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ブランカリリオ再び

 開闢歴二五九三年五月二五日 オタハイト島


「艦長! 東の水平線上に、こちらへ接近してくる二隻の船影を確認しました!」


「何?」


 ブーゲンビリア提督が出帆してから一週間以上経ったある日、カイルは見張りからの報告を受けた。

 望遠鏡を陸上の砦に移し、これから動作確認を行おうとした矢先の出来事だった。

 兎に角、状況を確認しなければならない。カイルはテントを出て見張り台に向かった。


「所属は分かるか?」


「ガリア国旗を掲げています」


 伝令の報告にカイルは顔をしかめた。

 平和洋の探索にガリアは力を入れている。新領土の獲得競争で新大陸をイスパニアに、インディアスをアルビオンに抑えられたガリアは起死回生を狙って平和洋に多数の探検船団を送り込んでいる。

 ブーゲンビリア提督もその一人であり、何年も探索を行っている。

 しかし、先のアルビオンとの戦争でガリアは国力を落としており、新たに探査船団を出す余裕はなく現状維持が精一杯だ。

 送り出せたとしても一隻が関の山であり、二隻以上の船がやってくる事は無いと判断できる。

 たまたま合流して船団を組んでいる可能性もあるが低い。


「イスパニアの連中かな」


 横にいたエドモントが尋ねてきた。


「いや、連中はそんな事はしない」


 豊かな新大陸を治めているイスパニアは近年探検船団を出していないし、アルビオン本国出発前にも確認したが、その兆候もなかった。

 平和洋を横断する船団を運航しているが、オタハイト島はそのコースから離れすぎている上、海流と風向が違うので漂流してもオタハイト島にやってくる事はない。

 あり得るのはガリア船に艤装した海賊船の襲撃だ。

 イスパニアの横断船団を襲撃するために拠点を探してやって来た可能性がある。

 ウォリスの報告書は公表さており、島の存在はエウロパ諸国に知られている。さらにカイル達がやって来ていることも公表されており、カイル達から食料を奪うことも十分に考えられる。

 自衛手段を取らなければ一方的にやられてしまう。


「戦闘配置だ! 乗員の一部をディスカバリーに戻せ!」


 万が一に備えてカイルは防衛計画を策定しており、砦に最低限の人員を残してディスカバリーに乗艦させる。

 折角出来た砦を放棄する訳にはいかないが、ディスカバリーの機動力を削ぐ訳にも行かない。

 カイルはディスカバリーを前に出して上陸を阻止する方法を選んだ。


「総帆開け!」


 カイルは全ての帆を広げさせると、全速力で二隻に向かって行った。

 向こうは風上側にいる上、数が多い。だ

 が手は無くはない。カイルは決然とディスカバリーを正体不明の船団に進ませる。


「艦長! 相手が分かりました! ラ・ブードゥーズです!」


「何!」


 見張りの報告に甲板に動揺が走る。

 ラ・ブードゥーズは西に向かって出帆したはずなのに、どうして東からやって来るのか。

 風上の方が攻撃しやすく、優勢な側が必ず抑えようとする。

 交戦の意志が強いことは、この行動で十分に分かる。だがどうして交戦しようとしているのか確認しなければならない。


「交信を求めよ」


 カイルは信号旗を上げてラ・ブードゥーズとの交信を試みる。

 応答信号があり、ブーゲンビリア提督と手旗信号で交信を行う。


「半年程前の今年一月にガリアとアルビオンが戦闘状態に突入。ディスカバリーを拿捕すると言っている」


 通信内容を翻訳してカイルは愕然とした。

 ガリアは先の戦争で深手を負っているので参戦してくるとは思えない。

 アルビオンも昨今、エウロパ諸国による対アルビオン包囲網が出来つつある状況であり、下手に開戦をすると数カ国が敵に回り袋だたきに遭ってしまう。

 よってアルビオン、ガリア共に戦争に入る理由が無い。

 本国から出港して一年近く経ち、情勢が変わったとも考えられるが急激すぎる。


「状況をブーゲンビリア提督は知らないのか」


 カイルは口にしたところで、相手が三年以上エウロパ諸国と通信を途絶していたことを思い出す。

 その間に情勢が変わったと判断するだろう。

 それほどまでに世間知らず、あるいは引きこもり、ということだ。いや、未知の領域探査という任務を負っているので引きこもりと同列に語ることは出来ないが。


「しかし、一体誰がそんな嘘情報を」


 そう思って新たに加わったガリア船を確認してカイルは絶句した。


「ブランカリリオ」


 自分たちをマカロネシアで襲撃した女海賊共の船だった。




 開闢歴二五九三年五月二五日 ル・エトワールに偽装中のブランカリリオ甲板


「まさか、こんなに簡単に信じてくれるとは思わなかったな」


 ラ・ブードゥーズを見ながら白百合海賊船ブランカリリオ船長のアンは呟く。


「アンが優秀だからよ」


 横に居るのは相方のメアリーだ。


 彼女たちはマカロネシアでの損傷を修復後ディスカバリーを追ってきた。

 途中、平和洋へ入るのに手こずったが、何とか突破に成功した。

 しかし、カイル達は東回りの航路を通っていたため遭遇できず、最終目的地であるオタハイト島にて襲撃する事を計画して航行していた。

 そしてオタハイト島へ入港する寸前、そこから出港する船、ラ・ブードゥーズを発見したことで計画を変更する。

 アンはラ・ブードゥーズと接触すると、自分たちをガリア海軍フリゲート艦ル・エトワールと名乗りアルビオンと交戦状態にあると嘘を吹き込んだ。

 予め受け取っていたガリア海軍上層部と交渉した手紙から筆跡を真似て、平和洋においてアルビオン船舶を捕獲せよ、という偽の命令書を作成してブーゲンビリア提督に渡した。

 国際情勢に疎かったブーゲンビリア提督は信じ込み、ル・エトワールと共にディスカバリーを捕獲するべく作戦行動を開始した。


「しかし、幾ら自分の作戦の為とは言え、この衣装はキツい」


「あら、凛々しくて似合っているわよ」


 ガリアのフリゲート艦に偽装するためアン達はガリア海軍の制服を着ていた。

 アンとメアリーも士官服を着ており、男装の麗人のような姿をしている。

 メアリーはいかにも貴族の令嬢といった感じで似合っている。

 アンの方は貴族のような高貴な感じがあり、体格も引き締まっていている。だが、小さめの制服のため、身体のとある部分が強調されていて目を引く。顔も日に焼けた肌が長年海に出てきた歴戦の船乗りの雰囲気が出て、白っぽい士官服と好対照となっており、より魅力を高めている。


「胸の辺りがキツい、はだけさせたい」


「ダメよ。隣にいる提督に咎められるわ」


「そうだな。まあ提督と言っても僻地を探索して回っていた世間知らずだ。騙すのは簡単だったな」


 アンは満足そうに言う。

 あとはディスカバリーを捕獲し、どさくさに紛れてクロノメーターと望遠鏡を奪えば依頼完了だ。依頼主に約束の品を渡すかどうかはアンにとっては別の話だ。


「さて、連中がすんなりと降伏してくれれば楽なんだけどな」


「奪い取るのが海賊じゃない?」


 可愛い顔をして物騒な事を、つまらなそうにメアリーは言う。


「今は誇り高きガリア海軍の士官だ。そんな不法行為を行う訳にはいかない。連中が降伏してから接収するんだ」


「じゃあ、とっとと戦闘をして下しましょう」


「それも我が提督が相手に猶予を与えると言ってしまった。翌日の明け方まで回答を待つ、と言っている」


「夜の間に私たちだけで奇襲して奪ったら?」


「いや、折角二対一の数的な優位を保っている。これを利用しない手はない。このまま数の差を生かして潰す」


「けど相手はあのカイル・クロフォードよ。頭の足りないレナ・タウンゼントではなくて」


「まあな。猪突猛進のレナならどうにでもなるが艦長は悪知恵の働くエルフだ。万が一にもしてやられる危険がある」


「アンが負けるの」


「負けるつもりはないが、あの提督様がしくじる可能性はある」


 探検家としては優秀なのだろうが海戦や戦闘で優秀という訳では無い。時間的猶予を与えてしまっているところから見ても何処か甘い。


「まあ、島の情報が手に入ったんだ。色々と利用させて貰う事にしよう。手はず通り、俺たちは連中の逃げ道を塞ぐために風下側に回るぞ。それと上陸用のボートを用意しな」




 開闢歴二五九三年五月二五日 ディスカバリー甲板


「また面倒くさいことになったな」


 甲板でウンザリ顔をしたカイルは呟く。

 純情なのか、未開の大地の精神に感化されたのか、ブーゲンビリア提督はブランカリリオに騙されて攻撃しようとしてくる。

 なんとか誤解を解こうとしているが、オレオレ詐欺に引っかかっている最中の被害者のようにブーゲンビリア提督は頑なで、こちらの話を聞いてくれない。

 非常に馬鹿馬鹿しい状況だ。

 こういうときこそ艦長は顔色を出さないものだが、人生経験の少ないカイルに求めるのは酷だ。


「で、どうするの」


 サーベルの傷を確認しながらレナが尋ねる。


「誤解が解けなければ、翌朝戦闘だね。降伏も出来ないし」


 ウンザリ顔が解けないカイルは呟く。

 何とか話し合いに持ち込みたいが、向こうは問答無用で攻撃してくる。

 誤解を解くためにブーゲンビリア提督に降伏しても良いが、ブランカリリオがその間にディスカバリーで略奪を行う。

 嵌められた、としか言いようのない状況にカイルはウンザリした。


「少なくともブランカリリオを排除するかブーゲンビリア提督と話し合う必要がある」


「何か方法があるの」


「こちらにはここ数日測量して出来た海図とブーゲンビリア島で手に入れた物がある」


 カイルはニヤリと笑って士官に作戦を伝えた。

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