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結審

 開闢歴二五九三年一二月一三日 ポート・インペリアル海軍軍法会議会議室


「さてカイル・クロフォード海尉の処分について話し合おうと思う」


 この件で議長役を務めているジャギエルカ提督が部下と共に審議を開始した。

 部下達は判事役で一応の独立性を担保されている立場だが、上司であるうえ有力者であるジャギエルカの前では追従するだけでしかない。


「クロフォード海尉が航海責任者としての責任を果たしていないのは明確だ。この一点において罪は明確だ。また艦長の殺害疑惑、スペンサー海尉の殺害などの罪は明瞭だと思うが」


「証拠がありません。強行すると軍法会議の名誉に傷が付きませんか?」


 部下の一人が反対した。

 カイルを思っての事ではなく、軍法会議の名誉を守るため、ひいてはジャギエルカの名声に傷が付かないようにするためだ。

 何より自分を海軍内で引っ張り上げてくれるジャギエルカが失脚すれば、自分の海軍での出世は見込めない。そのため上司が評判を落とすことを防ぐ必要がある。

 そのための進言であり、ジャギエルカも部下が反対する理由を解っていた。


「確かに、明確な証拠はない。だがクロフォード海尉が軍法に反し封緘命令書を命令無く開封したことは別室での取り調べで明確だ。だが残念な事に極秘の命令であったために、処罰理由として公表する訳にはいかない。この点は海軍の上層部も同意している」


 軍法会議が死刑を決定しても、その理由を上官と海軍本部に上申して許可を得なければならない。

 冤罪防止だが、この場合は上層部が死刑を望んでおり問題はなかった。

 判決を一日程遅らせたのも緻密に審議するためでなく、海軍本部と秘密裏に連絡をとり、軍法会議の方針を伝えて許可を貰う為だ。当然海軍内や外部、特に宮中に対する根回しを行うためだ。


「しかし、海軍内や世間から怪しまられるのでは」


「それはないだろう。何しろ只の調査航海だ。海軍内の注目は低い」


 読み書きも満足に出来ない人々が大勢を占める世の中において、科学に注目する人間は少ない。

 海獣を倒した、軍艦を何隻分捕ったかという明確な成果を上げる航海ではないため注目は低い。それどころか、何故このような事を行うのか、税金の無駄遣いではないのかと考える国民も多いだろう。

 だから海軍は必死に隠す、とジャギエルカは読んでいた。


「世界周回が珍しい事では無くなった今、何の戦果も上げずにいる。注目されまい」


 これまでも世界一周の航海を成し遂げた人間は多いし彼らの伝記は多い。しかし、それらは飽くまで遠征、分捕り、より直接的に言えば他国に対する海賊行為を行って本国に財貨をもたらした、あるいは島を占領して富を持ち帰ったことに対する評価だ。

 今回の観測航海はそのような行動を取っていない、寧ろ慎むべき事だ。


「しかしブーゲンビリア島において戦闘を行い、一時的に占領しています。これは十分な戦果です」


 ジャギエルカの部下の一人が指摘した。

 唯一の例外はブーゲンビリア島における戦闘および占領行為であり、戦利品として大砲を分捕っている。


「だが、それは戦時の話だ。平時においてはあってはならない事だ。ガリアとの外交関係が悪化することを考慮すれば公表しないことが妥当だ」


 対アルビオン包囲網が作られようとしている時期に公表すれば外交関係がこじれる。

 いずれ公表しなければならないが、大っぴらに宣伝することもない。


「何よりこの航海には多々の失敗がある。それらについて責任を取るのが責任者だ」


 言わんとしている意味を部下達は理解していた。

 航海は成功したと言えるが、責任を追及するべき失敗が多々ある。

 しかし追求の矛先を権威と無謬性を持ちつつある海軍本部に向けるべきではない。

 実際に指揮したディスカバリーの最高責任者こそが、前任が死亡した後を引き継ぎ、今は現艦長であるカイル・クロフォード海尉が負うべき事だった。

 もし、その決断を行わなければ、ジャギエルカ提督とその部下は海軍から有形無形の処罰を受けるだろう。

 そのことを暗にジャギエルカは仄めかし、部下達を黙らせた。


「さて諸君、判断材料は揃っているな。結論を出してみよう」


 事実は事実だが、その中には人にとって都合の良い部分と悪い部分がある。

 その悪い部分のみを抽出して評価を行えば、悪い評価しか付かない。

 彼らが行っている事はそのような行為だった。


「では、軍法会議として本件の結論を下そうと思う」


 その時、会議室のドアが開いて士官の一人が飛び込んできた。


「大変です。こんなものが出版されています」




 開闢歴二五九三年一二月一二日 帝都 帝国学会会館


「それでは皆様ご紹介しましょう。この度オタハイト島から帰国されたばかり。惑星ヴィーナスの太陽面通過観測を成功させたミスタ・バンクスです」


 司会の紹介で登壇してきたのは帝都に着いたばかりのバンクス氏だった。

 疲れているにも関わらず、彼は学会が開催されるホールではなく、あえて玄関先、一般市民に向かって話しかけた。

 寒空の中ではあったが、学会員だけでなく、多くの市民や物好きな貴族が集まっていた。


「皆さん、初めまして。ご紹介頂きましたバンクスです。この度はお集まり頂きましてありがとうございます」


 深々と頭を下げてからバンクス氏は話し始めた。


「我々は先年本国を出発し、惑星ヴィーナスの太陽面通過を観測するべく航海に出ました。それはとても困難な航海でした。無風で船の足が止まることもあれば逆風で止まることも、逆に風が吹きすぎて帆が破れることも。正に困難の連続でした。しかし、その途上で我々は驚くべき発見をしました」


 バンクス氏は次々と航海の途上で起きた事を話した。戦闘や航海中のアクシデントの話に聴衆は興味を引かれた様だった。だが何より人々の注目を集めたのは、その間に集められた動物や生物の標本だった。

 現代日本なら博物館も図鑑も揃っている。だが、アルビオンでは博物学がようやく芽吹いた時期であり、生物とい言えば生まれ故郷の生物を見るのが精々だ。

 ところが、自分たちが見たことのない、知らない生物が目の前にいる。それもカラフルで奇妙な生物、動植物が現れたらどうだろう。ポケモンのレアモンスターのように大人も子供も目を輝かせる。

 これまで知らなかった未知への好奇心に聴衆は身を焦がした。


「それらの成果は今、この会館で公開されております。是非一度ご覧になって下さい。また、航海の内容を記した報告書を販売して居ります。是非、お読み下さい」


 と、横に作られた販売スペースを指して促した。

 同時に、賑やかでテンポの速い音楽が鳴り響く。板張りの特設ステージに飛び込んできたのはカイルに付いてきたオバリエアだった。

 彼女はステージの上で激しく踊り、聴衆達の注目を集める。

 視線を感じた彼女は踊りに一段とを入れる。本来であれば、島民の前で神のために捧げる舞であり、本心を言えば踊りたくない。それ踊りの意味など知らない異国の見知らぬ人々に好奇の目で見られるのは厭だ。

 だが、ここで注目を浴びなければカイルが殺されると聞いた上、カイルから直接踊って欲しいと頼まれれば話は別だ。

 カイルが助かる為には今回の航海を世間に認知させ注目させる必要がある。そのためにはオバリエアが最適だ。

 遠い南洋から来た踊り巫女。

 それだけでもインパクトは大きく、好奇心旺盛な帝都キャメロットの住民の間で話題となる事は間違いない。しかも踊りで引きつけることができたら、どれほど降下が増幅するか?


「マナヴァ!」


 踊りが終わると、彼女は自分の両腕を自分の胸に当てる仕草で止まった。

 そして拙いアルビオン語で話しかけた。


「皆さん私たちの事が載っている本を買って下さい」


 集まった聴衆一人一人に、オバリエアが握手をして頼むと、彼らは次々に本を求めてブースに殺到した。

 今までに聴いたこともない、村祭りの踊りとも酒場の楽師とも違う音楽は彼らにとって、彼女の激しいダンスはカルチャーショックであり、彼らの脳髄に深く刻み込まれることとなる。そしてその興奮を思い出そうと、売り出されていた本を買い求める。

 そしてその興奮を家で、あるいは馴染みのパブで知り合いに話す。そして、噂を聞いてオバリエアの踊りを見ようと数倍の人間が集まってくる。

 そして中には観測航海に興味を持った人も現れ、採取されたサンプルや標本、絵画が展示されるのを見て更に感動し、航海を追体験したいと報告書を求める。

 その報告書を持って帰った人々は報告書を手に入れたことを自慢して高らかに話す。

 詩人の中には新たなメシのタネとばかりに報告書を文盲の人々に対して読み上げ、おひねりを貰う者も現れた。

 そのため帝都に観測航海が認知されるまでに時間は掛からなかった。




 開闢歴二五九三年一二月一二日 ポート・インペリアル海軍軍法会議会議室


「何故こんなものが!」


 持ってこられた帝国学会発行の報告書を読んだジャギエルカは怒り、持ってきた兵士を問い詰める。


「ディスカバリーからの記録持ち出しは禁止されていたのではないか!」


「は、はい。それに関しては学会員も同じです」


「ではどうしてここにあるのだ! 荷物検査はキチンとしたのか!」


「ディスカバリーから持ち出される荷物は海兵隊監視の下、すべて検査し、報告書の類いは全て検査しました。学会員の荷物も同じです」


 機密管理の名の下に学会員、士官、下士官の記した報告書や日誌は全て管理下に置いて封印されていた。持ち出しは不可能な筈だった。


「だが、ここにその報告書がある! それも帝都中に配られているそうじゃないか! 貴様らの目は節穴か!」


 持ち出されたのは緒言のみであり、全体を短く纏めただけのレポートだが、航海の内容を余さず書いている。


「で、この本はどれくらい出回っているんだ」


「既に帝都中に出回っています。ポート・インペリアルにも一部が回ってきています。おそらく帝国本土内にも出回っているかと」


 不味い、とジャギエルカは内心で呟いた。

 カイルの軍法会議は世間の注目を浴びる前に内々で判決を下し、処罰を実行するはずだった。

 だが、ここまで公表されてしまっては、海軍本部が世間の注目を集めてしまい、軍法会議を強引な展開に持ち込むような手を打つことは出来ない。


「機密漏洩の容疑で学会に対して強制捜査を。それと扇動阻止のために出版物の回収を」


 印刷といっても直ぐに何万部も刷れる訳ではない。活版を作るのには時間が掛かるので短時間で作れる数は限られる。

 その限られた書物を回収することは訳もない。


「残念ながら既に手遅れかと」


 だが、部下は残念そうに答えた。

 既に帝都中に広まっており、アルビオン本土にも広がろうとしている。町の辻で詩人達が読み上げて貧民の間にも知られている。

 貴族の間でも珍しさから興味を持ち、海軍に問い合わせる者も出てきていた。


「そんな連中は放って置け」


「しかし、観測航海の話は既に皇帝陛下のお耳に入っており、航海の参加者を宮中晩餐会に呼ぶよう命じております。ミスタ・バンクスなどは既に謁見を済ませ、報告しております。特にカイル・クロフォード海尉の活躍について話しており、陛下も非常にご興味を持たれたとか」


「くっ……」


 ジャギエルカは苦痛の表情を見せた。

 これほど注目を集めてしまっては、もはやクロフォード海尉を処罰することは出来なかった。

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