犯行
この所、クルトの様子が変だ。
アンジェリカは、首を捻らせる。
あの試作品を試した時から、変な気がする。変になるのはアンジェリカの前だけで、他には変わりない。
何か言いたげなのは分かるが、内容を憶測するには情報が足りなさすぎる。
本人にずばっと訊いてもいいが、本人が言うまで待ったほうがいいのだろうか、とアンジェリカは悩んでいた。
(あの人って、奥手……いいえ、ヘタレかしら? なんかそんな感じがするから、聞き出さないといけないような気がするわ)
すぐに伝えなくてはいけないことは伝えてくれるのだから、すぐ言わなければならない事柄ではないだろう。
現に二日前、怪しい男達が街を彷徨いているから、またしばらく外に行かないほうがいい、と伝えてくれた。
(待つのが得策、かしら)
そういえば、二日前からだ。クルトが変になったのは。と、いうことは怪しい男達関連だろうか。
(でも、歌を歌った後から、変になったから……違うわね)
その日の朝に一回会っているが、特に変わった様子はなかった。
(歌に関して訊きたいのかしら? あの歌、この世界にないはずだから気になっている、とか)
そもそも、クルトは歌に興味があるのだろうか。
(これ以上考えてもしょうがないわね)
アンジェリカは空を仰いだ。今日は曇り空で、雨が降りそうだ。
屋敷の外には出られないので、庭を散策し、原っぱエリアのほうまで足を運んでいたのだが、そろそろ屋敷の中に戻ったほうがいいだろう。
その時、後ろの林から物音がした。風の音ではない。
振り返ると、アルファがいた。
「アルファ君?」
声を掛けるが、返事がない。顔を強張らせ、目は恐怖に満ちていた。
ただならぬ様子に、アンジェリカは顔を顰める。
「姉、ちゃん……」
虫の羽音のような、か弱い声だった。がたがたと怯えていて、アンジェリカは駆け寄ろうとした。
刹那。茂みから、複数の影が躍り出た。男だ。体付きはいいが、顔は仮面を被っていて分からない。
反射的に後ずさると、その内の一人がナイフを出し、刃先をアルファの喉元に当てた。
「動くな」
アルファから息の呑む音が聞こえる。
アンジェリカは男達を見据えた。
「あらあら。穏やかではありませんね」
気付いたら、声を出していた。
「貴方たちの望みはなんですか?」
「俺たちと一緒に来てもらおう」
「アルファ君を生かしてくれるのなら」
「約束しよう。お前が大人しく付いてきてくれるのなら、な」
アルファを一瞥する。
状況は大体分かった。
おそらく、抜け道のことがこの男達にバレてしまい、脅迫され案内したのだろう。
男達の目的が自分であることは違いないが、その先が分からない。
表向き、王族ということになっているので、転覆しようとしているのか。だとすると、裏には貴族が絡んでいるということになる。
(この男達の目的がどうあれ、やることは変わらないわ)
男達を見回してから、アンジェリカは笑みを刷った。
「分かりました。大人しく、貴方たちに付いていきます。ちゃんと、アルファ君を生かしてくださいね」
「ああ」
ナイフを握っていた男が懐から、布を取り出す。それをアルファの口と手足に巻き付け、そのまま茂みに隠した。
その間、アルファがずっとアンジェリカを見ていた。今にも泣きそうな顔でアンジェリカに、ごめん、と伝えようとしているのが分かった。
拘束され、目隠しされるまで、アンジェリカは、気にしないで、を伝えようと、それに笑顔で応えた。




