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偽装座礁

 開闢歴二五九三年五月二六日 オタハイト島北方洋上 ディスカバリー甲板


「陸上砲台が砲撃を開始しました」


 見張りの報告でディスカバリー甲板には歓声が上がる。

 見れば分かることだが、見張りの声が乗員の戦意をより向上させてくれる。


「よし、上手く行った」


 甲板後方で指揮を執っていたカイルは小さな声で成功を喜ぶ。

 明け方からの行動は全てカイルが仕組んでいたことだった。

 艦の性能で優位に立ち、数でも優勢であるならば、必ず風上側と風下側に分かれて挟撃を狙ってくるはずだ。

 これは基本戦術であり、海軍軍人なら誰でも思いつき、七割が実行するだろう。

 二隻揃って風上側から追いかけるという手もあるが、逃げられる危険が高いので採用しないはず。

 しかもブーゲンビリア提督側は一対一でも勝てるのだから、確実に捕獲出来る方法を取る。

 この世界での戦果とは、沈めるのではなく捕獲する事だ。

 捕獲すれば物資を奪うことが出来るし、何より所有する船が増える。この世界の船は現代日本と違って造船に手間も金も掛かる。生産過剰で造船所が倒産することもない。なので船の状態にもよるが国家が奪った船を購入してくれる。だから海軍士官は船を捕獲する事を望む。

 探検家とはいえ海軍士官であるブーゲンビリア提督も捕獲する事を選ぶはずだ。

 逃れるには夜陰に乗じて逃げるしかないが、逃げ切れる保証はない。

 だからカイルはあえて罠にかかり、逆用する事にした。

 逃げてもブーゲンビリアが追いかけてくるだけだし、何より観測任務を遂行できない。

 だからこそ、ここで解決しなければ意味が無い。

 幸い、ル・エトワールを名乗る艦が海賊船ブランカリリオであることをブーゲンビリア提督に知らせれば逆転できる余地がある。

 そのことを念頭にカイルは作戦を立てた。

 まず、夜明けと共に出帆し、罠に飛び込む。そして包囲され、追い詰められたフリをしてオタハイト島へ戻る。

 陸地へ追い込むことで逃げ道を塞ぎ、捕らえ易くすることは簡単に予想できる。

 そうしてブーゲンビリア提督をオタハイト島へおびき寄せ、カイルは故意に艦を座礁させる。

 座礁すればディスカバリーは動けなくなるが、ブーゲンビリア提督は捕らえようと更に接近してくるはず。

 動けなくなった艦など簡単に攻撃、あるいは捕獲出来るからだ。

 その時、ブーゲンビリア提督が艦首か艦尾から接近してくることも予想できる。

 それこそカイルの狙い目だった。

 カイルは夜の内にブーゲンビリア島で賠償金代わりにバラストとして積んでいた二四ポンド砲を艦底から引き出し、陸上に運んで砦に据え付けて、獲物が目の前に来るのを待つだけ。

 あとは接近してきた艦を攻撃するだけだ。

 ラ・ブードゥーズとブランカリリアのどちらがやって来るかは分からないが、どちらかを攻撃して足止め出来れば十分だ。ブーゲンビリア提督を説得できる時間を確保出来る。

 幸いにもブーゲンビリア提督の艦が運良く引っかかってくれた。

 砲弾は大砲と一緒に確保した鎖弾――空洞になった鉄製の半球を鎖で繋いだもので、索具を引っかけて引き千切るための砲弾だ。

 主に帆装を破壊して航行不能にするための砲弾で、船足を止めることが好きなガリアが好んで使う。今回の足止め作戦には絶好の砲弾だ。

 カイルの期待通り、ガリア製の鎖弾はブーゲンビリア提督のラ・ブードゥーズの帆装、特に索具を引き千切り操艦不能にした。

 チャンスが到来したことでカイルは大声で命じた。


「反撃する! 裏帆を打たせろ! キャプスタンに付け!」


 カイルの命令でディスカバリー乗員が一斉に配置に付く。

 ヤードを回して、帆に裏帆を打たせて艦を後進させる力を与える。同時にキャプスタン――巻き上げ装置に乗員を配置して回す。

 巻き上げるのは、座礁前に艦尾から流しておいた錨。

 ディスカバリーは漂流して座礁したのではなく、カイルが予め決めていた地点に座礁させたのだ。

 本当に座礁すれば、ブーゲンビリア提督は油断するはず。そのための演技だ。

 ここ半月の間、入念にこの海域の海図を作成しており、海底の深さや海底の地質も把握済み。

 そこで海底が急に浅くなり、砂地の場所を選んで座礁地点にした。

 裏帆を打った時、艦が後進し易いように艦首が風上に向くよう艦の向きを考えた。艦が浮き上がりやすいよう潮が満ちる時間を狙った。

 全てカイルが計算してのことだ。

 そしてカイルの目論見通り、ディスカバリーは容易に離礁し、再び航行の自由を得た。


「よし、錨を切り離せ! ヤードを回して取舵一杯!」


 錨を回収する余裕が無いため錨綱を切って行く。そして、艦を回頭させてラ・ブードゥーズに近づき、砲撃を行う。

 陸上砲台とディスカバリーに挟み撃ちされたラ・ブードゥーズは混乱してしまう。

 修理を行おうにも砲撃による妨害のためにままならず、ラ・ブードゥーズは漂流し海流に流されてしまう。

 そして風と波に流され、やがて船体が大きく傾く。


「座礁したな」


 カイルはラ・ブードゥーズの座礁位置と海図を頭の中で照合して呟く。

 あのあたりは珊瑚礁があり、船体が破れてやなければ良いな、とカイルは少し危惧する。

 しかし、戦闘はまだ続いている。


「次はブランカリリオだ!」


 カイルは残ったブランカリリオに目標を変える。

 ル・エトワールを装った、化けの皮を剥がさなければならない。

 出来ればここで決着を付けたいとカイルは考えていた。

 しかし、陸上砲台の援護があると知ったブランカリリオは決着が付いたと判断し、回頭して西に向かって離脱していった。


「追いかけますか」


「いや、止しておこう。一対一では不利だ」


 ディスカバリーは大砲を積んでいるが元は石炭運搬船であり戦闘は考えられていない。下手に損害を受けて、今後の航行に支障が出ても問題だ。

 勝利出来たのは予め大砲を上陸させて築いた陸上砲台のお陰だ。

 陸上砲台の射程外で戦闘を行っても勝てないだろう。

 それに本来の任務はヴィーナスの太陽面通過観測であり戦闘では無い。

 不要な戦闘は避けたい。


「ブランカリリオはもう下手な事はしないだろう。ラ・ブードゥーズの処理だ」




 ブーゲンビリア提督率いるラ・ブードゥーズは陸上砲台の砲撃を受け、損傷したのちに座礁。さらにル・エトワールに化けたブランカリリオが逃走したことで戦意を喪失。

 白旗を揚げて降伏を申し込んできた。

 カイルはこれを受託すると共にラ・ブードゥーズへ乗り込み事情を話す。ル・エトワールの正体が海賊船ブランカリリオである事を伝えマカロネシア周辺でガリア船に化けて襲撃してきたことを伝えた。

 事実を知ったブーゲンビリア提督は愕然とすると共に怒りが湧いてきて悪態を吐いた。


「騙されたとはいえ、攻撃したことをお詫びしたい」


 自らの非を認め、深々と頭を下げるブーゲンビリア提督の謝罪をカイルは受け容れた。

 ブーゲンビリア提督は直ぐにでもブランカリリオを追跡して報復しようと息巻いていたが、座礁時に船体が損傷し浸水が発生していた。

 ディスカバリーと違って柔らかい砂地では無く、堅い珊瑚礁に衝突したため船体が傷つき継ぎ目が緩んで激しい浸水が発生していた。

 カイルはディスカバリーからも人員を出して浸水箇所を修理したあとボートでラ・ブードゥーズを珊瑚礁から引き出した。


「これ以上迷惑は掛けられない」


 ラ・ブードゥーズが引き出された後もカイルは修理を手伝うと伝えていたが、ブーゲンビリア提督は助力を辞退した。


「少しお人好しすぎではないかね」


 戦闘後、再びオタハイト島に上陸したカイルにバンクス氏は苦言を呈した。

 非戦闘要員を抱えているのは危険なのでバンクス氏など帝国学会の人々は砦内に避難させていた。

 それも万が一ラ・ブードゥーズが陸上に向けて大砲を放っても被害が出ないよう、地面に掘った掩体壕の中に避難して貰った。

 そのため命の危険が無かった分、冷静に戦闘の分析を話しているがそれでも辛辣だ。


「ええ、でも海の仲間が困っているので出来る範囲で助けたいのです」


 海は陸と違って助けが来ることはまず無い。

 通信機器が発達した現代日本でも救援が来るのに数時間かかる。その間は自分たちの手で何とかしなければならない。

 そして失敗すれば苦しい漂流生活となる。

 そのことを分かっているカイルとしては困っている船を見つけたら手を差し伸べたい。

 これは個人的な事だけでなく、世界中の船乗りが思っていることだ。

 海に出るときの恐怖を船乗りは全員体験しており、それがどんなに恐ろしい事かも知っている。

 だから、困っている仲間を助けたいと思うのは自然な事だった。


「甘過ぎでは無いか」


 それでもバンクス氏は納得いかないようだ。


「もう戦闘を仕掛けてくることはないでしょう。それにガリアへ恩を売っておくことに損は無いでしょう」


「ふむ。兎に角、我々の任務は観測任務だ。遅れていた望遠鏡の設置を行おう」


「はい」


 一応、調整や現在位置確定のために砦に望遠鏡は運び込んでいた。だが、戦闘が始まるため掩体壕に入れて安全を確保していた。

 戦闘が終わり、ようやく出せる事となった。


「よし、望遠鏡を取りだしましょう」


 そう言って海兵が見張りに立つ掩体壕に向かった。帝国学会の会員が入っていたのとは別の掩体壕で、片方が破壊されてももう片方が無事なよう分散されていた。

 カイルは捧げ筒をした海兵隊員に答礼するとバンクス氏と共に壕の中に入る。

 しかし望遠鏡は無かった。

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