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糸魔術師の日常  作者: 3号
23/51

引っ越し騒動

10月中に上げたかったですが、おそくなりました。すいません

「俺は学園には通わないよ?」

「いや、そうじゃないよ。引っ越しのお手伝いして欲しいなって」

「そういえば、週明けまでには引っ越し終えなきゃダメだったか」

「そうそう! ね……手伝って?」


手を顔の前で合わせ、軽く上目遣いで頼んでくるミリリ。エグジムはこれを断れた試しがない。


「うーん、まぁ、いっか」


せめてもの反撃に、すこし焦らして返答してみる。断れないからと素直に受けるのは、なんだか悔しいのだ。

しかしミリリには毎回効かず。


「ほんと? やった!」


こうして素直に喜ばれてしまう。強がりがバレているのか、素直に喜んでるのか……エグジムはそんなことを考えながらグラスに残った水を飲み干した。



ミリリによると荷物は既に、箱詰めの形で郵送済みとのこと。エグジムには部屋への運び込みと荷ほどきを手伝って欲しいらしい。


「本当はお母さんがくる予定だったんだけど、急な商談入っちゃったらしくて……ごめんね? あ、お母さんから手紙だって」

「ん? 手紙??」


ミリリの母親は商会の内務を一手に統括する女傑であり、外務の父親と二人三脚で大商会を更に拡大している。そのため恐ろしく多忙だということは想像に難くないが、それ故に友人とはいえどもエグジム宛に手紙を託す理由がわからない。


「なんだろう」

「引っ越しお願いします、とかじゃないかな?」

「それだと伝言でもいい気がするよね、と」


わざわざ封蝋で閉じられた手紙を開封し、出てきた一枚の高そうな便箋に目を通す。


『親愛なるエグジム君へ。

いつも娘がお世話になってます。入学式の時は色々あったみたいね、お疲れ様。娘の付き添いありがとう。

本当は貴方も入学してくれると娘も寂しがらなくていいと思ったんだけど、どうかな?今からでもねじ込めるわよ?

それでね、申し訳ないんだけど、もう娘から聞いてると思うけど、お引越しを手伝ってもらいたいの。旦那も遠くまで買い出しに行っちゃってて、店員も最近は忙しくて手が離せなくて……。あとでお駄賃弾むから、ね!』


朗らかでありながら、海千山千の商人達と互角にやりあうどころか圧倒して利益を叩き出すミリリの母親らしい文章に思わずクスリと笑ってしまう。


「なにか面白いことでも書いてあった?」

「いや、あの人らしいなって思って」

「ふーん」


食後のお茶を飲みながら待ちの姿勢に入ったミリリと同じタイミングでお茶を飲みつつ、手紙の続きに目を通し……。


「がっふ!」

「うわぁ! どうしたの、大丈夫!?」


続く文面に盛大に吹き出した。

怒るどころか心配してハンカチを差し出すミリリにお礼を言いつつ、手紙をサッとポケットにしまう。


「なにか書いてあったの?」

「い、いや、何も。すこしお茶が変なところに入っただけだよ」

「……あやしい、見せて」

「いやいや、それよりほら、引っ越しするんでしょ? そろそろ出るよ!」

「あ、ちょっと!……むぅ〜」


手紙を奪おうと伸ばされる腕をサッとかわして伝票片手におばちゃんへと支払いを終わらせるエグジムを、膨れつらで睨むミリリ。

エグジムの背中に鋭い視線が突き刺さる。

しかし、しょうがないのだ。


『女子寮の部屋で二人きり! 間違いが起きてもウェルカムよ。うちでバックアップしてあげるから! あ、でも孫はミリリの卒業後にしてね』


こんな文面をミリリに見られるわけにはいかないのだから。




そうしてやってきたのは魔法学校。手紙の内容を追及されつつ、のらりくらりと躱しながら二人で歩いていたら、学校が近づくにつれてやけに人が多いことに気がついた。

加えて大勢の話し声や騒音も聞こえてくる。


「祭りかなにかか?」


エグジムが呟き首をかしげる。町の予定にそんなものは無かったはずだ。

対してミリリはすこし考えたあと、はっとした様子で駆けて行った。


「お、おいちょっと待って!」


慌てて追うエグジム。ミリリはいわゆるデスクワーク派で運動は得意ではない。ゆえにすぐ追いついたのだが、そのくらい進むと二人にも現状がはっきりと見えてきた。

馬車が二台、余裕を持ってすれ違えると評判の魔法学校の門が人であふれ、荷物を積んだ荷車が無数にズラリと並んでいる。

行き交うのは上半身裸の人工から貴族らしい男女、そして真新しい学生服を着た少年少女達。教員らしき姿も見受けられる。


「なんだこれ……」

「たぶん、引っ越し」

「随分とまた、大騒ぎだな……」


何も知らなければ、今日はなんの祭りがあるのかと思うだろう。


「毎年こうみたい。大変なんだって、聞いてた通りだった」

「そりゃこれは……なぁ。俺らの作業できるのか?」

「えーと荷物が届いてたら出来るはず……あ、あった!」


商会の印象の押された目当ての荷物は校門へ入る列の先頭付近。寮には未だ到着できていないものの、そろそろ門をくぐれそうだ。


「おい! 俺はダンモール家の子息だぞ! 荷物の搬入に無駄な時間を取らせるんじゃない!」

「そうは言いましても、規則ですから……」

「ええい! 父上には報告するからな!」


なんだか駄々をこねる馬鹿貴族が見えたが、それだけ皆が長い時間並んでいるのだろう。

小回りの効かない荷車をすり抜け、手荷物のみでスムーズに入る平民らしき少年少女がいるのもまた、皮肉なものだ。


「多分早めに手配してくれたんだろうな。おばさんに感謝だ」

「だね、お母さん仕事は凄いから」


話しているうちにも人工が引く荷車は門の検査を通過し、寮に向かって進み出した。

肝心の寮はというと男女に分かれているため人混みも二分され、広く取られた出入り口は荷物の搬入をする人で行き交ってもまだ余裕がある。

人工の男性は女子寮前に荷車をつけると手際よく玄関脇に木箱を下ろしていった。


「お疲れ様です、ボンドさん」

「お疲れ様ですお嬢様! お、そっちの彼が例の?」

「例の??」


例の、なんだろう。


「ちょ、ボンドさん!?」

「HAHAHA! こりゃうっかり! では私は次の仕事があるのでこれで!」


まだ木箱が残った荷車を引いて走り去るボンド二十九歳。商会の配送係として、彼は今日もアンダーウッドを走り回るのだろう。

ちなみに荷車の動力は人力である。商会でもトップの体力自慢と有名だ。


「例の、なに?」

「それはもういいの!」


謎は謎のまま。若干顔の赤いミリリに強引に手を引かれ荷物の搬入に向かう。

ちなみにこの時エグジム(同年代の男子)と女子寮の前で手を繋いでイチャついてたと、後にレフィーラから詰められる事になるのだが、それはまた別の話。

学生寮とは言えども、その規模はそこらの貴族の屋敷よりも余程大きい。

一学年ワンフロア、かつ共用部やその他設備でワンフロア占有の計四階建て。前年卒業生が使っていた階を次の新入生が使用するローテーションらしく、今年の一年は三階とのこと。

寮の規模に相応しく、荷物を置いた程度ではなんの妨げにもならない広い玄関先で、ミリリとエグジムは積み上がった木箱を見下ろしていた。

木箱の数は七つ。その半数はミリリでは持てないサイズ感。


「寮に入るだけなのに、この荷物の量あるんだな。周りもそうだけど」

「うん、参考書とか実験器具とか洋服とか。あと布団とかも基本持ち込みだよ。寮にあるのは使っていいんだけど、どうしてもほら、古いから」


要は生活品以外はなにを勉強するか、そしてどこまで生活の質にこだわるかで荷物の量は決まってくるのだろう。


「まあいいや、運ぶか」

「うん、地道にいこう」

「いや、まとめてやっちゃおう」


そういうとエグジムは懐からお馴染みの糸を取り出した。使い込んで最近動きが滑らかになってきたポイズンスパイダーの糸だ。もともと縫製用だったが、もうエグジムの魔術用になってしまっている。

加えて取り出したのは道具セットに収まるギリギリサイズの糸巻きが三つ。


「ミリリ、確かあそこの部屋って言ってたよね? その三階の左から二番目」

「うん。その筈だよ」

「ちょっとこの糸巻き1つ持って窓開けてきて」

「え? う、うん、いいけど……」


何をするんだろうと首を傾げつつも、いう通りに寮へと入っていくミリリ。

しばらくすると錠が開く音が聞こえ、ミリリが窓から顔を出した。


「エグジムー! あけたよー!」

「おう! なら糸巻きを窓の上に向かって放り投げて!」

「ええ!?」

「ついでに窓枠から室内まで氷の滑り台作っといて! 終わりにはストッパー忘れずに!」

「何するつもりなのかな!?」


なんだか不安そうにエグジムを見ながらも指示通りにしてくれるミリリ。それに合わせてエグジムも残りの糸巻きを空中に放り、魔力を発動させる。

途端、空中に舞った糸巻きは、それぞれ違う高さで浮遊するように静止した。

ミリリの部屋の窓より高い位置に一つ、エグジムの膝丈に一つ、そしてエグジムの目線の高さに一つだ。


「ほあっ! 浮いてる!?」

「そんでもって、糸よ!」


驚くミリリに構わず、糸を束のように縒り合わせ、糸巻きを支点にジグザグを描くようにして設置した。

それを見てミリリは「あっ」と驚きの声を上げた。


「これって滑車!?」

「そういうこと。さ、一つめいくぞ!」


糸を操作し縒り合わせた先頭をカギ状に成形。まるで巨大な手で掴むようにして木箱を固定すると、糸がまとわりついた右手を思いっきり下へと振り下ろした。

手繰り寄せられる糸。それに連動して三つめ、二つめの糸巻へと回転が伝播。一つめの糸巻きに力を伝え、本来必要な力の数分の一でもって木箱を三階へと持ち上げた。


「ミリリ、受け取って!」

「あっ、はい!」


窓から手を伸ばしたミリリが木箱を手繰り寄せ、氷の滑り台の上へ。

氷に乗せられたタイミングで糸は外れ、木箱はそのままスィーっと氷の滑り台を進み、部屋の真ん中で停止した。


「どう? 早いでしょ?」

「凄いよエグジム! こんな事出来るようになってたんだね!」

「まあね〜。糸使いはだんだん器用になってきてるよ。んじゃ次いくよ」


褒められて嬉しかったエグジム。糸の手を操り次の木箱を掴むと乱暴にならないように、かつ素早く三階の窓まで持ち上げる。

両手を広げて待っていたミリリは箱を受け取ると、ゆっくりと部屋の中に滑らせていく。


「おいあれ凄くね?」

「いいなー楽そう」


周りで作業していた生徒たちも徐々にエグジム達の様子に気がついていき、興味深そうに見物している。


「よっし、これでラスト!」

「うん! 受け取ったよ!」


重くて普通に運んだのでは相応の時間がかかったろう七つの木箱。それが一時間もかからずに搬入できたのだから上出来だろう。

浮かせた糸巻きが予想以上に魔力を消費して少し身体が怠いが、荷物を運べばどの道疲労するのだから気にすることではないだろう。


「んじゃ俺もそっち向かうね」

「ねーねー君、今のやつ私達のところも」

「向かうね!」


しかし二度めは御免だった。

声をかけようとする人を振り切り寮に飛び込むと階段をダッシュ。三階の部屋に飛び込むと箱を開けている途中だったミリリがキョトンとした顔をしていた。


「どうしたのかな? 息切らせて」

「いや、ちょっとね。逃げてきた」

「あ、手伝ってって言われちゃったのかな」

「正解。二度目はキツイよ」

「あはは、お疲れ様。そっちの箱頼んでいい?」

「これね、りょーかーい」


梱包のロープを切って、ふたを開けると書籍や食器が顔を出した。


「棚は備え付けがあるんだな。食器は角の小さいキッチンでいいの?」

「うん、そっちにお願い」


ベッド脇にかがみ、真顔でヌイグルミの配置を微調整しているミリリから空返事。職人のような目をしてる彼女に「これはどの位置?」と聞く気になれず、自分のセンスを信じて整理することにエグジムは決めた。

そんなこんなで整理すること暫く。やり切った顔でベッドを見下ろすミリリをよそに、四箱目を開けるエグジム。

これまでは食器、書籍、寝具ときてクッションだったので、今度はタオルでも入ってるのかと確認もなしに開けた。それが致命的な油断とも知らないで。

軽く短い釘で留められた木箱は、専用の鉄ベラで軽く隙間を作ると簡単に開けられる。四箱目ともなると慣れた手つきで開封し、意識しないまま箱の中に手を突っ込み……サラサラとした覚えのありすぎる手触りに凍りついた。

薄く頼りなく、しかししっかりと作り込まれた生地。ザラザラ感のない滑るような手触りと、薄いが故の柔軟性。たまに触れる編み込みはレースだろうか。

形は小さく、三角形の布で構成されたそれは仕立て屋であるエグジムが気が付かない筈はないもので。


「あ、ごめんエグジム夢中になって……た……」


振り返ったミリリの顔から表情が抜け落ちる。

手を入れた姿勢のまま動くことができないエグジムは、俯いた姿勢で冷や汗が止まらない。


「それ、その箱……」


ミリリの声が震えている。

ここは謝罪か、いやまずは手を抜かなければ。考えがまとまらず動けないでいると、だんだんと部屋に冷気が満ちてきて。


「……いつまで手を入れてるのかな?」

「いや、えっと、これはって危なっ!」


反射的に顔を跳ね上げると、先ほどまで頭があった位置を氷の礫が打ち抜き、床に当たって砕け散った。


「あれ、避けたらダメなんだよ。当たらない」

「いや当たったら怪我すうわっと!」


言い終わらないうちに飛んでくる礫。杭じゃないだけ優しさか、しかし勢いはシャレになってない。

さすがに体の硬直が溶けたエグジムは木箱から手を引き抜き、逃げようとしたところで指に何かが引っかかってるのに気がついた。

まるで油の切れた車輪のように、ぎこちない動きでゆっくりと見下ろす。咄嗟だったためだろう、曲がったままの指には三角形が二つ連なった可愛らしい布地がぶら下がっていた。

察するに、ミリリは少し小ぶり……。


「死ネ」


その後、般若の顔で氷の礫を乱射する少女と糸を使って防ぎつつ死に物狂いで逃げる少年が寮周辺で目撃された。

この事がきっかけで普段は大人しいミリリが『氷姫』の二つ名で呼ばれ一目置かれた事で、イジメなどを事前に回避できたことは良かったのか悪かったのか……。

二つ名を聞き赤い顔で悶絶、誰も見てない寮のベットで転げ回る少女がいたことだけ記しておく。

ラブコメ苦手やなーと、難産でした。

拙い回とは思いますが、お付き合い頂き有難うございます。

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