作戦開始
雨が、降り始めた。
ヘルツは空を仰ぎ見た。
「土砂降りになりそうですな」
「なら、早く片付けたほうがいいな」
小声で会話を交わし、ヘルツは再び裏口を見張る門番のほうに、視線を向けた。
門番は仮面を被っていて、表情は窺えないが、動作が欠伸をしている時と一緒だった。そして、雨を気にしているのか、時折空を見上げている。
「クルト様」
「なんだ?」
「アンジェリカ様を助けた後、貴方はどうされるおつもりですか?」
クルトはヘルツを一瞥した。
「それは、あの子によるな」
「と、いうと?」
「あの子が旅に出たいのなら、一緒についていくし、ここにいたいのなら一緒にいる」
ヘルツは目を細める。
「領主としてのお仕事は、どうなさるおつもりで?」
「俺はあくまで領主代理だ。それに、俺がこの世界に来た目的は、あの子にある」
即答されて、ヘルツは肩をすくめた。
そう答えるのは分かっていたが、やはり本人から聞くとなると、どうも複雑だ。
クルトには別の本名があり、元々こちらの世界の住人ではない。そして、この世界に来たのは、とある少女を捜すためだということも知っている。
少女を捜すために情報網を広げようと、国中のあちこちに行ける騎士になるため、一度も握ったことがない剣を握り、血を吐くほどの猛稽古に自分の時間を費やした。
初めて戦で人の命を奪った後、彼は嘔吐と悪夢と戦った。限界に達しても、自分で自分を奮い立たせ、踏ん張った。
全ては少女を見つけるために。それを傍で見守っていたから、この地を離れていくかもしれないと聞いて、引き留めようと言葉を頭の中で並べようとも、引き留められるような自信がない。
「それに」
クルトが眉を顰める。
「俺はこの世界の住人じゃない。貴族の血どころか、この世界の住人とも血が繋がっていない。俺がいなくなったところで、大した問題じゃない」
「クルト様」
ヘルツは小声ながらも、力強い言葉でクルトの名を紡ぐ。若干怒りの声色を滲ませていたので、驚いたクルトがヘルツに視線を向ける。
「貴方がどう思ってあれ、異世界の者だろうとロタール様と私は、貴方のことを息子のように思っておりますよ。それに、戸籍も親子だと認めているのですから、あまり深くは考えなくてもよろしいのですよ。堂々としていなされ」
「ヘルツ……」
「領主として、皆様も認めていらっしゃいます。貴方の居場所はここにもあることを、どうか胸に留めてください」
そのとき、表門のほうが騒がしくなった。
ヘルツとクルトは、剣呑な目つきで、再び裏口に注視した。
「始まったか」
「そのようですな」
門番は表を気にしながらも、動こうとしない。
クルトはヘルツに目を配り、腰にある短剣に手を掛ける。
いつもなら長剣だが、室内戦を考えて短剣にしたのだ。槍や長剣は、室内戦だと相性が悪いのだ。
ヘルツは首を小さく横に振り、私がやりますよ、と袖をちらつかせながら合図を送る。クルトは、任せた、と頷いた。
袖から特製の吹き矢を出し、出来るだけ距離を縮めるため、クルトから離れた。音をなるべく出さず、吹き出した風の音に合わせて、近付く。
射程の所まで近付いたが、門番はこちらに気付く様子は見られない。照準を定め、一気に吹きかけた。
矢が門番の喉を貫いて、門番は呻き声も出さず倒れる。ヘルツは辺りを警戒しながら、門番の傍らまで行き、絶命を確認するとクルトに合図を送った。
クルトが近付く間、ヘルツは効率良くアンジェリカを助け出す方法を、頭の中で練った。




