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観測

 開闢歴二五九三年六月三日 オタハイト島北方 砦内の観測地点


「間もなく第一接触が起きるぞ! クロノメーターから目を離すな!」


 自ら望遠鏡を覗き込みながらカイルは怒鳴る。

 望遠鏡を取り返してからカイルは全力で設置作業に奔走した。

 機材を確認し、組み立てて動作チェック。天体観測結果から現在の緯度経度を確定させて、ヴィーナスの太陽面通過直前に全ての準備を終わらせた。

 そしてカイル自身が観測班の一つを率いて観測に当たっている。

 他の天体望遠鏡二台にも観測班がついて別の場所で観測を行っている。バンクス氏はグリーン氏を率いて砦内の別の場所で。もう一つはハリソン氏と共にウィリアムとカークが島内の別の場所で観測している。

 更にブーゲンビリア提督が観測に加わっている。新領土の経度確定の為に、天体望遠鏡を持っていた。太陽面通過の観測には十分な精度を持っているので観測への協力が決まった。今は島の反対側に展開して観測して貰っている。

 観測地点を分けたのは、それぞれが別々に観測することによってより正確なデータを手に入れることと、砦の周辺のみが曇りとなっ観測不能でも他の地点で観測できるようにするためだ。

 全てはこの時の為に、ヴィーナスの太陽面通過を確認する為だ。


「もうすぐ第一接触だ。準備しろ!」


 カイルは記録員に命じた。

 幸い天候は快晴、大気は安定しており崩れる予想はない。天候に左右されず観測が出来る。


「よし、ヴィーナスが接触したぞ」

 カイルは太陽面に黒い点が入って来た事を確認した。

 第一接触、天体が太陽面に接触する瞬間を指す。ただヴィーナスは夜の面を向けているため、大洋周辺の闇と同化して直前まで観測できない。そのため触れた瞬間を一瞬見逃してしまう。


「約二〇分後に第二接触が起きる。それまでに次の準備をしておけ」


 だが、第一接触の観測が不十分なのは想定内。本命はこの後に起きる第二から第四までの接触だ。

 第二接触はヴィーナスが太陽面の内側へ完全に入った瞬間だ。ここは第一に比べて観測しやすい。


「よし、もうすぐだ」


 カイルは記録員に合図しようとした。だが、予想された現象が起こる。

 ヴィーナスが太陽の縁から水滴が垂れるような形となり、縁にくっついているような状態となる。


「ブラック・ドロップ現象だ」


 カイルは舌打ちした。ヴィーナスに限らず、太陽面通過を観測する際によく起きる現象で接触時間を正確に計る事を妨げてしまう。。

 カイルは望遠鏡のピントを修正して、ぼやけを直す。


「よし、今だ!」


 カイルは記録員に伝えた。少し縁から離れた状態だが、記録できたはずだ。


「次は六時間後だ。交代で観測しつつ、食事と休憩をしておくんだ」


 カイルは観測員に命じる。そしてバンクス氏の下に行き観測結果を確認し合う。

 予想通り、互いにズレがある。ただバンクス氏の班にはグリーン氏がいたためブラック・ドロップ現象は最小限に抑えられたようだ。

 やはり天体望遠鏡を常に扱う人が使うと精度が違う。六分儀で慣れているつもりだったが、やはり本職とは比較にならない。

 休憩と食事を挟んで六時間後、第三接触、太陽面の縁にヴィーナスが接触する時間が迫り、カイル達は再び望遠鏡を覗き込む。

 今度はピント調整を予め済ませてあり第三接触はブラック・ドロップ現象をなくして正確に観測できた。

 更に二〇分後には第四接触が起こり、時間を計測して、全ての観測を終えた。

 観測を終えると直ぐさまバンクス氏と合流して計算を開始する。

 先ほども計算したが、今はより重要だ。観測精度がより正確になった第三接触、第四接触の方がより良い計算結果を出せると考えてのことだ。

 予想通り、バンクス氏との時間に差はあったが少ない数値だったので問題無い。

 カイルは計算して視差を求めて行く。この時数学、というより計算能力を開花させたウィルマが活躍し、バンクス氏を初めとする帝国学会の人々を驚かせた。


「あとは他の観測地点のデータと照合して視差を出せば、太陽までの距離が判る」


 カイルは夕方までにカークの班を回収し合流。

 翌日は砦に帰ってきたブーゲンビリア提督と共に観測成功を祝う宴を島で開催し、夜遅くまで飲み明かした。




 開闢歴二五九三年六月五日 オタハイト島北方 砦内の観測地点


 宴の翌日、カイル達は撤収作業を始めた。

 観測の成功は任務の半分を達成したことだ。あとは観測結果を本国に持ち帰れば完全達成する。つまり、島を離れる事になる。


「ブーゲンビリア提督には観測結果を届けたか?」


 撤収作業を指揮していたカイルは、ラ・ブードゥーズから戻って来たエドモントに話しかけた。


「ああ、書き写したものを渡したよ。提督は今日中に出て行くそうだ」


 観測任務を終えたブーゲンビリアは本来の任務を果たすために出帆すると伝えてきた。

 そのためカイルは太陽面通過の観測結果の写しをブーゲンビリア提督に渡した。万が一、カイル達が何らかの事故や事情で帰国できず、あるいは観測結果が失われてもブーゲンビリア提督が届けてくれることを願っての事だ。

 提督は心良く承諾してくれた。

 それを聞いたエドモントは本題を切り出した。


「彼女たちを残して島を出て行くのか?」


 エドモントた尋ねた意味は、カイルを神と崇めているオバリエアをはじめとする島民からはなれるのか、ということだ。


「任務だからね」


 砦内の重要装備、天体望遠鏡やクロノメーターから運び出し、艦内に納める。他に小道具や日用品を納めれば出港出来る。


「残るか?」


「バンクス氏ではあるまいし残らないよ」


 このような状況でもバンクス氏は島の動植物に興味を持っており、連日探索に出かけていた。本国で名声を得るという野望がなければずっとこの島に住みかねない程の情熱だ。


「彼女がいるんだろう」


「オバリエアとはそういう関係じゃない」


 カイルは怒鳴るが、説得力はない。オバリエアは救出して以来、前以上にカイルの元を訪れる、いやついて回るようになっていた。

 ちなみに今も横に立っている。時たま腕をクロスさせて両手で両肩を抱きかかえる仕草をする。

 お陰でカイルの任務に支障が出ている。

 レナとウィルマが自分を見る視線が辛い。魔術師であり姉のクレアなど呪殺の文様を作ろうとする始末だ。


「乗員の中にも女に未練があって残りたいと考える奴はいるぞ」


「それも頭が痛いよ」


 緑と食物が豊かでノンビリとしたこの島を南洋の楽園と考える乗員がおり、脱走を考えた人間は一人や二人では無い。

 特にこの島の文化、性に関して自由というか奔放な部分があり、女性と深い仲になる乗員もいる。

 実際、脱走して島に永住しようとした乗員が二人いて捜索し連れ戻し、鞭打ちの上、艦内に拘束している。


「そういう連中と一緒に残ったらどうだ。この島は気候も温暖だし食べ物も豊富にある。幸いお前は神と崇められているし女性なんて選び放題だろう。差別と偏見に満ちたアルビオンより良いんじゃないのか」


「確かにそうだが、楽園と思えないな」


 性に関して奔放なため、口にするのも書くのも憚られる文化が存在し、航平としてもカイルとしても認められず楽園に思えない。


「何より船に乗れない」


「相変わらず船が好きなんだな」


 呆れ気味にエドモントが呟く。

 だが南緯五〇度を航行しているとき、カイルは愚痴を言いつつも聞きとして甲板に立ち、襲いかかる波を回避し、変転する風に合わせ、ヤードの調整指示を歓声混じりに行っていた。

 フォード島でのミスは躁状態が続いて身体と精神の疲労に気が付かず、渦に気が付かなかったからだとエドモントは見ている。

 それぐらいの船好きのカイルが神様に祭り上げられた程度で島に残ろうと考える訳がない、と確信した。


「となると、島を離れるのは苦労するぞ。彼女たちの説得に」


「そうだな」


 カイルは憂鬱な表情を浮かべながら答えた。




 開闢歴二五九三年六月一〇日 オタハイト島北方


 機材の撤収作業と砦の解体作業が終わった後、カイルは島の神域に向かった。

 島を去ることを伝えるためだ。

 作業が一通り終了した区切りで切り出すつもりでいた、今日まで悩んでいたからではない、とレナたちに言ってから島の奥に向かう。

 護衛はウィルマ、レナ、クレアだけだ。それに通訳としてウォリスとオバリエア。

 先の一件以来、カイルに危害を加えようとする島民はいない。カイルの周辺でさえ盗難被害はなくなった。

 神に仕える者と思われて乗員の人気が高まりすぎて、島の女性と仲良くなると言う頭の痛い問題が発生していたが仕方ないと考える。


「おお、カイル様」


 カイルが神域に来るとトゥータハが頭を下げた。

 火球を見て以来、カイルに心酔しており、一日おきに砦を訪れていた。オバリエアが最大の問題だが、トゥータハもトゥータハでカイルの頭痛の種になっている。


「ようこそおいで下さりました。さ、さ、皆も集まっています」


「そ、そうか。重大な話があるから都合が良い」


 そう言うと何故か島の首長たちが、お見合いおばちゃんのような優しい視線をカイルに向けてきた。

 違和感を覚えたカイルだが、自分の用件、オタハイト島を後にすることを伝える。

 すると首長達が驚愕の表情を見せた。

 特に問題になるような事は言っていないはずだが、予想以上に驚き困惑しているのはカイル自身も驚いた。


「ど、どうか、どの島に残って貰えないでしょうか!」


 トゥータハが動揺しつつもカイルを引き留めようとする。


「またあの魔物が現れたらどうすればいいか」


 実際はステファン達が仮装していただけなのだが、予想以上に怖がらせてしまったようだ。今からでも種明かしをすべきだろうか、とカイルは考えたが可哀想なので心の内に仕舞っておくことにする。


「いや、私は重要な使命があるのでこの島を離れなければならない」


 驚く首長達にカイルは言い聞かせるように言う。


「分かりました……」


 そう言うとトゥータハは苦渋の決断を下した人間の顔をして、ナイフを持ってカイルに接近してきた。

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