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糸魔術師の日常  作者: 3号
24/51

引っ越し騒動2


「はぁはぁはぁ」

「ぜえ、ぜぇ……げほっ」


気持ちの良い日差しが差す昼下がり。小鳥たちが姦しく鳴き交わす木の下で、エグジムとミリリは膝に手をつき荒い呼吸を整えていた。

お互いに魔力も体力も消耗し、満身創痍一歩手前。

特に逃走中、茂みに飛び込むなどしていたエグジムは葉っぱに枝に蜘蛛の巣にと、ボロボロ感が半端ない。


「ちょ、ミリリさん、一時、休戦といきませんかね」

「ひぃ……ひぃ……え、ええ、そうしましょ」


引きこもりの気があるミリリはもう限界なのだろう、怒る気力もなさそうだ。

そうして木の下でしばらく休憩している二人へと、黒髪を揺らしながら少女が近寄っていった。アンダーウッド伯爵子女、ユーリだ。


「あら、もう終わり?」


さも残念といった風のユーリ。後ろには執事のシューインが物静かに控えている。


「ええ、流石に疲れたんで」

「楽しそうに追いかけっこしてたものね。こんど私ともして下さらない?」


このハイパワー淑女と? 自分が?


「謹んでお断わりします」

「遠慮しなくていいのよ?」

「万難排して嘘偽りなくお断わりします」


ミリリだから例え当たっても痛いで済んでるのだ。ユーリの一撃なぞ痛いで済む気がしない。下手すれば遺体になってしまう。


「もう、つれないのね……で、そこの赤毛の子、初めましてよね」


エグジム全力の辞退に唇を尖らせたユーリだったが、すぐに次の獲物もといターゲットに狙いを定めたようだ。


「あ、は、初めましてエルフィン伯爵令嬢様。私はファーム商会が長女、ミリリと申します。以後お見知りおき……」

「堅っ苦しいですわね。もう少し砕けなさいな」

「へっ?」


ざっくばらんに放たれた言葉に固まるミリリ。シューインがそっと頭を抱えている。


「いやその、砕けるって……ええっと」

「何故皆さん遠慮するんでしょう? もっとこう、適当で良いですのに」

「平民の立場を考えてくださいよユーリ様」

「エグジム、ワザとですわね」

「ははっ、なんのことやら」


すっとぼけると顔面にハイキックが飛んできたので、慌ててしゃがみこみ回避する。

大きく足を上げるものだからスカートの中も見えエグジムの目を奪うが、広がるカーテンの向こうには色気も何も無い短パンが。

なんだか二重の意味で攻撃された気分になった。


「エグジムの変態」

「うぐっ」


ミリリから的確な言葉の刃による追撃。

エグジム、しゃがんだまま起き上がれない。


「あら? 避けられたはず?」


むしろ蹴りを放った本人が狼狽えてるが、ミリリは氷の視線で幼馴染を見つめ一言。


「バカは放っておいて良いです」

「……? まあ、いいわ。それよりエグジム、貴方もきっと入学してくれると信じていましたわ!」

「え、俺しないけど」

「……え? でも今日ここにってことは、引っ越しなんじゃなくて?」

「いや、俺はミリリの手伝い」


途端、ユーリは崩れ落ちた。

しくしく泣きもプラスで。


「せっかく、せっかくお友達が一緒だと思いましたのに……」


なんというか、居た堪れない。

まわりに人がいないのが救いか。誰かいれば完全に何かあったと誤解するだろう。

思いのほか本気の落ち込みに、出来る執事シューインが慰めにかかる。


「お嬢様、エグジム殿にも都合がありますし」

「でもシューイン……」

「それにお嬢様、もうひと方確実にご学友になられる娘さんがおられるじゃないですか」

「え……?」


シューインに話を振られたミリリが、驚いて目を見開き自分を指差す。


「ミリリさん? そ、そうよね。ミリリさんは入学されるんですものね! ねえ、ミリリさん、その、良ければですけど……お友達になって下さいません?」

「えっ!? いやいや私なんかが恐れおぐふっ」


言葉の途中でエグジムの肘打ち。脇腹に入り変な声が出たミリリは涙が浮かんだ目でエグジムに耳打ちした。


(ちょっと、何するのかな!? すこし泣いちゃったじゃない)

(いやお前、見てみろよ。泣きそうだぞ? いやすでに泣いてたけど、輪をかけて泣きそうだぞ?)

(うっ……なんて可愛い……じゃなかった、罪悪感を煽るの。でもでも私なんて商家の娘だよ? 伯爵令嬢様とは身分が違うっていうか)

(それを言うなら俺だって仕立て屋だよ? そんなのいいから、嫌じゃないんだろ?)

(え、むしろ嬉しいけど……)


「いや……ですの?」

「え!? 嫌じゃないです、嫌じゃないです!!」

「では! お友達になって下さいますのね!」

「よ、宜しくお願いします」


こうしてミリリは伯爵令嬢の友人ができた。


「良かったですなぁ、お嬢様」

「ゴリ押し感凄かったですけどね」


エグジムも最初はユーリからゴリ押されて友人になった気がする。基本的に押せ押せのスタイルなのだろうか。


「シューイン! 友達が、友達が出来ましたわ! それも女友達!」

「良うございましたなぁ……お嬢様……」


まあでも、裏表なく嬉しそうな姿を見たら悪い気はしないわけで。


「ねえ、ユーリちゃん。ユーリちゃんも引っ越しだよね?」

「ユーリ……ちゃん?」

「だめ、でした……? お友達ならこう呼ぶのかなって、思いましたので」

「いい、いいですわ! むしろお願いします! それに言葉遣いもお友達に敬語は禁止です!」

「はい……うん! ならユーリちゃんも私のこと呼びやすいように呼んでね」

「ええっと、ミリリさん?」

「それ、呼びやすい?」


悪戯っぽいミリリの笑み。

少し考えたあと、ユーリも嬉しそうに笑った。


「じゃあ、ミリちゃんで!」

「うん!」


そうして2人、笑い合う少女たちのなんと美しいことか。

商家の娘、ミリリ。人見知りしてたら商売にならない環境で育った彼女は、控えめな性格ながらも腹をくくればコミュ力はむしろ高いものを持っている。

あくまで培った能力としての交流力なので、ほんとの素が出るまでは時間がかかるだろうが、今はこれで十分だろう。

何より、下着の件が流れそうでエグジムとしては願ったりな状況なのだ。


「学校生活、楽しくなりそうですわね! ね! エグジム!」

「いや……『ね!』って押されても俺は入らないから。注文もまだまだあるし、何より平民は仕事だよ仕事」

「つれないですのね。これはお父様から根回しするしか……」

「ユーリちゃん、それ私も混ぜて……」

「ええ勿論、逃げ道塞いで……」

「そこ、何をいきなりコソコソ話してるんだ?」


いきなり内緒話を始めた少女2人に首をひねるエグジム。色々察して具体的な方法まで想定し始めているシューインは崩れぬ笑顔でそれを見守っていた。

と、唐突に破壊音と怒号が聞こえたのは、そんな平和なひと時だった。

反射的に聞こえた方声を向く一同。昼下がりの学園にピリリとした緊張感を孕む空気が満ちていくのを感じる。


「何事でしょうか……」


厳しい顔で呟くシューイン。

その間にも断続的に破壊音は響いてくる。


「この方角、実習棟からかもしれませんわね」

「実習棟って、確か寮から近かったよね?」


ミリリの問いにユーリが応える。


「ええ、学生たちが自主的に研鑽を積む場をより手軽に利用できるようにと、比較的近くに作られてるはずですわ」

「てことは、新入生たちが巻き込まれてる?」

「っ! 行きますわよ!」


言葉より先に飛び出すユーリ。シューインも機敏な動きで後を追い、戸惑いつつもエグジムとミリリも続いて駆け出した。

ミリリとの追いかけっこは意外と寮から近くで終了していたらしい。ほんの数分駆ければすぐに現場が見えてきた。

予想通り、悲鳴を上げているのは引っ越しをしていただろう生徒に人工。彼らはそれぞれ逃げ惑い、中には怪我をしているものもいた。

そしてそんな彼らを追い立てるのは、緑の肌をした小人。

三頭身で子供くらいの背丈、荒れ放題の硬質化した肌。剣や棍棒などの雑多な武器を振り回し、腰蓑一つで暴れ回る。

大きく尖った鼻に長い耳、黄色く濁った目と鋭い牙を持つ人型の魔物。

村や旅人を襲い、食料など奪い、女を攫っていく事から傭兵にも多く討伐依頼が持ち込まれる魔物。

呼び名をゴブリン。

醜悪な笑い声をあげながら女生徒めがけて突撃するゴブリンを、無数の糸が空中で縫いとめた。

別所では人工の男性に襲いかかる三体に砂の槍が突き刺さり、逃げる男子生徒を背中から斬りつけようとしたゴブリンは足元が凍って転倒している。


「早いですわねエグジム!」

「そっちも反応早いね!」

「みんな走るの……早いよぉ」

「そういうミリリ様も素晴らしい魔法速度です」


褒めるシューインも蹴りをゴブリンの首筋へ的確に叩き込み、首の骨をへし折る戦い方をしていた。


「シューインさんも凄いですね」

「なに、若い時の残り香ですよ」


特に打ち合わせするでもなく魔物に対しているのは、それだけ状況が逼迫してるが故。

ある程度の嗜みのある生徒は反撃に転じたりもしているが、まだまだ混乱して逃げ惑う者が大半だ。仕方がない、彼らは多くが貴族や裕福な平民であり、荒事とは縁のない生活を送ってきたのだから。


「歯ごたえない……ですわねっ!」

「むしろあっちがオカシイよなぁ」


美しくしなやかな肢体を砂の手甲や脚甲で包み、鋭く激しい打撃でゴブリンを文字通り粉砕するユーリが頼もしいの何の。


「大丈夫? 立てる?」

「あ、はい……」


とりあえず倒れている女生徒を立ち上がらせ、磔にしていたゴブリンを拘束しその辺に転がす。頭が重いせいか、脳天から落下して呻きながらもがき苦しんでいるが、それは知ったことではない。


「ほら、逃げな。気をつけてね」

「あの、えっと……ありがとうございます!」


律儀にもぺこりと頭を下げて逃げていく女子生徒。


「あの娘も貴族だろうに、素直な娘だなぁ」


少しいい気分になったエグジムは張り切ってゴブリンを拘束していく。

エグジムに狙われたゴブリンは手足を拘束され、上下を返され、脳天から地面に落ちる。

獲物を捕らえ、弄ぶ。ポイズンスパイダーの糸、本領発揮と言わんばかり。

文字通り手も足も出ずに激痛に晒されたゴブリンは、あるものは気絶し、あるものは悶絶している。共に行動不能。

しかし転がしても転がしても、次から次へとゴブリンは湧いてきており、全く減る気配がなかった。


「ギキィ!!」


エグジムの集中が途切れたあたりで、ボロボロの剣を振りかぶったゴブリンが飛びかかってきた。

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