エマの野生の勘
「エマ様に言われたんです。あなたは前を向いていないように見える、と」
「相変わらず、ずばっと言うね、あの子。あの子の長所のような、短所のような」
「長所と短所は紙一重だと、わたしは思います」
「それもそうだね。でもねぇ、あの子の指摘は的を射てすぎているから、尚更質が悪いよね」
「同感です」
そこは同意した。あの後もエマは、ズバズバと指摘した。どれもこれも間違っていなかったので、逆に返事に窮したこともある。
「あの子、僕と同じで直感で生きているからね。あの子の野生の勘は恐ろしいよ」
「女の勘ではなくて?」
自分も野生の勘だとは思っていたが、本人曰く、女の勘だといっていたので、なんとなく口に出す。
「いや、あれは野生の勘だ。間違いないよ」
ロタールは強く断言した。
と、なると、エマのあの言葉の信憑性はどうなってしまうのだろうか。女の勘だとエマは言っていたが、ロタールに野生の勘だと強く断言されると、正しいのか分からなくなる。
ここは思い切って、聞いてみることにした。
「ロタール侯爵。エマ様が仰っていたのですが、クルトに忘れられない人がいるのは本当ですか?」
直球で聞いてみると、ロタールがぽかんと口を開けた。しばらくして、苦笑を浮かべる。
「ほんとうに、野生の勘は恐るべしだなぁ」
「あら、エマ様の勘は当たっていたと」
「まあ、それこそ君が気にすることではないよ」
含みがある言い方だった。
ロタールがわざとらしく、くしゃみをする。
「さて、寒くなってきたね。とっとと屋敷に戻ろうか。老体には堪えるよ」
「あら。まだまだ老体というお歳ではないでしょうに」
「いやいや。見た目はこうでも、身体のガタがあちこちに出ているよ」
いやだいやだ、と肩をすくめるロタールに、アンジェリカは小さく溜め息をついた。これ以上話せない、ということなのだろう。なら、アンジェリカは、これ以上訊かないことにした。
二人は再び歩き出した。
アンジェリカはもう一度、空を見上げる。
こんな真っ赤な夕焼けを見ると、あの日を思い出す。
祖父が死んだあの日も、こんな夕焼け空だった。あの子が心配そうに顔を顰め、面会時間ギリギリまで傍にいてくれた。
(ああ、そういえば、クルトとあの子、なんだか似ているわ)
黒い髪、黒い瞳。あの子も同じ色をしていた。どことなく、眼差しも似ているような気がする。尤も、あんな寂しげな瞳はあの子はしていなかったけれど。
(だからかしら。クルトを見ると、胸が少し苦しいのは)
守れないと分かっていた約束を無意識に思い出すから、クルトと一線を置こうとしてしまうのだろうか。
でも、一緒にいると、とても安心してしまう。それも、あの子に似ているからだろうか。
アンジェリカは結局、答えが見つからなかった。




