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予期せぬ出会い

「誰だ!」


 帝城の奥でカイル達は警備の近衛兵に見つかり誰何を受けてしまう。

 ウィルマがナイフを取り出し、始末しようとしたがカイルが手で制す。

 その間に動いたのはクレアだった。

 メイジスタッフを近衛兵に突き出すと短く呪文を唱える。

 すると近衛兵の瞳から光が消えて虚ろな目となる。


「私が誰か分かる?」


『はい、クレア・クロフォード様』


 近衛兵二人は異口同音に抑揚無く答えた。

 そうしてからようやくクレアは杖を下ろして命じた。


「宜しい、では私たちと会ったことを忘れて警備巡回に戻りなさい。巡回が終わったら自由になってよし」


『はい、クレア・クロフォード様』


 そう言うと、近衛兵達はカイル達を見なかったように再び銃を担いで歩き出した。


「何をやったの?」


 警備兵が角を曲がって消えてからレナがクレアに尋ねた。


「ああ、従属魔法よ。自我を奪って自由に操る魔法よ。使用者の意のままに相手を操れるの」


「そんなの使って良いの?」


「禁呪。一寸使っただけで魔術師専用の監獄で長期拘禁、最悪死刑よ」


「戦闘で使えそうなのに」


「人の意志をねじ曲げる方法だから厳しく禁じられているのよ。これは何処でも同じ。最も戦闘中に唱えるには詠唱が必要だし、少人数にしか使えないから無理ね」


 気軽にクレアは答える。悪びれた様子は一切ない。


「やけに手慣れているようだけど、何かに使っているの? まさかカイルに使って夜な夜な」


「まさか。確かに昔使ったけど、目がうつろで挙動もおかしくて全然面白くないから今は使っていないけど」


「とりあえず行こうか」


 凄く嫌な予感がしたカイルは話し込む二人に割り込んで歩みを進める。


「でも大丈夫なの? このままだと見つからない。何より海軍卿に会えるの?」


「それについては考えているよ」


 そう言ってカイルは目的の部屋に入る。


「あれ? カイル? どうしたんだ?」


 話しかけてきたのは先日別れたウィリアムだった。


「何でウィルがここに居るの?」


 事情を知らないレナが尋ねる。ウィリアムが皇太子なのは秘密だった。


「ああ、実はね」


 そういってカイルは事情を話した。ことここに至れば隠すことなど不可能だ。全て話した方が良い。

 なのでウィルが皇太子であり自分が幼馴染みである事をレナに伝えた。


「理解した?」


 説明が終わった後、カイルは無表情なレナに尋ねた。


「へえ、そうなの。で、この後どうするの?」


「……驚かないの?」


「うーん、今更というか。ウィルとの艦艇勤務は変わらないと思うし。まあ同じ艦の仲間が秘密を持っていたのは色々と思うけど私にも秘密にしたいことはあるし」


「その程度かい……」


 レナのピントのボケた回答にカイルは脱力した。

 何というか自然体というか天然というか、唯我独尊なレナだ。

 ちなみにウィルマはカイルの事を全面的に信頼しているため、一切口を挟まない。


「秘密にすることは無いと思うけど」


「それだと色々不味いんだよ。兎に角、ウィルが皇太子というのは秘密だよ。他の人に話さない。このメンバーでも、その話す時は誰にも聞かれないように注意すること」


「エドモントにも?」


「そうだよ」


 エドモントには悪いが知り得る人物を最低限に止めておくのは必要だ。だからカイルはレナに口止めをした。


「じゃあ、これでおしまいね。あとはどうするの?」


「……とりあえずウィルに頼んで第一海軍卿の控え室に行って上申書を手渡す。訪問目的はサクリング海佐の叙勲祝いということで入ろう」


「そんな事しなくても正面から言えば入れたんじゃないか?」


 レナと話し込むカイルにウィルが話しかけてきた。


「こいつのお陰で入れないよ」


 そう言ってカイルは自分の笹のような耳を指で弾いて見せた。


「帝城になんて海軍士官でも用無く入れないよ」


「僕に言えば入れたけど」


「伝言を頼んだけど、届かなかったみたいだね」


 だからこそウィリアムの侍童時代にカイルが知った秘密の扉、ウィルが密かに下町に遊びに行くために使っていたルートを使って侵入する羽目になった。

 ちなみにルートは他にもいくつかあり、その一つに過ぎない。


「衛兵に伝言とかしたの?」


「ああ、届かなかったようだけどね」


 数百年前の暗黒戦争時代を経て、多種族を制圧して人間が勝利して以来、エルフは邪悪な存在とされており、時折隔世遺伝か何かで生まれてくるエルフは嫌悪される。

 本来ならカイルも生まれた瞬間に殺される運命にあったが、両親が何故か生かしてくれたお陰で生きていられる。

 ただ、どうしても世間の偏見や迫害は多くエルフ相手には仕事をやらないというのは日常茶飯事だ。

 公爵公子という地位を半ば捨ててまで海軍士官を目指したのも前の世界で商船士官として勤務していた経験を生かす他にも、船の上では実力主義だからだ。

 海という自然の猛威の前にエルフか否かで態度を変えるという人間社会の常識は通用しない。

 入隊以来、適切にカイルの実力を認めてくれる人々が多くて最近忘れがちだが、人間というのが偏見と差別そして劣等感の塊であることを再認識させてくれる。


「分かった。海軍卿と艦長に会えるように手はずを整えるよ。ただ僕も叙勲の準備で今から直ぐには無理だけど」


「ありがとう。叙勲式の後でも十分に間に合うから大丈夫だよ」


 カイルを偏見で見ない数少ない例外であり領地が隣同士だった幼馴染みのウィルの温情に感謝していると、新たな人物が入って来た。


「ウィリアム、用意は出来たか?」


 入って来たのはウィリアムの父親、現皇帝陛下ジョージ三世だった。


「……! カイルか!」


 見つかったカイルは慌てて臣下の礼をとった。


「皇帝陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう……」


「おお、来ていたのか」


 そのままずかずかと歩いて来てカイルを抱きしめた。


「あ、あの。小父さん、いや陛下」


「この度の戦争で多大な功績を残したそうだな。叙勲できずに済まん」


「いえ、作戦を指揮したのはサクリング海佐でしたし」


 ピク・マルティでの作戦を提案したのはカイルだったが、指揮官が最大の栄誉を受けるという方針により、今回の式典の主役はサクリング海佐だ。

 一見不平等だが、遠い本国の人間が見ていない戦いで、誰が一番功績を上げたか分からないという事もあり、報告書や広報、その他上層部の恣意が無い限り、指揮官が栄誉を受ける。

 ただ栄誉を受けた指揮官は式典後部隊に帰ったら部下達に労いを行うのが不文律となっている。


「そう聞いているがお前が活躍したことが嬉しい」


 まるで我が子のように喜んでくれるのはカイルとしても嬉しいが、皇帝陛下がこのような甘々では威厳も何もない。


「陛下、何をしているのです?」


 丁寧な言葉ながらも冷たい声音が部屋に響いた。


「め、メアリー」


 怯えた様子でジョージ陛下は自分の妻、皇后の名前を呼んだ。


「あまり臣下、それもエルフを相手にしていては貴族の顰蹙を買いますわ」


「そ、それは」


「それに間もなく式典です。直ぐにご用意を」


「あ、ああ」


 怯えた様子で皇帝は皇后の後に付いて部屋を出て行った。


「……感じ悪くない?」


 出て行った皇后を見てレナが呟く。


「まあ、昔からだから」


 銀髪ながらも整った顔立ちに皺の無い肌。ウィルを始めとする数人の子供を産んだとは思えないほど体型を維持している美女だが、険が立っておりきつい女性に見える。

 侍童をしていた時もカイルは何度も皇后から冷たい視線を受けていた。


「アレでも昔は笑顔の似合う美女だったって」


「信じられない」


「済まないね。カイル」


 ウィリアムが間に入って取りなした。


「紅茶でも飲んで気分を晴らしてくれ。全く、父さんにも困ったものだよ。疲れたろう。まあ座ってくれ」


 そう言ってウィルがカイル達にソファーを勧め、全員が座った時、メイドが紅茶を入れてきて皆相伴に預かろうとした。


「ウィル兄様!」


 だが部屋の扉がが勢いよく開いて全員の動きを止めた。

 中に入ってきたのはウィルの双子妹、エリザベスだった。

 母親と同じ銀髪のウィルに対して、エリザベスは父親譲りの綺麗な金髪の少女だ。

 大きな瞳に成長途中ながらも身体のラインが出来てきている。そして笑顔は花が咲き乱れるようだ。


「見て見て! 式典で着るドレスです!」


 嬉しそうにエリザベスはウィルに抱きつく。ドレスを見せに来たのにこれでは見えないのだがエリザベスにとってはウィルに会いに来る理由でしか無く、ウィルの元に居たいだけだ。事実、ウィルに抱きついたエリザベスの顔は更に輝く。

 だがそれもカイルを見た瞬間に散る。


「あら、エルフがいたの」


 母親似の冷たい視線をカイルに向けてきた。


「お久しぶりです。エリザベス様」


 カイルはソファーから立ち上がりエリザベスに対して臣下の礼を取る。


「やめて、呼ばないで。エルフに呼ばれたくない」


 顔を背けた後、ウィルの隣、カイルの座っていた場所に座る。


「領地が隣だっただけで友人面して兄様の部屋に入らないでよ。兄様まで悪く言われてしまうじゃないの」


「気を付けます」


「エリー! やめるんだ!」


 エリー――エリザベスの態度をウィルが叱る。


「カイルも頭を下げなくて良い」


「ふん」


 兄であるウィルに怒られてエリザベスは機嫌を損ねた。しかも自分が嫌いなエルフを庇って。それが余計にエリザベスの勘気を刺激する。


「兄様の温情に感謝しなさい。大体、普通は自ら身を慎んで出入りするのもやめるものじゃない」


「エリー!」


 再び怒られたエリザベスは、テーブルの上にあった紅茶を手に取り香りを確かめる。


「私たち用の紅茶じゃないの。こんなのをエルフに渡すなんて勿体ない」


 そう言ってエリザベスは紅茶を飲んだ。次の瞬間、彼女は口から吐いて倒れ込んだ。

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