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トゥータハとアンの交渉

 開闢歴二五九三年五月二六日 オタハイト島北方 トゥータハの根城


「さて、約束通り引き渡して貰おうか望遠鏡を」


「ならば銃を渡せ。望遠鏡はそれからだ」


 上陸したアンはトゥータハと面と向かって話していた。両者の後ろには配下を従えている。


「銃ではなく、神官の娘を渡す」


「オバリエア様は直ぐに解放しろ。でなければ望遠鏡は渡さない」


「なら娘と望遠鏡で交換だ」


「いや、銃を寄越してもらおう」


 二人の話は平行線を辿っていた。


「今すぐ私を放し、その箱を中身共々、カイル様に返しなさい!」


 そこへオバリエアが大きな声で叫んでいる。


「トゥータハ、貴方は恥ずかしくないの! いきなり戦を仕掛けてきたそいつらと手を結ぶなど」


「いえ、我らは新たな交易相手が来たと思っただけで……。まさか貴方を人質に取るとは思わず……」


 自分の半分にも満たない年齢の少女だが踊り巫女であり、地位は首長のトゥータハより上だ。そのため、トゥータハはへりくだった対応をせざるを得ない。


「ならどうしてカイル様から、その箱を奪ったのですか。私を捕らえている連中から物々交換するために盗んだのでしょう」


「……そ、それは」


「早く私を解放してその箱を返しなさい! でないとカイル様より神罰が下るわよ」


 オバリエアの詰問にトゥータハはタジタジとなる。


「五月蠅いから余所に連れて行け」


 オバリエアとトゥータハのやりとりを聞いていたアンは苛立った。そしてオバリエアを連れて行くよう配下に命じた。


「待て! オバリエア様はこの場に留めろ。でないと交渉には応じない」


「ふん」


 トゥータハの強硬な要求を受けてアンは再び交渉の席に着いた。そして同じく平行線を辿ることになる。




「随分とこじれているな」


 その様子を離れた場所から聞き耳を立てていたカイルが呟く。

 誘拐されたと聞いた後、カイルはウォリスとレナを率いて島民の案内役と共にトゥータハの根拠地に偵察に向かった。

 幸い、島は山がちな上にジャングルに覆われているので隠れる場所に困りはしない。

 カイル達はトゥータハの配下に見つかることなく、彼らの近くに行くことが出来た。

 好都合な事に彼らの通訳がアルビオン語で話してくれているのでトゥータハとアンの交渉の内容は分かる。


「ここに来て仲間割れとは呆れるわね」


 手を組んだ二人が、分け前を巡って口論しているようにレナには見えた。


「いや、互いに相手が予想以上に動いていて、どうするかで折り合いが付いていないんだ」


「どういう事?」


 カイルの言葉にレナは疑問を持ち尋ねた。


「推測だけど、ブランカリリオがブーゲンビリア提督と挟撃のために風下側に移動した夜、密かに上陸し、トゥータハと会談を持ったんじゃないかな。風下側はトゥータハの勢力地だから不自然ではないだろう」


「確かにね。その時、私たちを攻撃してくれと頼んだの?」


「いや、望遠鏡を盗んでくれと頼んだんだろう」


「どうして? ブランカリリオは初めから負けるつもりだったの」


「違う違う。勝つつもりだけど、勝った後が問題なんだ。勝って僕らを拘束しても、ブーゲンビリア提督に吐いた嘘がいつバレるか分からない状況で望遠鏡を横取りするのは難しい。陸上戦闘の可能性もあったし、そのときに望遠鏡が破損したら元も子もない。だから洋上戦闘中、僕たちが戦闘に気を取られている間にトゥータハに望遠鏡を盗ませるつもりだったんだ。盗むチャンスを与えて恩に着せるという考えもあってね」


「まんまと海賊共に間抜けな私たち引っかかった訳?」


「いや、盗み出されたのは昨夜だ。アン達が交渉中にトゥータハの配下が望遠鏡を盗み出したんだ。だから恩に着せることも出来なかったんだろう。それでアン達はトゥータハに対する交渉材料を探していた。そんな時にオバリエアがトゥータハを詰問しに来たがブランカリリオの連中に見つかって彼らに捕まってしまった。そのためブランカリリオの連中がオバリエアを交渉の材料にしているわけだ」


「……迷惑な娘ね。でもトゥータハはそこまでして何が欲しいの?」


「多分銃だね」


「まあ、興味津々だったし威力もあるけど、使いにくいわよ。数も十分じゃないし」


 威力も射程も長い銃だが再装填に時間が掛かるので、障害物が多く見通しの悪いオタハイト島では使い勝手が悪い。


「そうだね。でも他に銃を持たないこの島では脅威だよ」


 遠くから攻撃できる銃の圧倒的な力は、この島で最高の権力を手に入れる近道となる。

 確かにトゥータハは島の権力者の中では第一人者だ。だが、他の首長に比べて圧倒的ではない。大勢の首長の中で頭一つ分出ているだけだ。

 だが銃さえあれば、圧倒的な力で飛び抜ける事が出来る。だからこそトゥータハは銃を手に入れたい。

 そのためにカイルから望遠鏡を奪って銃を手に入れようとした。


「一寸待って、おかしくない? ブランカリリオが来る前からトゥータハは銃を手に入れようとしていない?」


「その通りだよ。備品を盗んでいたのは銃を手に入れるための交換材料、あるいは、銃そのものを得ようとしていたんだろうね。けど、僕がなかなか交渉に出て来ないんで、より高価そうな望遠鏡を狙って盗み出そうとした。そこへ偶々、ブランカリリオが接触してきた。渡りに船とばかりに、交渉相手を僕からブランカリリオに切り替えたんだろう」


 交渉相手が複数いる方がより大きな利益を得られる。競争入札と同じで、より有利な条件で銃を手に入れようとトゥータハは目論んだのだろう。


「だけどオバリエアがトゥータハの元を訪れたとき、アン達と出会ってしまい、捕まってしまった」


 アンとしては不利な状況を改善するための交渉材料としてオバリエアを捕まえたのだろう。

 しかし、踊り巫女のオバリエアが取引に使われてはトゥータハが島民の間で悪者になってしまう。

 実際、トゥータハの配下にも踊り巫女が交渉相手に捕まっていることを心良く思わない者もいる。

 こうして神官の娘という強力なカードを手に入れたアンは、銃を渡さずにトゥータハから顕微鏡を手に入れようとしていた。

 銃を渡す事も考えたが、海賊船という一匹狼の立場では碌に入港も補給も出来ないので、銃は予備も含めて手元に置いておきたい。その上では有効な手だった。


「よりによってややこしいときに捕まったわね彼女は」


「いや、良かったかもしれない。交渉がこじれてくれたからね」


 もしオバリエアが捕まらなければ、交渉材料が銃だけのアン達は不利な条件であっても、トゥータハの言い分を飲み込むしかない。

 結果、交渉が直ぐに成立し望遠鏡はアン達の手に渡り島から運び出されていただろう。

 そうなればブランカリリオは直ぐに出帆し、大海原の彼方へ逃走していた。

 カイル達は観測の任務があるため追いかけることも出来ず、望遠鏡を諦めなければならないだろう。

 その意味ではオバリエアが捕まったことで交渉が停滞しているのは幸運だった。


「カイルも相当な悪党ね。自分の彼女が捕まっているのに状況が良くなったとか言うんだから」


「違う、彼女が入ったことで状況が良くなっただけ。捕まったのが良かったとは言っていないよ」


「はいはい、で、どうするの? このまま放って置くの?」


「まさか。一時的に交渉がこじれているだけで、解決したらそのまま出帆してしまうよ。その前に止める。それに下手をしたらブランカリリオの連中が危害を加える危険もある」


「で、具体的にどうするの? 島民に突入して貰って私たちが援護するの?」


 一応海兵隊と水兵、それにブーゲンビリア提督の部下が後ろに待機しているが、トゥータハの配下より少ない。戦闘には島民の協力が必要だ。


「いや、正面から戦ったら犠牲が大きくなる。島民に被害が出るのは避けたい」


「お優しい神様ね」


「神様じゃない……」


 とカイルは否定したが、直ぐに考え込む。


「いや、神様をやるのも悪くないな」




「放しなさい」


「やかましいから、黙らせろ」


 日が暮れかける頃になっても叫き散らすオバリエアに辟易したアンは、流石に嫌気が差した。配下に命じてオバリエアに猿ぐつわを噛ませようとする。


「は、はなせ! 止めろ!」


「これまでお前のキンキン声を黙って聞いてやったんだ。寧ろ感謝して欲しいな」


「止めろ! 踊り巫女様に暴行を加えるな」


 だがトゥータハがアン達の行動を止める。

 黙らせたいが下手に動いて踊り巫女に危害を加えるのは畏れ多い。本来なら踊り巫女様が拘束されてしまうだけでも一大事なのだが、アン達が人質に取っているために下手な行動を取れずにいた。


「なら、永久に黙らせてあげようかしら」


 鈴のような音色の声と共に、アンの相棒であるメアリーは拳銃を取り出した。

 いつもの白いドレスに戻り、本来の彼女が戻ってきたようだ。


「踊り巫女様を殺すというのか」


「五月蠅いから黙らせるだけよ」


 剣呑にメアリーが答えるとトゥータハが怒って立ち上がる。


「殺すというのなら、我らは容赦しないぞ」


 そう言ってトゥータハはオバリエアの元に向かおうとする。


「おっと、動くな」


 だがアンが拳銃を向けてトゥータハを制する。


「話が終わっていないのに人質に手を触れるな」


「危害を加えるというのなら話は別だ。それに貴様らだけが銃を持っていると思うな」


 そう言ってトゥータハは配下に銃を構えさせた。

 カイル達から盗み出したのを隠し持っていたのだ。

 使い方は分からないが構えるだけでも動揺させることが出来ると考え配下に持たせていた。

 オバリエアにカイルから銃を盗んだことが露見してしまうが、オバリエアが殺されるより良い。


「オバリエア様を放すんだ」


「断る」


「放せ!」


 その時銃声が響いた。

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