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脱獄

 開闢歴二五九三年一二月一一日 ポート・インペリアル海軍監獄


「畜生。真実をねじ曲げやがって」


 独房の中でカイルは悪態を吐いた。

 夕食に出されたオートミールが不味すぎたこともあるが、今日の軍法会議の内容が酷かった。

 今日は前日の審議に対する軍法会議の見解が伝えられた。

 結論から言えばカイルに全ての罪を着せて幕を下ろそうとしていた。

 航海計画がずさんだったのは当時の航海責任者だったカイルの職務怠慢によるもの。

 艦長の落水はカイルが艦長に対する不満を持っていたため行った殺人。

 食料が不足したのは主計長への監督不十分。

 艦長としての能力不足により乗員に不満が溜まり、反抗する乗員に反乱の罪を着せて殺害。

 南緯五〇度という前人未踏の海域を航行するという航路選択ミス、それによる艦の損傷。

 海軍本部の訓令にも拘わらずガリア領およびガリア海軍に対する度重なる戦闘行為は、カイルの判断能力の欠如によるもの。

 このような見解を軍法会議から言い渡された。これらの罪状に対する処罰は明後日行うとわざわざ伝えてきた。

 カイルの行った事を全て否定する言葉だ。


「結局、自分たちの判断ミスを押し付ける気か」


 海軍本部には艦長の任免権と海軍への命令権がある。

 これは一方的な権限だけではなく、責任も負っている。

 その任命が適切だったか、命令は妥当だったか。海軍本部は常に議会に問われる立場だ。

 ディスカバリーへの命令が妥当だったか、それを海軍本部は議会で審議されるだろう。

 その過程で出てくる海軍本部の過ち、そして都合の悪いところをカイルに押し付けて、自分たちの権威と立場を守ろうとしている。

 先の戦争で武勲を立てているカイルだが、その多くはサクリング提督によるものとなっている。

 提督の配下で戦えたことに後悔はないし、誇りも持っている。

 確かにもう少し武勲を認めて貰えれば今の状況は回避できたかもしれないが、いまとなっては過ぎた事だ。何よりサクリング提督がカイルの弁護を行ってくれていることは知っている。

 ただ、提督に昇進して間もないサクリング提督の海軍本部での地位は低く、影響力も少ない。カイルを十分に弁護できていない。自らの地位を危うくする程に弁護してくれていても足りない。

 このままでは、カイルは海軍や前艦長の失策の責任をすべて背負わされて有罪、処刑されるだろう。

 問題を発生したらスケープゴートが必要であるが、上層部の者が責を負わされることはない。

 必然的にカイルのような下級士官が処罰されるだけだ。


「しかし、どうして海軍本部はこんな無茶を実行したんだ」


 一度冷静になって考えてみるとおかしな事が結構見つかる。

 そもそも海軍本部はどうしてダウナー海佐をこの航海の艦長に任命したのだろうか。十分な洋上勤務経験もないのに、ましてや遠隔地の探査などしたことのない士官を任命するか。

 探査航海の経験が豊富な海軍士官は大勢居る。

 どういう事かとカイルが考えていると独房の扉が開き、海兵隊員二人が入って来た。

 ただ、海兵隊員にしては片方は太りすぎているし、もう一人は小さすぎる。

 戦争後の軍縮で海兵隊員の数を減らしている最中に、このような体格が不適格な隊員が残っているのはおかしい。


「お待たせしました艦長」


 小さいほうの隊員から聞き慣れた声、ウィルマの声が響いてきた。


「待ってはいないよ。来るとは思わなかったからねウィルマ。そしてステファン」


 ウィルマがここに居るという事は彼女を嗾ける人物、ステファンがいるという事だ。

 カイルに答えるようにステファンは海兵隊の帽子を少し動かす。


「上陸が許可されたんで助けに参りましたあ」


「求めてはいなかったんだがな。それで他の乗員は?」


「士官と下士官は送られてきた海兵隊どもの監視で艦内に拘留中でさあ。帝国学会の方々は下りられましたが報告書を下ろせず不満タラタラでさあ」


 とりあえず水兵は艦を降りる事が出来たようだ。少人数とはいえ、狭い艦内で乗員を見張るのは苦痛だ。

 ならば士官下士官のみを見張っていれば済むように水兵を艦から下ろした。その分、士官と下士官への見張りを増やすことが出来る。


「まあ狙い通りだが、ここに来るのは危険すぎるな」


「ですがここに居るのも危険ですぜ。軍法会議の連中、自分たちのしくじりを隠すために艦長を処刑したがっている。このままだと殺されますぜ」


 刑罰なのだから処刑と言う方が正しいが、執行命令者が法律の遵守という使命感ではなく、カイルへの殺意という点で殺そうというのならそれは殺人だ。


「脱走したって海賊になる以外に道は無いぞ」


「死ぬよりマシですぜ」


 確かにステファンが言っている事は正しい。このまま命を失うなど、あってはならない。

 保身の為にカイルを人身御供にするような連中に命を預けるつもりはなかった。


「そうだな」


 カイルは、決意を固めるとベッドから立ち上がった。


「ここを出よう」


「はい」


 すかさずステファンは用意しておいた手鎖をカイルの手にかけた。見せかけだけの物で、直ぐに外れるように仕掛がしてある。わざわざはめるのは囚人の移送に見せかけるためだ。

 多少、疑問に思われる事があっても、ステファンが用意してある偽造書類で誤魔化して監獄の外に出て行くことが出来た。


「時間はどれくらいもつ?」


「明日は軍法会議がありませんね。明日は議長達で審議して明後日に判決が下る予定でさあ」


 軍法会議も暇ではなく、幾つもの案件を抱えている。カイルの件も重大だが、他の案件を疎かに出来ず、一日程置いてから判決を下すようだ。それでも通常より短すぎるといえるが。


「なら丸一日、余裕があるな」


「どうするんですか」


「帝都に行く」


「ご家族に会う時間は有りませんぜ。急いで国外に脱出しないと捕まりまさあ」


「誰が逃げ出すと言った」


「え?」


「これから逆転無罪を勝ち取るんだよ」


 カイルの言葉にステファンが驚きの声を上げた。


「しかし、無理では。会議は艦長を殺そうとしていますぜ」


「その通りだ。だから軍法会議を外から動かす」


「艦長の父君に頼み込むんですか?」


「それもやるが、もう一つ手を使う。そのためにも帝都に向かう」


「武器無しでですか?」


「その前にウィルマ、頼んでいた物は持っているか?」


「はい」


 ウィルマは懐から紙の束を取り出した。


「よし、そいつが僕たちの武器だ」




 開闢歴二五九三年一二月一二日 帝都 ダリンプル博士の部屋


「ふう」


 一年半ぶりに自分の部屋に戻ってきたダリンプル博士は安堵の溜息を吐いた。

 金持ちのバンクス氏と違い、貧乏なダリンプル博士は帝都の安い下宿を借りて暮らしている。航海に出るとき解約も考えたが、自分の集めた資料を多数保管しており、掃除代込みで延長を求めた。

 その甲斐あって、下宿へ帰れば直ぐに安息の時間を持つことが出来る。

 今日ようやく帝都に帰ってきたが、帰るまでの馬車の中でバンクス氏の愚痴を延々と聞かされる事となった。

 上陸許可が下りたが、航海中の記録は全て海軍に封印されて後日返却と聞かされたからだ。

 直ぐにでも報告書を書いて出版し名声を得たいバンクス氏にとって、重大な問題だった。

 しかし、今後の海軍との協力関係を維持するには海軍からの命令を守るしかなかった。

 金持ちだが、船を雇う程でもなく、まして航海させる技量も船員のアテも無いバンクス氏にとって今後も海軍の協力が不可欠だ。

 だからこそ海軍の命令を守るしかない。幸い、航海の途上で採取した標本や望遠鏡、クロノメーターは返却してくれたが、海軍側は報告書がないか念入りに調べたのは言うまでもない。

 記録を一時預かりとなったバンクス氏の不満は、先に上陸したクロフォード海尉は何をやっているんだ、と飛び火もした。耳にタコができる程、聞かされた身としてはかなり堪え心身ともに疲労困憊だ。

 何より、クロフォード海尉より面倒を頼まれたオバリエアの扱いが堪える。カイルに会わせろと泣き叫ぶ彼女を宥めるのにどれだけ苦労したことか。

 クロフォード公爵家に預けるまで大変だった。

 その疲れがどっと出て、椅子に腰を深く沈めた時、部屋のドアを叩く音が聞こえた。疲労困憊の身ではあったが、ただならぬ気配を感じてダリンプル博士は身構えた。

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