表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/63

訪問

 開闢歴二五九三年一二月一二日 帝都 ダリンプル博士の部屋


 ダリンプルが帝都に帰ってきたことを知っている者は少ない。学会に知人はいるが、夜中に尋ねてくるような物はいない。他の知り合いはそもそもダリンプル博士の部屋を訪れる事はない。

 ダリンプルは拳銃を握りしめ、扉近くの壁に張り付いて尋ねた。


「誰ですか」


「用があります。ダリンプル博士」


 声を聞いたダリンプル博士は急いで扉を開けて、外にいた三人を部屋の中に入れた。


「どういう事ですかクロフォード海尉。監獄にいるはずでは?」


 扉を閉めたダリンプル博士が小さな声で尋ねると、カイルは笑った。


「やはり、貴方は私の予想通りの方だ」


「え?」


「私が監獄に捕まっている事をどうして知っているのですか? 海軍内でも一部の人間にしか知られていないのに。貴方方には私が上陸した事しか知らされていないはず」


 ダリンプル博士は仕舞ったと思ったが、もう遅かった。


「やはり貴方は学会の他にも知り合いがいるようですね。彼らは優秀だ。直ぐに貴方に知らせてくれるなんて」


「私を何者だと思っているのですか?」


「帝国学会を隠れ蓑にして諸国で情報収集を行うアルビオン帝国政府の諜報員」


 小さくとも良く通る声でカイルは伝えた。


「どうしてそんな事に。小説の読み過ぎでは?」


「幾つか思い当たることがありましたから。諸外国の港に入港したとき、貴方はよく散策されては諸外国の当局に拘束されました。迷惑でしたが、散策して情報を収集すると共に、捕まることで当局の命令系統や命令権者を把握することが出来ます。まあ、最終的に私たちが救い出すと考えての事でしょう。あるいは、捕まることで私たち若年者に当局との交渉の糸口を作ってくれたのでしょう」


「妄想では?」


「確信したのは、スペンサー海尉の事です。あの時、計画書は確かにスペンサー海尉が船倉に隠していたようです。それを貴方が抜き出したのでは」


「一体何を」


「そもそも、あんな嵐の中で機材を点検する必要がありますか? 揺れで機材が破損する危険の方が大きいです。それも博物学者の貴方がやる必要は無い。島に上陸するときで十分では? それなのに機材点検のために持ち出しをウィルマに依頼したのは貴方が船倉でスペンサー達の反乱計画を聞いたからでは?」


 ダリンプル博士は黙り込んだ。


「偶然か監視していたか知りませんが、スペンサーの反乱謀議を聞きつけた貴方は直ぐにウィルマに船倉からの機材取り出しを依頼した。別に機材が欲しかった訳ではありません。ウィルマに反乱謀議を聞き取らせて私に報告させるのが目的だった」


 そしてダリンプル博士の目論見は成功した。


「だが、反乱謀議を証明するのは難しい。船倉から計画書が出てきてもスペンサーの物であると証明するのは困難です。そこでダリンプル博士、貴方はスペンサー達が出て行った後、船倉に隠してあった計画書と名簿を盗み出し、艦長室から出てきたスペンサーのポケットに入れた。お陰で反乱の証拠を掴む事が出来ましたよ」


「……その行為にお礼を言いに来たのかい」


 自分の行為を認めたダリンプル博士はカイルに尋ねた。


「ええ。あと頼みたいことがありまして」


「なんだ?」


「私の命を救って欲しいのです。諜報機関の力を借りて」


 カイルの願いを聞いたダリンプルは渋い顔をして答えた。


「我々は情報を収集するだけだ。個人の生命財産を守るためではない」


 ダインプル博士の言葉にカイルは内心ほそく微笑んだが顔を変えずに尋ねた。


「理解しています。だからこそ、救って頂けると思います」


「どうしてだ?」


「私を助ける事で情報収集活動が捗るからです」


「なぜ?」


「そもそも今回の観測航海はヴィーナスの太陽面通過の観測が目的ですが、その途上、様々な国の港に入港します。その際に情報収集活動が出来ます。そのために博士はディスカバリーに乗り込んだのでしょう。昨今、対アルビオン包囲網が敷かれています。情報収集活動は難しい。いや、だからこそ行わなくてはならない」


 戦争の勝敗は事前の準備で九割方決まる。武器を用意して情報を整理しておく必要があるからだ。

 特に海戦では前段階の準備の影響が顕著に出る。遮る物の無い海の上では艦の性能、海の状況が勝敗に直結する。勝てるか勝てないか、勝てないなら戦いを回避するにはどうすればよいか。それでいて国家が負けないためにはどうすれば良いか、情報を収集して精査する必要がある。

 そのためにも諜報機関による情報収集は必須だ。


「その点、科学的な観測航海というのは好都合です。表向き軍事的な航海ではなく国際協力の調査航海ですからね。科学調査自体への周囲の理解が足りませんが、情報収集の隠れ蓑としては十分です」


 実際、冒険や探検を名目に情報収集活動が行われていたのは事実だ。

 例えば外交官から陸軍軍人に転官し日露戦争では情報参謀と務めた福島安正大将。彼は少佐時代、冒険旅行と称して一年四ヶ月かけてシベリア横断を行った。その過程で各地の情報を収集、特にシベリア鉄道の運搬能力を正確に把握して露軍の動員能力を暴き、日露戦争に役立てた。

 他にも多くの諜報員が馬賊に扮して満州を中心に大陸の情報を収集していた。

 探検や冒険を名目に各地で情報収集するのは良くあることだ。

 アルビオンも調査隊や船員に化けて世界各地に諜報員を送っているはずだ。特に今回の観測航海は各国に入港するための広告塔になり今後観測航海を行うための材料となる。勿論、それにスパイを便乗させるのも簡単になり情報収集が容易くなる。


「ですが、今回の航海を成功させたにも関わらず私が処罰される事となれば、今後、海軍内で探検航海への機運が下火になるでしょう。成功させたにも関わらず処罰されるのですから受ける者は現れません。海軍独自に調査航海は行われるでしょうが、海軍に関わることに限定されます。しかも相手国から相当の警戒感を持たれる中、行う事になります。外部の人間が便乗するのも難しいでしょう。その点、学会中心の航海なら幾分か警戒心を解くことが出来る。特に各国の科学者と協力できるのは魅力です。だからこそ、私を救った方が今後の為になります」


 カイルの提案を聞いたダリンプル博士は、ひとしきり沈思した後、口を開いた。


「しかし、海軍上層部は君を殺そうとしている」


「ええ、そのためには外部からの援護が必要です」


「それを我々にやれと」


「タダとは言いません。武器も提供します」


「拳銃やサーベル、カトラスでは我々の相手には効かないぞ」


 そう言われたカイルは紙の束を渡した。紙束を手に取ったダリンプル博士は目を見開いた。


「これは……いいのか」


 驚きの余り、ダリンプル博士は確認の為にカイルに尋ねる。


「海軍の担当者が見落とした事にしましょう。あるいは私の艦の水兵が持ち出したことにすればいい。それを公表すれば注目を集めることが出来ます」


「だが、敵の姿が見えない。君を処罰するジャギエルカ提督は手先に過ぎないぞ」


「ですね。しかし、黒幕は判りかけています。黒幕はフォード第一海軍卿でしょう」


「何故だ?」


「私の命令権者ですし、軍法会議への命令権もあります。私を嵌めることは簡単です。何より人事権を持っているので無能な乗員を乗せることが出来る」


 そもそも、ダウナー海佐をはじめとしてカイルの周りに、それも上位者で有害な人間が狭い艦内に集まることなどない。

 海軍は何百年もの伝統と歴史があり、その中には人事の評価も含まれている。

 有力者の引きがあるとはいえ、無能な人物を纏めて特定の艦に配備することはない。

 そんな人事が出来るのは上層部、それも人事部門に命令できる上位者からの指示があってのことだ。

 なおかつ独立して捜査、審判を行う軍法会議に指示を出せる人間は極少数だ。


「そんなことが出来るのはフォード第一海軍卿しかいません」


「……彼も手先に過ぎない。もっと上層部が関わっているようだ」


 合格点をカイルに与えたダリンプル博士、いや諜報員はカイルを協力者に認めて話し始めた。いくつかの証拠を元に真実にたどり着ける人物は有用であると判断したからだ。

 少なくとも協力して試してみる価値はあるとダリンプルは考えた。


「ここ数日、第一海軍卿は各所に指示を出している。何故かは分からないがな。ただ、かなり焦っている。誰かから急かされているようだ」


「そうですか……」


 カイルは少し考えてから顔をしかめ、視線をダリンプル博士に向ける。

 ダリンプルに尋ねるべきかカイルは迷っている。

 そう理解したダリンプル博士はカイルに尋ねた。


「なにか計画でもあるのか?」


「はい、こういうのはどうでしょう」


 カイルは静かに自分の計画を話し始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ