呪い
開闢歴二五九三年六月一〇日 オタハイト島北方
「ちょ、一寸待て」
真剣な、というより追い詰められた者のような表情を浮かべ、ナイフを持って迫ってくるトゥータハをカイルは止めた。
まるで自分を刺し殺そうとしているかのような姿にカイルも恐怖を感じる。
「そのナイフを使って何をする気だ」
「貴方の肉体を残すべ、心臓に差し込もうと思います」
「殺す気かい!」
カイルは思わず叫んだ。
「せめて肉体だけでも残して下さい。それをもって強力な呪術を作り上げ、この島を守らせて下さい」
だがトゥータハの方も必死だ。魔物から自分たちの身を守ろうとカイルに迫ってくる。
すかさず護衛であるウィルマやレナ、クレアが戦闘態勢に入るが、首長達とその配下達も立ち上がりカイル達を包囲してくる。
全員、切羽詰まったように目を血走らせ、逃してなるものかとばかりに必死だ。
このままでは血で血を洗う闘いになる。カイルは止めようと説得を試みる。
「心臓を刺されたら死ぬから」
「神様なのですから魂だけでも存在できます」
神様は肉体は仮の器であり、魂こそが本体。肉体が死んでも問題無いと島民は考えている。
バンクス氏をはじめとする帝国学会の調査報告書を読んでいたが、自分にも適用されるとはカイルも思っていなかった。
「ま、待った。の、残るから」
そう言ってようやく彼らは止まった。
「一寸、あれ本気なの」
首長達が安堵の溜息を吐いているとき、レナがカイルの後ろから話しかけてきて先ほどの残留宣言を責め立てる。
「ああでも言わないと、連中は納得しないだろう」
不信感を募らせるレナを宥めるが、まだ穏便だ。姉のクレアなどカイルを殺そうとしたと怒り心頭に発しており、島へ火炎魔法を放とうとしている。
だから今、カイルはクレアの腰の部分に抱きついて抑えている。
ただクレアはカイルが抱きついてきたことに恍惚としている。魔法の暴発さえ抑えられれば、クレアが恍惚となるのは別にどうでも良いのだが。
この場でクレア姉さんが魔法で首長達を全滅させるのは得策ではない。絶対にこの島の治安や統治は滅茶苦茶となり混乱してしまう。
出帆するのだからこの島の後など知ったことではないのだが、心苦しい。
かといって殺されるのは勘弁して欲しいと思うカイル。
タチの悪いことに首長達は一片の悪意もなく言ってくる。
悪意がない分、純粋に善意、多少の自己防衛本能から言っているので断りにくい。
「で、本当に残るつもり?」
ジト目でレナが尋ねてくる。
「いや、逃げ出す。それでウォリスとウィルマにやって貰いたいことがある」
「一緒に残ります」
隣にいたウィルマがキッパリと言う。
「いや、これはウィルマじゃないと出来ない事なんだ」
「やらせて貰います」
確たる口調でウィルマは断言した。
開闢歴二五九三年六月一一日 オタハイト島北方
翌日、綺麗さっぱり片付けられた砦跡に島民達が集まり出帆していくディスカバリーを見送っていた。
ディスカバリーを見送る集団の中にはカイルもいる。
トゥータハをはじめとする首長達、それにオバリエアがカイルの周りを囲んでいた。
寸前までカイルが逃げ出すことを警戒してのことだ。自分たちの守護神を失いたくはない、逃げられたら大変とばかりに全員で見ていた。
だが船が出て行ったために警戒を解いてカイルから目を離した。
その瞬間、カイルは後ずさりして、静かに距離を置いてから密林に向かって駆け出した。
一心不乱に駆け抜け、北の岬に向かう。
あそこは珊瑚礁に囲まれたオタハイト島では例外的に外洋に面していて水深が深い。
間近まで船で接近することが出来る。
カイルはそこまで休まず走って行く。
「!」
一秒も無駄に出来ないが一瞬だけカイルは頭を下げた。頭のあった場所を矢が通過して目の前の木に刺さる。
カイルが逃げた事に気が付いた島民が後ろから追いかけてくる。
しかし予定時間に遅れる訳にはいかず、かといって矢を避けながらでは逃げ足が遅くなる。
まるでハリウッド映画みたいなシーンだが、自分の命が掛かっているとなれば楽しい訳がない。
兎に角カイルは横殴りに降り注ぐ矢を躱しつつ、ジャングルの中を駆け抜ける。
そしてジャングルを抜けると、その先にあったのはディスカバリーだ。
既に予定の位置に到着している。風は東向きの少し強めの風。全ての帆を開いて全速航行中。ウォリスが操艦指揮を取っている。元々探検船の船長をしていただけに操艦が上手い。
急がないと置いて行かれる。
カイルは合流ポイントである岬の突端に向かって更に駆ける。
ディスカバリーは岬の突端を回り込もうとしている。
停船するそぶりは見せていないし、そのような指示をカイルは出していない。
岬通過時に飛び乗るとカイルは決めていた。そのための準備も整えている。
カイルは、岬の突端、海面から十数メートルの断崖絶壁から躊躇無く飛び出した。
コバルトブルーの海面上を、スカイブルーの中を飛び、ディスカバリーへ。
だが、幾ら水深が深くても岬から船までは二〇メートルくらいの距離がある。
しかもカイルはエルフであるため体重は軽いが筋力も小さい。甲板にたどり着く前に海に落ちてしまう。
だがそんなことはカイルも百も承知だ。
なので対策は講じている。
「ウィルマ!」
ヤードから更に突き出して補助帆を張り増すゲルソンスタンスルブーム、その先端にウィルマは立っていた。そして砂袋を先端に付けたロープを振り回し、カイルを見つけると砂袋をカイルに向かって投げた。
砂袋に与えられた慣性によりロープはカイルに向かって一直線に飛んで行き、カイルの手が捕らえる。
そのままカイルはロープに掴んで引っ張り弧を描いてディスカバリーに向かう
「!」
だが目の前にあったのはメインセール、巨大な帆だ。
帆は布で出来ていて柔らかいが、風を含みパンパンに張ると鉄のように堅くなる。破れるときなど人を切り裂くほどの威力を持つことさえある。
裏側とはいえ堅いことに変わりはない。
カイルは身体を捻ってコースを変えつつ、足からセールに着くようにする。セールにたどり着くとその上を駆け下りて行く。途中でロープが一杯になると逆方向へ駆けだし、再び海へ。そしてまた甲板の方へ引き戻される途中、シュラウドに手を伸ばして掴み、ようやく艦にたどり着いた。
「ああ、焦った」
甲板に降り立ったカイルは、乗員に手を振る。
「予想より早く落ちたんで驚いたよ」
「そりゃ、連れが居たら無理よね」
カイルの腰に目を向けたレナが吐き捨てるように言う。
「え?」
見るとオバリエアがカイルの背中にくっついていた。
「いつの間に……」
「連れてきたのに酷い言い草ね」
「連れてくる予定はなかったよ」
計画を妨害される危険があり、島民に誰にも言わず進めてきた。勿論オバリエアにも伝えていない。
走るのに夢中で気が付かなかったし、飛んでいる間は気に掛ける余裕もなかった。
「どうして付いてきたんだ」
だからカイルはオバリエアに問いかけた。
「私は神様に仕えると決めました。何処までもお供します」
オバリエアは頭を下げながら答える。
アン達から助けた事でカイルに心酔してしまったようだ。
「どうするの?」
「島に戻る訳にもいかないからな」
戻ればカイルは島民に殺されるだろう。安全に置いてくる方法が思いつかないし、カイルが命じても離れないだろう。
「仕方ない。このまま連れていくぞ」
「良いの?」
「僕らが何を言っても付いていく、と彼女は言いかねないからね」
こうしてカイルはオバリエアを連れて行くことになってしまった。
島の今後の事については首長達に何とかして貰う事にする。
開闢歴二五九三年一二月一〇日 ポート・インペリアル海軍軍法会議議場
「さて、君は艦長でありながら島に残ろうとした。しかし神と崇められたので残ろうとしたのじゃないか?」
「それは違います。身の危険を回避するためにやむを得ないことでした」
ジャギエルカの追求にカイルは答える。
「島民は島を離れようとする私を殺そうとしました。かといって強行しようとしたならば島民と戦闘となり海兵隊や水兵に多数の死傷者が出たでしょう。乗員の損害を抑えるためにも不要な戦闘は避けたいと考えました」
何時何処で何が起きるか分からない航海では、事故や病気で乗員を失う危険を常に孕んでいる。そして船で一番補充できないのが人間だ。無意味な戦闘を行うのは戦闘狂だけだ。
無意味な戦闘を行って現地人に殺された航海者や探検家が何人居たことか。
そのような馬鹿な真似をカイルは起こす訳にはいかない。
「島に残ったのは島民を騙すための策略です」
「しかし、君は任務放棄を行ったのではないか? 指揮を放棄して艦を去ったのでは?」
「作戦の為に一時的に艦を離れただけです。艦長は四六時中艦にいるわけではありません。作戦の打ち合わせ、その他で艦を下りることは時々あります」
新大陸に居た頃、当時のサクリング海佐は地元の有力者と会談するために頻繁に艦を空けていたし、本来ならやるべきではないが、接舷戦闘の時には斬り込み隊の先頭に立って戦い、真っ先に敵艦に乗り込んだ。
転生前でも乗っていた船の船長が本社に呼び出されたり、現地当局と交流するために船を離れる事はよくあった。
「艦長は艦の為に適切な行動を取るのが任務と考えます」
「艦を離れる事がか?」
「時に必要だと考えます。艦の為になることならば」
「……そうか」
ジャギエルカ提督は一瞬沈黙したが、直ぐに口を開いた。
「ディスカバリー艦長クロフォード海尉の行動については以上とします。今後審議を行いたいと思います」
審議が終わったことにカイルはホッとした。いや、ここでやる事がある。
「議長、一つお願いが」
「何だね?」
「私の審議は終わりました。乗員の拘束を解いて貰いたいのですが」
「検疫、調査のためにディスカバリーからは降りれない」
「寄港時は病人は出ておりません。ならば疫病の心配はありません。直ちに拘束を解いて下さい」
「しかし、調査は終わっていない」
「ならば水兵だけでも。彼らは長期間の航海で疲れています。どうか彼らに休養を。それに帝国学会の方々を何時までも艦に残しておく訳にもいきません」
判事達が話し合ったあと、カイルに伝える。
「よかろう、士官、下士官を除く水兵のみ、上陸を許可する。帝国学会の方々も上陸を許可しよう」
自分の主張が認められたカイルは喜んだ。そして退室を命じられて退廷した。
ところが、海兵隊員に誘導されて進む通路にカイルは違和感を感じた。
「おい、何処に行くんだ」
監獄に戻る通路ではない事に気が付いたカイルは海兵隊員に聞いたが彼らは答えず、兎に角、別室に向かうように言うだけだ。
そして別室の中にはジャギエルカ提督がいた。
「ようこそクロフォード海尉。ここで君の命令違反について話そう」
ジャギエルカ提督の言葉にカイルはしまったと思った。
カイルは一つ明確な命令違反を行っていた。




