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対面

 階段も当然古く、油断したら抜け落ちそうだった。床板が抜け落ちないように、慎重に降りていく。


 何回か危なかったが、無事に降りることができた。塔は別の建物と繋がっているらしく、前を歩いていた仮面の男がボロボロの扉を開けると、廊下が続いていた。


 その廊下を歩いて行く。軋んでいる床の音が、廊下に響く。


 歩くと、他の扉と比べて、大きな観音扉が見えてきた。仮面の男が観音扉を開く。

 観音扉の向こうは、礼拝堂のようだった。古い燭台には火が点されていて、ゆらゆらと影が踊っている。


 真っ直ぐな元赤絨毯の傍らに並ぶ、長椅子たちもほとんどが座れそうにないほど、朽ちていた。天井から吊り下がれている大きな十字架のようなオブジェの下は、段差がある祭壇になっていて、その祭壇にフードを被った男がいた。


 男は仮面の男達と違い、仮面を被っていなかった。フードの影で目元は見えないが、口元は見えた。体格は細く、見たところ鍛えられていないようだった。腰には短剣らしきものを携えている。


 フードの男が小さく笑う。



「はじめまして。黒錆の騎士の婚約者殿」



 アンジェリカは首を傾げた。



「黒錆……?」


「クルト・グレーウェンベルクの二つ名ですよ。知らなかったのですか?」



 今度はフードの男が首を傾げた。



「はい」


「婚約者なのに?」


「世間様に触れ合うほどの時間がなかったもので。それにしても黒錆、とは良い二つ名ではありませんね」


「はじめは嘲笑の的でしたから、二つ名もそんな感じになったのですよ」


「あらあら。今はそうではない、と伺いましたが、訂正されなかったのですか?」


「今は新しい二つ名を模索中、といったところでしょうかね。あの人の二つ名なんて、どうでもいいですが」



 フードの男は肩をすくめた。


 声色からして、若い男だろうか。丁寧な言葉遣いなので、教養はあるみたいだ。どこか品があるようにも見えるので、平民ではないのかもしれない。



「ところで、わたしを攫った目的はなんでしょうか?」


「早くも本題ですか」


「わたしには他の話題がないので」



 名前を訊くべきだろうか、と思ったが、訊いたところで教えてくれるかどうか分からなかったので、教えてくれそうな事を訊くことにしただけだ。それに、この男のことを、深く知りたいとは思わない。



「なんだと思いますか?」


「さあ? 情報が足りないので、憶測も立てられません。一番思ったのは、わたし一応王女なので、転覆するためかと」


「そんな大袈裟なものではありませんよ。今の王に不満はありませんから」


「では、身代金ですか?」


「お金に困っていませんので」


「では、なぜでしょう?」



 アンジェリカは首を傾げてみせる。


 フードの男がフードに手を掛け、ゆっくりとフードを脱いだ。

 現れた顔に、アンジェリカは見覚えがなかった。


 第一印象は、正直パッとしない顔立ちだな、だった。茶髪に緑色の目。よく見れば、顔のバランスも悪くなく、一応イケメンの域に入っていそうな感じだが、地味な印象を与える雰囲気を出している。



「僕の名前は、セリウス・ジュータ」



 その名前には覚えがあった。

 エマの婚約者になった男の名前だ。



「あら。あなたがジュータ様でしたか。エマ様から話は伺っております」



 エマの名前を告げると、セリウスは目元を緩めた。



(そういえば、瞳が仄暗いって言っていたけど)



 エマの言葉を思い出して、セリウスの瞳をじっと見据える。

 言われてみれば確かに、精彩さが欠けているように見えるし、影もあるように見える。



「エマ様の婚約者が、どうしてわたしを攫う必要があるのですか?」


「分かりませんか?」


「あなたに関しては、エマ様の婚約者であることと、エマ様に対して誠実ということしか知らないので」



 瞳云々のことについては、黙っておく。

 セリウスは笑みを刷った。



「そうですね。僕もあなたも、お互いのことは知らない。回りくどい言い方ではなく、きっぱりと言うべきですね」



 と、言いながら、セリウスが一歩前に出る。燭台の明かりが、セリウスの青白い肌を照らす。


 アンジェリカは、じっとセリウスを見据えて、言葉を待つ。

 明かりが揺らめく。セリウスははっきりとした声色で、アンジェリカに告げた。



「僕の目的は、貴女とクルト・グレーウェンベルクの婚約解消。そして、エマ嬢とクルト・グレーウェンベルクが婚約を結ぶことです」

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