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糸魔術師の日常  作者: 3号
10/51

自己調達は節約の基本

転職活動でメンタルやられて書けませんでした。遅くなり申し訳ありません


「で、なんだ。服みたいな鎧? 鎧みたいな服?そんなのを作りたいと」

「うん。いけるかな?」

「アホか」


なんとも濃ゆい溜息が鉄の間を通り抜けた。

商店街の中でも一等鉄の香りが似合う場所。入り口には大剣が立てかけられ、樽には幾本もの剣が乱雑に突き立っている。その他にも鎧や盾、槍や斧も揃えるここは「武器屋ガンド」。 武器も鎧も金属製品ならば請け負う鍛冶屋の店である。

多くの冒険者や傭兵、休暇中の騎士などで賑わうカウンターの一角にて、エグジムは筋肉の塊とでも言える店主に相談を持ちかけていた。


「服の時点で衝撃には無力だろうがよ。防具ってのは貫かれない事も大事だが、同じくらい硬いってのも大事な要素なんだ。剣が当たってもナマクラで使い手も平凡なら服すら切れねぇが当たった衝撃は消せねえ。単なる筋肉自慢の振った剣でも服越しに当てられれば斬れなくても骨折程度なら十二分に起こせんだ。当たり前だが鎧と服は全く別物。それが前提よ」

「うーん……難しいか。なら可能な範囲で防御力を高めていけば、どの範囲までいけそう?」

「刃物は通らんように出来るだろうし、魔法なら防げるかもしれん。だが火魔法の爆風とかはあくまで物理だから効いてしまうぞ」

「ならば部分ごとに革にてプロテクターを付属し縫い合わせるのは?」

「まぁそれならいけるが。実際、部分的に頑丈にした服ならうちでも売ってるからな」


フム、と頷くエグジム。

その構造ならば伯爵令嬢のときに作成している分、ノウハウは多少ある。

問題なのは材質か。


「よし、ありがとおっちゃん。ちょっとやってみるよ」

「金属使うときは見てやるから持ってこい」

「あざーっす!」



目の前に並べた材料を前に腕を組んで唸る午後の店内。馴染みの買い物客が物珍しそうに店舗スペースから作業場を覗き込んでいる。

並ぶ素材は使い慣れたポイズンスパイダーの糸に甲殻系魔物の外骨格。数種類の鉱物版に数種類の布。あとは小物がちらほらと。


「さぁて、これをどうするか」

「エグジム、どうしたー? 新作の構想か?」

「ん? 親父、ちょっと頑丈な服を作りたいなって思って」

「ちょいと頑丈って、魔物の甲羅まで持ち出して? 鎧でも作るの?」

「似たようなもの」

「ここ服屋だぜ? 防具なら三軒隣にガンドの武具屋あるだろ」

「そんなガッツリしたやつじゃなくて、軽くて頑丈なやつだよ」

「ほほう。傭兵向きの商品でもお作りになるのですかな?」


最近たまにココアを飲みに来るシューインが会話に加わってきた。

傭兵とは特別な教育歴や出自など不要であり、犯罪歴すら無ければ十五歳以上のおよそ全ての人が登録できる職業である。

兵とは付くが、要は何でも屋であり、実績が低ければそれこそ買い物の代行やペット探しまで、初心者を脱すれば旅の護衛や素材の採取、魔物の討伐など幅広い活躍の場がある。

とはいえ荒事の多い職業なのは事実。時には生死をかけることも珍しくない傭兵たちにとって自身に合った装備を選ぶのは必須とも言える。重戦士は全身鎧、剣士は部分的なハーフアーマー。対して斥候や魔術師、弓兵などは動きを阻害しない衣服系の防具など。武具屋でも扱っているが、頑丈で動きやすい服はそれだけで需要がある。

特に女傭兵はその傾向が顕著であり、同じ服タイプでもワンポイントがあったりデザイン性に優れていたりする物を選びたがる。女性のファッションへかける情熱は凄まじいのだ。

ゆえに傭兵をターゲットにした服製作は割と手堅い商売なのだ。

しかし今回、エグジムが作りたいのはそれではない。


「傭兵相手の服製作も良いけど、それよりも個人的かな」

「技術練習という形ですか。ならば簡単な素材からやってみても良いかも知れませぬな」

「簡単な素材か……まぁ試行錯誤していくと材料も多くかかるし、良いかもしれない」


となると、行くべきは傭兵ギルド提携の素材屋か。ポイズンスパイダーの糸など、普段から仕入れを行なっている顔見知りだ。普段ならば迷わず行くところだが……。


「親父、ちょっと行ってくるよ」

「お? どこまで?」

「草原まで」


自分の試行錯誤のために使うのだ。言うなれば採算外の出費。回収できるアテが無いならば金をかけるべきでは無いだろう。

つまりは自分で取りに行くのが安定だ。金を節約できるなら、自分でできることはする。鉄則だ。


「まずは素材屋で糸だけ買うかな。自衛くらい出来ないと」


出費は小遣いの中で最低限。確か草原には弱い魔物しか居ないはずだし大丈夫だろう。このあいだのトロールが特別なのだ。


「え、仕入れなら素材屋行けば……おい、聞いてるか?おーーい」


机に出していた素材を手早くしまい、いつも携帯している道具袋と在庫の糸を腰のポーチへ。何か叫んでる親父の声を背中に受けてエグジムは店の外へと飛び出した。


「さて、どの平原に行こうかな」


通い慣れた道で素材屋へ赴き、ポイズンスパイダーの糸を予算分購入。そのまま商店街中央にある噴水まで歩き、偶然空いていたベンチに腰を下ろした。


「素材を考えると西と北は微妙。東も服向きじゃないとなると、やっぱり南?」


噴水広場は十字交差の中央に作られており、それぞれの道でアンダーウッドの東西南北四つの門へと抜けられる。

ポイズンスパイダーの糸を買ったついでに衝動買いした肉串を齧りながら、道行く人を何とはなしに見送っていく。

ざっくり言えば、南は魔の森、北は草原からの海、西は王都への街道が伸びており、東は山脈を隔てて他国の領土が広がっている。

今回の目当ては糸の素材か、魔物の皮。とりあえず被服に使えそうかなと思えるものは一通り。なんともざっくりした目的だ。

そうなると狙うのは動植物となり、行き先は南の森かいちばん好ましいが、問題なのが魔の森、四方向で一番危険度が高いのだ。

理由は単純。魔物の種類が多く質も高いから。

行商人の噂では魔の森を抜けた先か、森のど真ん中かに魔族の国があり、その影響を受けて魔物が強化されているというが、真実なのかは分からない。

しかし新人傭兵が安易に近寄り帰らぬ人となるのも珍しくない場所であり、魔の森からの魔物の氾濫に備えて辺境伯軍は軍備を整えている側面もある。

傭兵でもない仕立て屋が向かうには、多分に荷が勝ちすぎている。


「仕方ない。南以外も森はあるし、適当に行ってみようか」

「森がどうかしたんですの?」

「ひあっ!?」


急に後ろから声をかけられ、ビクッとベンチから飛び上がる。

おまけに自分でもちょっと何処から出たか分からない声を上げてしまった。

バックンバックンと悪い意味で高鳴る心臓に手を当てて押しとどめ、振り返ると不思議そうな顔をしたユーリが覗き込んできていた。


「どうしましたの? すごい声でしたが」

「いや、なんでも、なんでもないっす」

「そうですの? 具合も悪そうですが」

「いたって健康です! それより、どうしたので、こんな街の真ん中で」

「爺やの姿が見えないので、どうぜエグジムの店にいるかと思い向かってましたの」

「1人で?」

「護衛とですわ」


そう言って振り向く。先には今にもキスしそうなカップルが「え、なに?」とでもいいそうな顔をしていた。


「護衛とでしたわ」

「言い直した!?」

「決して捲いてきた訳ではありませんのよ? ただ少し走って人混みに飛び込んだだけですの」

「それを多分、捲くって言うんじゃないかな?」

「細かいことは気にしたら負けですわ。それより森がどうしましたの?」

「何と戦ってるんだ……」


さりげなくベンチの横に座ってきたユーリに少し場所を譲り、肉串をぱくり。

噛みごたえのある肉を嚥下してから、訳を説明した。

形の良い顎に手を当てて事情を聞いていたユーリ。次第にその口端が楽しそうに歪んだ。

猛烈に嫌な予感がする。


「なるほど。素材集めですのね。街の方はそうやって集めるのですか……いつも買ってばかりでしたから盲点でしたわ。そんな楽しそうな、もとい貴重な体験を見逃していたなんて」

「おーい、本音出てるぞー」

「それならば是非もありませんわね! 私も行きますわ!!」

「……はい?」


伯爵令嬢が、素材集め? 何の冗談だろう。


「ですから、私も行きますわ」

「何をトチ狂っておられますか?」

「あら。言うようになりましたわね」


なぜ楽しそうなのか。ふふふと機嫌よく笑うお嬢様。つい目をそらしたエグジムは肉串を齧り、それがもう串のみであったことに気がつく。


「外は危険ですよ? 魔物もいますし。盗賊だって出るかも」

「当たり前ですわ。それを言うならば戦闘訓練を受けている私よりも、仕立て屋でしかないエグジムの方が余程危険ではなくて?」

「平民と貴族では話が違いますよ」

「平民よりもなお危険の矢面に立つのが貴族ですわ」


ユーリの目を見ていると、数ヶ月前に「商談の香りがする!」と飛び出していった母親を思い出す。言い出したら聞かない人。強く自信に満ちた、同じ瞳だ。

これまで母を止められたことはない。エグジムはユーリの説得を早々に諦めた。


「なら行こうか、行き先はまぁ、西の草原でいいか」

「慎重ですのね。まあ無謀よりも良いですわ。ですがその前に……」

「ん? 着替えてくる?」

「いえ、エグジムのそれ。私も食べてみたいですわ」


その後、屋台に並ぶ伯爵令嬢に、周囲が少し騒めき、その日その屋台は過去最高売上を記録した。


とりあえず絵付きの設定資料描いて自己整理。地理とかそのうち絶対混ざる確信がある。

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