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魔物

 開闢歴二五九三年五月二六日 オタハイト島北方トゥータハの根城


 銃声が響き渡ると、銃を持っていたトゥータハの部下が地面に倒れた。


「私のアンに銃を向けるな」


 ドレスに隠し持っていた拳銃を素早く取り出して撃ったのはメアリーだった。


「き、貴様!」


 突然部下を殺されたことでトゥータハは頭に血が上った。次の瞬間、トゥータハはメアリーに襲いかかろうとする。

 だがメアリーは素早く身を翻しつつ、拳銃を手のひらで回転させ、銃口を持つと銃床でトゥータハの側頭部を殴り、地面に這いつくばらせた。

 トゥータハの配下が動こうとする。


「動くな! 動いたら、あんたらのボスの頭が無くなるよ」


 いつの間にか覚えた現地の言葉でメアリーが威嚇すると、彼らは動きを止めた。

 時間を稼いだが、直ぐにメアリーは馬鹿馬鹿しくなったらしく、アンに尋ねる。


「アン、こんな黒いサルども駆除した方が話が進むんじゃない?」


「……それも一理あるが、駆除するのも面倒だな」


 流石のアンもメアリーの発言に呆れぎみに答える。

 戦争に比べれば少ないとはいえ、数十人の島民を殺すのは骨が折れる。その上、弾も消費するので気が進まない。


「だが、交渉材料が一つ増えたな。こいつの命がこちらに転がってきた。さあ、どうする」


 アンは立ち上がり拳銃を突きつけてトゥータハに尋ねる。

 その時、東側から銃声が響いた。


「まだ銃を持っていたのか」


 しかし銃声は一発では収まらず、更に響き渡る。

 そして見張りに立っていたトゥータハの配下が、何かを叫びながら逃げるように駆け込んでくる。


「なんだいあれは? 何が起きたんだい?」


 慌てふためくトゥータハの配下を呆れて見つアンは尋ねた。


「魔物が現れたと言っている。黒い海草を生やした悪魔、魔物が現れたと」


「魔獣か。だったら相手してやろうか」


 そう言ってアンは自ら銃を握りしめて獲物がやって来る方向を見た。


「何だ」


 次々と松明が現れたかと思えば、空を飛んで向かってくる。


「洒落臭いな」


 松明を投げ込んでの放火とアンは思ったが違った。松明は照明だった。


「何だいありゃ?」


 投げ込まれた松明によって広い範囲が照らされる。その中に入って来たのは、黒い触手のような物を引きずらせ、黒い液体を垂らしながら歩み寄ってくる不気味な物だった。

 奇っ怪な姿に海賊達も後ずさりし、アンも足を後ろに退こうとしたが、嗅ぎ慣れた匂いに気がつくと同時に、魔物の正体にも気がついた。


「海軍の連中だ! ロープとタールで変装しているんだ!」


 アンは叫び、侵入者に向かって銃を構え引き金を引く。

 銃声と共にアンはその場に倒れた。


「ちっ」


 遠くから飛んできた銃弾を間一髪の所で避けた。視界に銃の閃光が煌めいたのが見えたため、反射的にその場に伏せたのが正解だった。


「不味いな。視界を確保していやがる」


 松明が投げ込まれたのは紛い物の魔物がよく見えるようにするためと、アン達の周りが銃の射界に入るようにするためだ。


「突入!」


 そこへレナ率いる海兵隊が突入した。混乱したトゥータハの配下を押し退け、海賊達の元に駆け寄りオバリエアと望遠鏡を確保した。


「ちっ、人質を奪い返されたか。これ以上の長居は無用だね。退くよ!」


 この混乱の中、望遠鏡を持ち出そうとしても邪魔になる。

 下手に獲物を得るより逃げることをアンは選んだ。


「させるか!」


 だが、突入してきたレナが更に突っ込み、アンに斬りかかる。


「ちい!」


 咄嗟にアンがサーベルを引き抜き、レナの斬撃を受け止める。


「くっ」


 一撃を受け止められたレナは、斬り結んだ時の衝撃を利用してアンから離れる。直後にレナの正面を、レナの頭があった場所を銃弾が横切る。

 アンを援護するべく、メアリーが拳銃を取り出して放ったのだ。

 前回の攻撃を覚えていたレナが避けた。


「アン! 島民が逃げていったわよ」


「ほっとけ! 仲間は全員退避したか!」


「ええ、残っているのは私たちだけよ」


「よし! あたし達も退くよ!」


「させるか!」


 だがレナは二人を足止めするべく拳銃を引き抜き、メアリーに銃口を向けつつ、剣でアンを牽制する。


「皆聞け!」


 その時、周辺一帯にカイルの声が響いた。カイルが妖精魔法で自分の声を拡声したのだ。

 言葉がたどたどしいのは、ウォリスから教わったばかりでまだ拙いオタハイト島の言葉で話しているからだ。


「私はカイル。海の彼方より来た神だ。今、トゥータハの心の闇により呼び寄せられた魔物共がやって来ている。だが安心するが良い。今、神の力で追い払う。行け! ゴッドファイヤー!」


 カイルが叫び手を振り下ろすと上空で火球が形成され、トゥータハ達の目の前に落ちた。


「!」


 火球が地面に触れた瞬間、強烈な爆発が起き、熱風がハンマーのように彼らを襲い吹き飛ばした。


「……姉さん、やり過ぎだよ」


 魔術が使えないカイル。姉のクレアは魔術師。

 カイルがクレアに頼んだ事は、自分が魔法を使ったように見せかけるために、自分が手を振り下ろすタイミングで火炎魔法を放ることだった。

 虚仮威しを行う為だ。

 目の前に強烈な火炎魔法が現れれば島民達の度肝を抜けるだろうと考えての事だ。

 魔物に化けたステファン達を撃退したように見せかけるため、目くらましのために放つ魔法だ。カイルが魔物を撃退したように見せかければ良い。

 だから見た目は派手でも威力は低めで良かった。

 しかし、カイルから滅多にない頼み事を聞いて舞い上がったクレアは、制御など考える事なく渾身の力で、いや魔力を集めて放った。

 そのため爆心地は隕石が落ちたようにクレーターが出来ていた。


「あの色ボケ魔術師。あたし達ごと燃やすつもりだったんじゃないの」


 間一髪で被害半径から逃れたレナが、後で苦々しく言った。その時、カイルは目を逸らしながら否定した。あり得ると思ってしまったからだ。

 だが、今は作戦通り進めるしかない。


「見よ! 魔物共は逃げ去ったぞ!」


 魔物――赤道祭の時の仮装である古いロープにタールを浸して身体に巻き付けて乱入したステファン達は、着弾と同時に逃げる手はずになっていたのでもういない。

 予定より威力が大き過ぎて、彼らが爆風で吹き飛ばされていたというのもある。幸い、死傷者は出なかったものの、これにすっかり懲りた参加者は「二度とやりたくない」と後に漏らしていた。

 だが、そんな事を知らないトゥータハ達島民は、呆気にとられた顔をして、その場に座ったままだった。

(……なんか思ったより感情が少ない)

 カイルは島民達が動かないことに不審を抱いたが無理もなかった。

 突然の魔物の襲撃とカイルの登場。そして巨大な火球の爆発。

 島民達にはカイルが魔物を撃退したように見えるだろう。そうすれば、島民も少しは従順になると思ってのことだ。

 陰険な謀略だとカイルは自覚しているが、基本的に平穏で平和な島の民には刺激が強すぎた。

 あまりの光景に腰を抜かして島民達は動けなくなってしまったのだ。


「どうしました?」


 とりあえずカイルは声を掛けてみると、彼らは一斉に頭を地面に擦り付ける。


「え?」


 何か早口で捲し立てているが、カイルには良く聞き取れない。


「カイル神に忠誠を誓うと言っています。これまでの非礼を詫びますのでどうか許して欲しいと」


 通訳として後ろに控えていたウォリスがカイルに伝えた。


「どういう事だい?」


「いや、望遠鏡を盗んだり小銃を盗んだりしました。全て返しますので、どうか炎で焼き尽くすのは勘弁して下さい、と」


「そういうことか。というか、やっぱり盗んでいたのか」


 カイルは呆れるが、トゥータハに許すと伝えるようウォリスに命じた後、オバリエアの元に向かう。

 アン達に抑えられていたがオバリエアは海兵隊によって救出されていた。


「もう大丈夫ですよ」


 放心状態の彼女にカイルが話しかける。

 気を取り戻したオバリエアは立ち上がり、両腕をクロスさせ両手で自分の肩を抱きしめると頭を下げて叫んだ。


「マナヴァ!」


「え?」


 歓迎するとかそういう意味の言葉だった事をカイルは思いだしたが、何故このような状況で言うのか分からずにいた。

 理解していたウォリスは笑いを堪えていた。




 開闢歴二五九三年一二月一〇日 ポート・インペリアル海軍軍法会議議場


「さてオタハイト島での行動について答えて貰おうかクロフォード海尉」


 ジャギエルカ提督はカイルに話しかけた。


「オタハイト島において多数の不法行為があるな」


「盗難については致し方なかったと考えます。乗員は島民に対して無理解でした。しかし、私も彼らに徹底して指導できず、被害を出してしまいました」


「私が言っているのはそのことではない。戦闘と島での君の振る舞いだ」


「と仰いますと?」


「ブーゲンビリア島に続いて戦闘行為を行ったことだ。ガリアとの戦闘は極力避けるべきだろう」


「しかし、ブランカリリオによる謀略行為の結果です。戦闘以外に道はありませんでした。大変不本意ではありましたが、私はここでも双方の被害を最小限に抑えるべく行動しております」


「だが君の島での行動はかなり不遜ではないかね」


「と申しますと?」


「島民が伝説上の神と勘違いしたのを良い事に、神を名乗り振る舞ったことだ。これはアルビオン海軍士官の立場を逸脱し皇帝陛下よりも上に立つとの宣言、反逆ではないのか?」


 皇帝という地位は神より与えられた地位であるという説が帝国には流れている。

 古の皇帝が自らの地位を確たるものにするため流した説であるが、アルビオンにおいては皇帝の権威を保証する重要な理論武装の武器とされている。

 その神をカイルが名乗ることは皇帝の地位を与える存在、皇帝より上に立つという宣言にも解釈できる。

 かなり無茶なロジックであり、カイルも呆れたが反論しなければならない。


「お言葉ですが、私は海軍本部より島民との円滑な交流を指示されており、あの状況において適切と考える行動を取ったまでです」


「海軍士官が神を名乗ることなどない」


「認めます。ですが私には出来ました。あの島の文化風俗という条件に適合した私個人のみしか出来ない事です。他人が出来ないからといって自分がしてはならないという理由にはなりません。遠隔地においては予想外の事がおこるため、持てるもので解決しなければなりません。私は自分が使えるものを使ったに過ぎません」


 だいぶこじつけた反論だとカイル自身思わなくもないが、神を名乗ったことで反逆罪と言う軍法会議の方も十分こじつけである。まるで国策捜査でないことないことを積み上げて有罪に持ち込む某国の検察のようだ。


「神を名乗るのが反逆としてもか」


「私は反逆に値しないと考えます。確かに神を名乗りましたが、陛下に取って代わるとは決して言っておりません。常に帝国への忠誠を誓い任務を全うする、と部下の前で宣言しておりました。このことに何の偽りもありません。それとも私が反乱を起こしたことを示す証拠でもあるのでしょうか。反乱の計画書か、名簿かなにか」


 言外に反乱事件の処分が正統であるとカイルは主張に織り交ぜておいた。自分は証拠が有って処罰した、軍法会議ではカイル自身の反乱を示す証拠があるのか、と。


「ふむ」


カイルの言葉にジャギエルカは黙り込んだ。


「戦闘行為はやむを得なかったと判断する。反乱容疑に関しては不起訴とする。だが、この後の任務放棄疑惑に関しては答えて貰う」

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