらゆる現実状況を考えあぐねた。
突然、駅内の照明が消えた。
当然、総てが暗闇に閉ざされる。
咄嗟に天井を見上げたが、何も見える筈も無い。
「何なんだ、この駅は! 」
史朗は怒鳴った。
目をこれでもかと言うほど見開き、息を乱してズボンのポケットをまさぐった。
スマホを掴むと電源を入れた。
白い光が幾分の安堵をもたらす。
史朗は、突然飛び上がった。
何か音がしたような気がしたからだ。
『誰か、いるのか? 』
だが、照明が消えるまで誰一人入って来た者などいない。
こんな暗闇にわざわざ黙って入ってくる者など居るだろうか?
普通、声を掛けたりしないだろうか?
ひた·······
ひた·······
と、音が聞こえる。
史朗は抑える事のできない恐怖に言った。
「誰か居るのか?
誰か居るなら、何か言ってくれ! 」
返事はなかった。
しかし、ひたひたと言う足音はあちらこちらから、お構い無しに鮮明に聞こえた。
史朗は足音の方にスマホを照らすが暗闇だけが見えるだけだった。
やがて足音から声が聞こえて来た。
その声は次第に後ろから近付いて来る。
史朗は振り返ってスマホで照らした。
しかし、スマホごときの明かりで何かが見える筈も無い。
やがて、何を言っているのか判別できるくらいはっきり聞こえるほど声は近付いて来た。
その声は言った。
「死にたくない·······」
「誰か子供を助けて·······」
複数の声が呟くように唸った。
「痛い·······」
そして、その声はすぐ耳元ではっきり言った。
「お前さえ居なければ」
史朗は思わずその声の方に振り返りスマホで照らした。
女性の青白い顔がすぐ真横にあるのが見えて、史朗は悲鳴を上げて走り出した。
必死に走った。
必死に走っているのに、進んでいる気がしない。
手足が死ぬほど重い。
まるでスローモーションで動いているみたいだった。
突然、照明が点いた。
目の前に白いワンピースの女が俯いて立っていた。
「さっきのはキミか?!
声を掛けたのに何故、答えてくれなかった⁉ 」
史朗は必死にもがきながら叫んだ。
女は静かに顔を上げた。
史朗はその女に見覚えがあった。
「美里········」
女はにやりと笑って史朗の足元を見た。
史朗は自分の足元を見るとそこには目が抉れて血塗れの老婆が史朗の顔を無表情で見詰め、史朗の足にしがみついていた。
もう片方の足にも男が明らかに頭を陥没させて、やはり無表情でしがみついていた。
見ると男は片手でしがみついている。
そして片方の腕は肩から切断され無かった。
腕にも、血塗れの腕が絡みついていて、振り返ると表情の無い顔が幾つも背中にへばりついている。
史朗の恐怖は爆発して、半狂乱になって叫んだ。
「うわわわわわっ!!
離せーーーーーーっ!! 」
手足を目倉めっぽうにもがくが、びくともしない。
白いワンピースの女がすぐ傍に立っていた。
女はくぐもった声で言った。
「愛していたのに··········
信じていたのに··········」
「美里!
助けてくれ! 」
史朗が視点を女に合わせた瞬間、女は突然顔が潰れ、目玉が飛び出し、肉片が粉々になって飛び散った。
赤い飛沫が史朗の顔にも貼り付いた。
史朗は悲鳴を上げて蹲ろうとした。
だが、身体は全く動かない。
声が聞こえる。
様々な声は言った。
「苦しい·········」
「助けて·········」
「子供を助けて·········」
「熱い·······」
「このまま死ぬのか·······」
「死にたくない······」
「母さんに逢いたい·······」
史朗はやっとの思いで一歩足を踏み出した。
ぐにゃりと気持ちの悪い感触が足に伝わった。
見ると、足元に内臓が飛び出したさっきのオタク風の男が史朗の足に踏みつけられていた。
視線を無意識に滑らせると駅の中一面に、胴が切断されたスーツ姿の男。
首がもげそうになっている子供。
皮膚が垂れ下がって全身焼けただれている年配の女。
鉄の棒に串刺しになっているカップル。
顔が潰れている赤ん坊。
誰一人完全な身体を持っていない血塗れの者たちが転がり、床に敷き詰められていた。
それらの人々はある者は地面を這いながら、ある者はのらりくらりと歩きながら、ゆっくりと史朗に近付いて来る。
「来るなあああああーーっ!! 」
史朗は恐怖に気が狂いそうになりながらも、それでも失神さえしない自分の強い意識を呪った。
不完全な身体の人々は、史朗に群がった。
史朗は雄叫びをあげながら、血塗れの人々に埋もれ、やがて見えなくなって行った。
もと鉄道保安局に勤めていた井上英明は定年を迎え、この田舎街に移り住み、穏やかな老後を送っていた。
彼の日課は朝早くお気に入りのジョギングコースを走ることだった。
英明はいつもの様に駅の中にある自動販売機でスポーツドリンクを買おうと駅に入って行った。
駅の外にも自動販売機は在るが、英明がいつも飲んでいるスポーツドリンクは駅の中の自動販売機にしかない。
待合室に入ると三十代くらいの男が床に倒れていた。
英明は驚いて男に駆け寄り、鼻先にてをやった。
弱々しいが呼吸はしていた。
「大丈夫ですか?
どうされましたか? 」
男は指をピクッとさせ、うっすらと目を開けた。
ゆっくりと顔を上げ英明を見上げると、男は目を見開き座ったまま素早く後退りして英明から逃げた。
「許してくれ、美里!
済まなかった
許してくれ! 」
男は床にひれ伏して、そう叫んだ。
英明が近付いて肩を掴むと男は「ひーーーーぃ!」と声を上げたかと思うと失禁していた。
そして、頻りに言った。
「済まなかった、美里!
許してくれ!
許してくれえええっ! 」
史朗は蹲り合わせた手を震わせ必死に許しを乞うた。
英明はとにかく男の普通じゃない状態を見て救急車を呼んだ。
美里と言う名前を耳にして、英明はある事故を思い出していた。
それは六年前、この街で起こった数十人もの死傷者を出した未曾有の大惨事だった。
原因は一人の女性の列車の飛び込み自殺だった。
女性に気付いた運転手はブレーキを掛けた。
だが間に合うこと無く女性の身体をバラバラにして脱線し、小高くなっていた線路から外れた列車は態勢を崩しひっくり返って後ろの車両が乗り上げると言う大事故になったのだ。
女性は小谷美里、当時二十五歳だった。
自殺した理由として浮かび上がったのは、美里は詐欺に遭い、貯金を奪われた上にヤミ金から一千万近い借金を抱えてしまったと言う事だった。
fin
読んで戴き有り難うございます。
いやあ、ホラー好きな活字中毒の娘にしぼられました。笑
それでなくても怖がりで、夜一人でゴミ出しにも行けないのに、ホラーなんて書いたらお風呂にも一人で入れなくなりまして。
姉の石猫錯理にお風呂終わるまで、風呂場の前に居て貰ったりしてるのに、活字中毒の娘、「これは勉強の為にホラー映画観た方がいいね」とか言って、選りすぐりの怖い映画選んでくれて、しかも4本もにっこり笑顔で渡してきやがりました。笑
相変わらずドSな奴です。
で、ホラー大好きな石猫錯理と一緒にホラー映画、2本観ました。
作品も書き終わり、娘にもGOサインでましたので、ホラー映画も観なくていいなあと安心していたら、活字中毒の娘「お姉ちゃんがノリノリで後の2本観たそうだったよ」とか言いやがりまして、後2本観なくちゃならないです。 とほほほほ。