迷子の子
ロタールの目が見開かれる。
「あちらでは、十五歳で死ぬのは若すぎる死といわれていました。百歳以上生きている方もいらっしゃったくらいに、寿命が長かったんです」
「たしかにそれは長いね」
「こちらに来たのは九歳の頃でしたけど、その前にお医者さんに宣告されていたんです。かなりもっても十五歳、いつ死んでもおかしくないよ、と」
淡々と言えるのは、当時もそんなに衝撃がなかったからだ。自分はそんなに長くないと、薄々と分かっていた。ずっと病院にいたから、死に関して敏感だった。ずっと続く明日はないのだと、知っていた。
ただ、周りがそうではなかったけれど。
「でも、今は」
「こちらに来た時に、健康体になったみたいです。だから、ご心配せずともいいですよ」
アンジェリカは視線をロタールに戻し、にっこりと笑う。
「宣告される前から、ずっと死ぬことを前提で生きてきました。夢も努力も未来があるから、夢と努力の先は見えないけどあると信じているから、思い描けるし、出来ると思うんです」
「それはそうだね」
「でも、わたしには未来が見えていました。先が見えるまでの未来はないのだと、ずっと分かっていました」
それに対して、羨むことも悲しむこともないほど、彼女は受容していた。近い将来訪れる死を、抗うこともなく、淡々と待っていた。
アンジェリカにとって、それが当たり前だったのだ。
「今は、それが出来る身体だと分かってはいます。けど、わたしは今、道が見えない草原に、ぽつんと置き去りにされている状態。どうしていいか分かりません」
そこまで言って、アンジェリカは一笑した。一笑して気が付いた。自分がいつの間にか、表情を消していたことを。
「愚痴っぽくなりましたね」
「いえいえ、話してくれてありがとう」
ロタールもにっこりと笑った。
「最近考えているのは、その事かい?」
「お気づきに?」
「気付いたのはクルトだよ。なんか考え込んでいるみたいだって」
「そうですか」
心配げにロタールに言う、クルトの姿がありありと想像できた。
よくもまぁ、そんなに他人を心配できるものだな、と逆に感心すらする。
「初めてここに来た時は、考えもなかったような気がするけど」
「あら。文字を学びたいとは言いましたけれど」
「あれはどちらかというと、合理的な理由でしょ? 今悩んでいることは、非合理的に近いと僕は思うけど」
言われてみれば確かにそうだな、と思った。
勉強はこれから必要になるから、という理由で義務のように淡々とこなしていた。




