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彼が養子になった理由

 鉄の塊は、魔法機の試作品だった。坂道の多いヴァーランスで重い荷物や、軽くても数が多い荷物を運ぶのに苦労する。そこで考えたのが、リアカーに雷の魔法を利用した魔法機を搭載して、押す力を増して軽々と運べるようにするのだという。


 元いた世界でいうところの、電動アシスタント、具体的にいうと電動自転車かしら、とアンジェリカは考える。自転車に乗ったことはないが、きっとそうなのだろう。


 アルファは試作品を見て、とても目を輝かせていた。じっくり観察して、気になるところがあれば、ロタールに質問していた。ロタールも嬉しそうに答える。


 クルトはアンジェリカの横で、その様子をアンジェリカと共に眺めていた。時折、ちらちらと伺うように視線を送られたが、話しかけられることはなかった。なにか聞きたいことがありそうな雰囲気だったが、聞きにくい内容だったのだろうか。


 夕方になり、クルトはアルファを送っていく、とアルファを連れて門を出て行った。

 その背中をロタールと一緒に見送っていると、ロタールが口を開いた。



「さっきのクルトに魔力が全くない話だけどね」


「急に話を戻しましたね。それがなにか?」


「君の中に、クルトはもしかしてどこかの貴族の隠し子説が出ているかもしれないから、そこら辺説明しないとなって」


「それはどうもご丁寧に。ここで話してもいい内容でしょうか?」



 敬語がなくなってきているなぁ、と思いながら、周りの目もありますよ、と暗に伝える。



「問題ないよ。別に隠していることじゃないから」



 そんな軽い内容かしら、とロタールを一瞥する。その視線を受けたロタールは、半分知れ渡っている話だからね、と付け加える。



「さて、屋敷に戻りながら話そうか」



 踵返すロタールの後を追う。ゆっくりと話すつもりなのか、アンジェリカの歩調よりも遅い歩調で、歩いている。



「クルトを拾ったのは四年前、彼が十六歳の時だよ」


「拾った?」



 アンジェリカは首を傾げる。ロタールはアンジェリカを横目で見ながら、軽く笑った。



「領地内で彷徨っていたところを偶然発見して、保護したんだよ」


「どうして、保護したんですか?」


「彼は見るからに、この国の住人じゃなかったから。変わった服装でね、変わった道具を使って、サバイバルをしていたんだよ。何より言葉が通じなかった。当時、隣国で内戦があってね、そこから流れた難民かなって思ったんだ。道具に興味あったから、気紛れで拾ったんだよね」



 気紛れで、何処の者か分からない、しかも他国の者を拾うとは。余程道具が気になったのか、危機感がなかったのか。どちらだろう。



(つまり、庶子ではないってことね)



 複雑な生い立ちではないことに、少しだけ安心した。



「言葉を教えていくうちに、この子賢いなって思ったんだ。その時は兄も死んで、グレーウェンベルク家を継ぐ直系は僕しかいなかった。兄にも僕にも子供がいなかったし、親戚も当てにならなくてね、養子を取るしかなかった。

他の貴族から子供を貰うにも、乗っ取られる可能性が高いから、下手に打診できなくてね。そんな時に、クルトに出会った。クルトは賢いし、優しい子だ。何より努力家で、領主としての才能もあった。それに」


「それに?」



 聞き返すと、ロタールは口端を吊り上げた。



「初めて会った時、彼は痩せていたけど、目が燃えていた。絶対に生きてみせるっていう、生の色をしていた。だから、彼を養子にすることにしたんだ」



 生の色。生命力が溢れていたのだろうか、と想像してみて、止めた。死の色は容易に想像出来るが、強い生の色は想像出来なかった。


 どうして、そこまで生きようとしていたのか。理由でもあったのだろうか、と考えてみるが、これも止めた。それはクルトだけの事情だ。自分には関係ないことだ。



「そういう経緯があったんですね」


「漠然と貴族のことが分かっていたみたいで、養子になった時からさらに勉強に打ち込むようになったな。勉強も剣術も、他の貴族に負けないように、学んだよ。時には体調を崩して、倒れることもあったけど、彼は挫けなかったよ」



 ふと、彼との勉強時間の思い出が蘇った。


 彼もこれを見て勉強をしたという、使い古した教科書。ずっと昔から使っていたから、あんなにヨレヨレなのだと思っていた。でも実際は違った。


 教科書がヨレヨレになるほど、彼は知識を頭に叩き込んでいたのだ。短時間であんなにヨレヨレになったということは、つまり何百回も読み返していたということで。



「本当に、努力家ですね」


「周りの貴族たちは最初、クルトを馬鹿にしていたんだけどね、弱音を吐かず努力を重ねている姿を見て、評価を変えていったよ。そのおかげで、クルトはモテるようになったんだけど、本人はすごく迷惑がっているという」


「ふふふ。クルトはすごいですね。ほんとうに」



 アンジェリカは立ち止まる。ロタールも立ち止まって、アンジェリカを窺う。



「わたしには、到底真似できないです」


「どうしてだい?」


「努力の仕方が分からないんです。わたしには、努力という言葉を理解できないんです」



 ロタールが不思議そうに首を傾げる。



「その理由をお訊きしても、よろしいかな?」


「大した理由ではないのですが……」



 アンジェリカは周りを見渡す。誰もいないことを確認して、告げた。



「わたし、あちらの世界では病院にずっといました」


「病気だったのかい?」


「すごく身体が弱かったんです」



 空を仰ぐ。空は真っ赤に染まっていて、燃えているように見えた。遠くの空が仄暗い。夜が近付いていることを告げている方向を見つめながら、淡々と紡いだ。



「わたし、ほんとうは十五歳まで生きていなかったはずなんです」

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