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盗まれた望遠鏡

 開闢歴二五九三年五月二六日 オタハイト島 観測用の砦


「おい! 海兵! 望遠鏡が無いぞ!」


 掩体壕を出たカイルは大声で歩哨に立っていた赤い制服の海兵に問い詰める。普段なら穏やかに話すカイルだが、この島に来た目的を達成するために必要な望遠鏡が紛失する非常事態。観測できなければ、これまでの苦労が水泡に帰してしまう。


「じ、自分は歩哨に立つよう言われており、それ以降は誰も中に入っておりません」


「誰も入っていない? いつからだ?」


「戦闘開始前に見張りに就きました。それ以降は入っておりません。申し送りの時にも、そう聞いております」


「その前の見張りはどうなっていた?」


「八点鐘毎に水兵と交代で行っておりました。侵入者はいません」


「ここで交代したんだろうな」


「は、はい。交代要員が来てから本部に集合して解散です」


 通常、見張りや当直を交代するときは交代要員が持ち場に到着してから交代する。短時間でも当直者がいなくなるのを防ぐ為の処置だ。

 航海の基本であるが徹底する事が大事だ。カイルも抜けがないよう厳しく命令しており、当直に穴が開かないように注意を払っていた。


「では、どうやって望遠鏡を盗んだんだ」


「彼ら、海兵や水兵が盗んだと言う事は考えられないか? そこら辺にいる島のごろつきを集めて運んだのだろう」


「いやそれはないでしょう」


 乗員を疑うバンクス氏だが、カイルはそれを否定した。

 確かに乗員、特に水兵の大半は最下層から集められる。手癖の悪い水兵が多いのも事実だ。だが、望遠鏡を盗み出すのは危険だ。

 監視が厳しいうえに機材も大きいので盗むにはリスクが高すぎる。

 それに掩体壕を出ても砦の出入り口で誰何を受ける。

 何よりこの島には換金できる場所がない。それに島民にとって望遠鏡は価値が無い。釘やトンボ玉、斧の方が価値が高い。それに持ち出すのは容易い。

 実際、島民と取引を行う為に釘や斧、トンボ玉を盗んだ罪で処罰された乗員は多い。

 物珍しさで欲しがる島民はいるかもしれないが、盗んだ後で価値が無いと言われて取引が成立しないリスクを避けるはず。

 勿論、知恵の足りない乗員が突発的に盗み出した事も否定できないが、成功する可能性は低い。

 そして海兵隊員は一応、正規の軍人だ。志願制で意識も高く、プロと言える。艦内の治安維持も担っているので規律正しい。前任者が反乱に加わったという汚点はあるが、レナに代わってからは本来の忠誠を期待して良い。


「兎に角、望遠鏡の捜索を始めましょう」


 そう言ってカイルはバンクス氏を連れて、本部にしているテントに向かい、レナを初めとする士官に現状を伝えた。


「盗まれるなんて……。でも盗まれたのは一つだけでしょう。他にも二つくらいあるでしょう」


 レナが呆れるように言う。

 失敗の許されない観測任務で最重要機材である望遠鏡。航海中の破損を警戒して望遠鏡は複数個用意している。

 ディスカバリーには三台の望遠鏡を装備していた。

 盗まれた責任は感じているが、大事にする必要は無いのではないか、と態度で言っている。


「いや、正確な観測をするために三台とも必要だ」


 誤差、局地的な曇り、観測員の熟練度による誤差などを避けて砦周辺の複数箇所で観測する計画だ。

 一つでも欠けると観測の精度が下がってしまう。

 複数の観測機材で観測しなければ精度不十分な観測結果しか出せず、事実上失敗してしまう。


「何としても探しだそう」


「でも、あてはあるの?」


「まずは砦内を捜索、他の場所に無いか確認してくれ」


 望み薄だったが、確認しなければならない。

 他の乗員に探させている間に、カイルは現場に戻った。刑事ではないが現場百見、現場を見なければ分からない、とカイルは再び現場に戻り、周りを見てみた。


「意外に姿を隠せる場所が多いな」


 周りを見ると空樽などが置かれており、人が隠れる場所はある。


「けど、見張りがいたのよ。中に入ろうとしたら必ず発見するわ」


 だがレナは否定的だ。見張りに立つ海兵や水兵の性格や勤務態度は把握している。彼らが手を抜いたとは考えにくい。

 しかしカイルは現場を見、そして立てた推測を言う。


「……なあ、もしここに隠れていて、交代の時、忍び込んでいたらどうだ」


「まあ、交代の時は引き継ぎで目が離れるけど」


 引き継ぎの時は交代相手との連絡などがあり、周辺への注意が疎かになる。

 その間に素早く忍び込むのは簡単だ。


「でも、盗み出すのは無理でしょう。交代の時目を離すのは一瞬で、忍び込む程度は出来ても望遠鏡の入った箱を持ち出すのは無理よ」


「一回で忍び込んで、出て行く必要は無いだろう」


「? どういうこと?」


「一回目の交代で忍び込んで中で息を潜める。そして二回目の交代で望遠鏡を担ぎ出したとしたら?」


「そんなこと……」


 馬鹿げているが、あり得るとレナは思い至る。


「……けど当直は四時間交替よ。四時間待っていたと言うの? その間に侵入してきたというの?」


「ああ、砦とは言っても登れる場所はある。交代の時に壁をよじ登って侵入。近くに潜んで待つ。次の交代でこの壕に入り交代を待つ。そして、その交代で望遠鏡を持ち出して砦から脱出したとは考えられないか?」


「そんな、場所を変えながら一二時間ぐらい潜んでいたというの?」


「島の連中の盗みに掛ける執念を見て見ろ。一寸した隙でも突いて俺たちの物を盗み出すぞ」


 物語に出てくる怪盗みたいな話に、レナは馬鹿馬鹿しいと一瞬思ったが、この島の島民ならあり得ると思ってしまった。


「兎に角、盗まれたとしたら大変だ。返還して貰えないか話さないと」


「あんたの彼女でも望み薄だけどね」


 吐き捨てるようにレナが呟く。これまでも小銃などの備品が盗まれている。

 その度に返還を求めてきたが、返ってきた品は少ない。

 オバリエアの仲介が入って半分くらいが戻って来ただけだ。

見つからないと首長達は言っているが、本当は隠している、とカイル達は考えている。


「今回は切迫している。流石に望遠鏡を奪われたら問題だ。強く言うよ」


「彼女に?」


「彼女じゃない!」


 レナの言葉をカイルが強く否定していると、ウォリスが駆け寄ってきた。


「大変です! 艦長の彼女が見知らぬ船乗りに誘拐されたとの事です。島民は艦長達が連れ去ったのではないかと言って返すように求めています」


「何だと! 出来るはずがない」


 ディスカバリーはこれまで戦闘配置に付かせていた。戦闘後の処理のために人員を割いている。

 誘拐を企てられるような人員は居ない。望遠鏡の捜索のために人員を割いているが、砦周辺に限られており、時間的にオバリエアの元に行くのは無理だ。


「どんな格好をしていた」


「何でも我々と同じような服に頭に白い布をかぶっていたと」


「ブランカリリオの連中か」


 彼らは敵味方識別のために白い頭巾を被っている。

 ガリア艦に偽装する必要が無くなって、好き放題やり始めたようだ。


「直ぐに救出に向かおう」


「ええ。ですが、どうもトゥータハと手を組んでいるようです」


「どうしてそんな事が分かる?」


「ブランカリリオがトゥータハの根城の近くに停泊しています。また、トゥータハの部下が集結しています」


「組んだ可能性が高い訳か」


 海賊はそれほど人数は多くないが、銃がある。


「我々も加わろうか」


 カイルにブーゲンビリア提督が話しかけてきた。損傷したラ・ブードゥーズの修理をカイル達が手伝っていることもあり、手を貸したいと考えている。

 何より、自分を騙した海賊共に鉄槌を下したい、と考えていた。


「ありがとうございます。こういう状況では人数が多い方が良い。しかし、状況は芳しくありませんよ」


 海賊は銃を持っている。撃ち合いになれば死傷者が出る。

 カイル達も銃を持っているし、ブーゲンビリア提督の部下が加わればブランカリリオのメンバーを人数的に凌駕するだろう。

 だが、攻撃すれば被害は大きい。

 そして、トゥータハが手を組んだとなれば望遠鏡がブランカリリオに渡ってしまう。これまで望遠鏡やクロノメーターを狙ってきたブランカリリオはチャンスを逃さないだろう。

 それに武器はともかく人数ではブランカリリオ=トゥータハ連合の方が多い。

 銃を持って戦わなくても、見張りや陽動、連絡などに人数が使える。なによりこちらは銃の再装填に時間が掛かるので、人海戦術で攻めてこられると包囲される。

 たった四九名で一五〇〇人の原住民に戦いを挑んで戦死したマゼランの二の舞などゴメンだ。


「艦を出そうにも、ラ・ブードゥーズは修理中だから動かせない」


 珊瑚礁に座礁し、継ぎ目が緩んで浸水を起こしているラ・ブードゥーズは修理中だ。

 出帆するには時間がかかる。


「ディスカバリーで洋上から襲撃する?」


 レナが提案してきたがカイルは否定的だった。


「ブランカリリオに比べて砲力が劣る。洋上戦闘は不利だ」


「さっきの戦闘は勝てたじゃないの」


「陸上に陸揚げした二四ポンド砲があったからね。その援護で勝てたんだ」


 先の戦いの勝因はカイル達が作った即席陸上砲台の援護によるものだ。ブランカリリオが逃げ出したのも陸上砲台の二四ポンド砲を恐れたからだ。

 だが、陸上砲台は機動力が皆無のために、ブランカリリオが居るところまで運べない。


「ディスカバリーに乗せる事は出来ないの?」


「乗せる事は出来ても撃てないね」


 ディスカバリーは元石炭運搬船のため船体の強度は高いが、二四ポンド砲発砲時の衝撃に耐えられる程ではない。それ以前に、甲板に載せたら底が抜けてしまう。

 だからバラスト代わりに船底に置いていたのだ。


「ブランカリリオの近くまで運べない?」


「運んでいる最中に攻撃されるだろうね」


 一トン以上もある重い砲身をジャングル内に運び込むのは容易ではない。それだけで数日かかってしまう。ボートやディスカバリーで運んでも攻撃に絶好の場所を探すのは容易ではない。見つけたとしても設置する前にブランカリリオがやってきて攻撃されるのがオチだ。


「使えないわね」


「大砲を撃つのは簡単じゃないんだよ」


 呆れるレナにカイルは怒鳴ったが、心情はカイルも同じだ。何としてもブランカリリオを止めたい。それも確実にだ。

 かといってラ・ブードゥーズの修理が終わるまで待機している間にブランカリリオが逃げ出しかねない。

 洋上に逃げられたら追跡は困難であり、何より期日に観測できない。


「……まずは偵察して確認しよう」

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