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糸魔術師の日常  作者: 3号
26/51

行方不明



「エグジム〜。もうそろそろ寝ろよー」

「キリがついたら寝るよ」

「あんまり根詰めるなよー。ふぁあ」

 

 日が落ち、薄暗い店内で未だランタンの灯りが揺れる作業場。欠伸をしながら二階の自宅部分へと引き上げるビリームを見送り、エグジムは「よし!」と頬を張って気合を入れる。

 魔獣の素材取り、ミリリの引越し手伝いと、ここ最近店を留守にしていたエグジムは、少しばかり仕事が溜まっていた。

 依頼された衣服の修理に、新規仕立て。そして魔獣素材での制服作成(仕事外)。やることは無数にある。

 キリがついたらとは言ったが、その実徹夜する気満々だった。


「そういえばガンドさんから作業服も頼まれてたな……先にそっちをするか」


 職人であるガンドは気が短い上に気難しい。いい人であることは良く知ってるので問題ないのだが、あまり待たせるのは得策じゃない。

 

「なんかロックリザードの骨を寄越せって言うから、つい置いてきちゃったけど……何やってんだろ」


 先に相談した手前、自分で素材を取ってきたと報告に行ったのだが、ロックリザードとのあれこれを話した後に「よし! ならそいつの革で作業着一着発注だ。んで骨だがその角に置いとけ」と勝手に話を進められてしまった。

 同じ商店街で長い付き合い(それこそ赤ん坊の頃から知られている)故に、反論しても無駄な感じだったので、そのまま受け入れたのだ。


「余裕もって皮もらってきてよかった」


 フルに使っても三着分くらいは作れそうな余裕があるので問題ない。制服は部分強化でいくつもりなので、実際はもう少し作れそうだ。ガンドのは全革製だが。

 ロックリザードの皮は耐火性があり、高温環境に強い。加えて伸縮性もあるので動きの多い環境にも適応する。鍛治場で働くガンドには誂え向きの素材だろう。ただ一つ、通気性だけは宜しくないので、そこは所々に通気口を設けるなり別素材を組み合わせて通気性を確保するなりして対応する。


「背面部分に通気口、そして脇にはメッシュ素材を使えばある程度は改善されるかな。糸は……まあ頑丈なやつならいいか」


そうして素材を集めたら、手早く図面を引いてカット。ガンドは何度も服を発注しているため、型紙は既にある。

 毎回注文が来るたびに測りなおしてはいるのだが、彼は不思議とサイズが変わらないので、同じ型紙を何度も使い回している状態だ。毎回同じ服(作業着)しか発注しないのも要因か。


「革の色合いは……薄茶色だから表でも問題ないか。むしろ鱗の跡がちょっとオシャレ? でもおっちゃんなら『着られればいい!』とか言いそうだなぁ……」


 年中作業着腕まくり状態の筋肉ダルマを思い浮かべながら、糸を操作して複数箇所を同時に縫い合わせていく。最初のときでも手縫いの倍近い速さがあったが、トロールを縛ったりゴブリンを倒したりと予想外の使い方を重ねたせいか、ここ最近は三倍くらいのスピードで仕上げられるようになっていた。

 刺繍に至っては五倍は軽い。

 血生臭い戦闘の成果が本業で出るとは、少し複雑な気持ちになる。

 ちなみに戦闘で使った糸はしっかり洗浄し、洗浄しきれない分は破棄するか、いっそ戦闘用として確保してある。

ガンドなら見た目より機能性ばかり目がいくだろうが、奥さんはやはりカッコいいのを旦那が着た方が喜ぶだろう。ということで鱗の跡を生かすようにして縫製していく。 

 特に鱗の跡がはっきりとしている部分は肩や袖周りに配置し、鱗の薄い部分はその他の部位に持ってくる。

 太腿周りにポケットや、ハンマーなど工具を吊す金具用の布輪を腰回りにあつらえ、肩口に『ガンド工房』と刺繍を入れる。オシャレ着でも通用しそうな上下セットジャケット、もとい作業着が出来上がった。

 試しに伸ばしてみたら伸縮性も抜群にあり、革の切れ端を蝋燭で炙ってみても問題なし。ロックリザードはなるほど良い素材のようだ。鍛治作業には最適だろう。

 あとはガンドがこれをどれほど汚さずに長く着れるかだが、それは奥さんに任せた。

 ちなみにガンドの奥さんは筋肉ダルマを尻に敷く肝っ玉母ちゃんで元傭兵。『短剣のダーナ』といえば中年世代の傭兵たちには通った名らしい。

 エグジムとしては小さい時からお世話になっており、優しいお姉さんだなくらいの感覚しかないのだが、昔を知る傭兵たちには敬語で接されてるあたり怖いのだろう。怒らせると。


「まあ作業着は元々汚れるもんだし、これでいいかな。さーて、次々」


 作業待ちエリアに吊るされたドレスを手に取り、作業机に広げる。若葉を思わせる薄緑が綺麗なドレスはスカートの下あたりが所々破れていた。

 注文書によると庭園散策の時、植木に引っ掛けて破れたらしい。

 破れた部分、生地の痛み、元々の縫い目など一通り確認してから作業机横に備えられた棚から同色の糸を探し出し魔力を通す。

 

「よし、やったるか」


 宙に踊る糸と、深夜で少しハイになってるエグジム。魔力を通された糸はゆらりと蛇の如き動きで鎌首をもたげ、破れた箇所に殺到しては周囲と見分けがつかないように隠し縫いで仕上げていく。

 糸自体を操っているので、縫製というより半ば布を織っている感じだ。

 繊維の中に糸を潜り込ませるのは針では少し難しかったことで、魔法が使えるようになってからも練習し最近やっと出来るようになった。

 それでも大きな範囲はまだ、出来ないが。

 時計の長針が短針を追い越し、また後ろから短針に迫る。それを何度繰り返したか。

 修理待ちのドレッサーに服がなくなったあたりで、エグジムは糸から魔力を抜き大きく背伸びをした。

 長時間、椅子に座って作業をしていたせいか、背中から結構派手な音が鳴り、関節を回すと破砕音がうるさい程。毎回こうして体をほぐす度に、この音はどこから出てるのかなと疑問を抱く。

 骨が折れているようだが、実際には痛みどころか音が鳴ることが気持ちよくすらなっている。本当に折れてたらそうはいかないだろう。

 なら何処がそんな音を立ててるんだろう。いつもの答えの出ない疑問を脳内で反芻し、結局はどうでもいいかと投げ出すまでが一連の流れ。本日もその流れを辿り、立ち上がった時には疑問も忘れたエグジムが紅茶でも飲もうかとキッチンへ足を向けた。その時だった。


「あけてくれ! おい!」


 まるで余裕の感じられない声と共に激しく叩かれる扉。表通り側は閉店と同時にカーテンを閉めているので誰かは分からないが、向こうからは明かりが見えるのだろう。誰かが店内にいると確信した呼び方だ。

 様子からすると、強盗ではなく、本当に困っているか、もしくは助けを求めているか。

 念のために戦闘用に格下げされた糸束を持ち、そっとカーテンを捲ると、憔悴仕切った顔でドアに縋る商店街仲間の姿があった。

 彼は確かカーペットを取り扱ってる店のオーナーで、こんど娘が学園に入るんだとビリームに自慢していたのを思い出した。


「すまんエグジム君! 開けてくれ!」

「こんな夜更けにどうしたんです? ドルネルさん」


 知り合いとわかり扉を開けるエグジム。ドルネルは半ば倒れるようにして店内に入ると、そのままエグジムへ縋るように掴みかかった。


「キャロを、キャロを知らないか!?」


 キャロはドルネルの娘でそばかすの可愛い赤毛の少女だ。エグジムと同じ歳で、ミリリほどではないが、同じ商店街仲間として、それなりに親しくしている。


「キャロ? 家にいないんですか?」

「昼から全然帰ってきてないんだ! 引越しに行ったっきり! 君も行ってたんだろ? 何か、何か知らないか!?」


 真面目で、少し慌てん坊なキャロ。風の魔術に目覚め、出力は弱いものの、これで湿気などを抑えてカーペットをより良く管理できると嬉しそうに話していた。そんな彼女が無断で夜遊びとは考えられない。


「なんだ、キャロちゃんが居ないのか!?」


 騒ぎを聞きつけたのだろう、ビリームが住居である二階から慌てて降りてきた。被っていたナイトキャップがフワリと床に落ちる。


「ビリーム! そう、そうなんだよ! キャロが全然帰ってこないんだ!!」

「こうしちゃいられない! おいエグジム、探すの手伝うぞ!」

「ちょっと待て待て親父! キャロちゃんは昼間誰かと居たかも知れないだろ? 引越しなんて1人じゃできないんだから。ドルネルさん、俺はキャロのこと知らないけども、誰か引越しを手伝った人は居ないんですか?」

「そうか! 確かに引っ越しは一人じゃ無理だ! でも忙しくて引越しはキャロまかせだったから……だれが手伝ってるか……」

「分かりませんか……そうなれば、一度学園に見に行くしかないか」


 足取りを追うためには、まず最後の現場を確認する必要があるだろう。


「そうだな、よし、俺も行こう! これでも父さん元傭兵だからな! ゴブリンも出たなら行くしかない!」

「わ、私も同行するぞ! 娘のためなら何のそのだ!」

「いや、ドルネルさんは他にも心当たりを当たってみて下さい。手分けした方がいいでしょうし。そして親父、来てくれるのは嬉しいけど、せめて持っていくのはその抱いてる枕じゃなくて何かの武器にしてくれ。あと履物はヒヨコのスリッパじゃなくて靴ね」

「あ……すまん準備する」


 自分の格好を見てハッとしたビリームが早足に階段を登っていく。

 と、そんな親父と入れ替わりに半開きだった店の扉が壊れんばかりの勢いで開け放たれた。

 階段を上り切る直前だったビリームが驚きで足を踏み外し、脛を角で強打。悶えているがだれも見向きもしない。


「お坊っちゃん! お嬢を、ミリリお嬢をしりやせんか!? 夕方から姿が見えねぇんでやす!」


 全力で走ってきたのか、息の荒いボンド。行方不明が同日に二人。素行の悪い二人ならともかく、ミリリとキャロはむしろ真逆。

 場に不穏な空気が漂い始めた。皆が思ったのだ、これは只事じゃないと。


「なんか騒がしいけど、どしたのエッ君」

「あ、おじさま、痛そう……」

「ミーファさん、レミさん、ちょうど良かった。ミリリとキャロを探すのを手伝って」

「え、居ないの? ミリリちゃん」

「多分、誘拐です」

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