クロフォード公爵邸
開闢歴二五九二年三月二一日 アルビオン帝国帝都クロフォード公爵邸内
七連発銃というものをご存じだろうか?
連発できる銃を模索していた英国海軍が開発した代物で、銃身を七つ束ねた銃だ。
英国面全開の武器だがカイルが転生した世界のアルビオン海軍でも同じ物を作り出してしまった。
それを何処かで手に入れたカイルの父親ケネスは躊躇無く銃口をクレアに向け、引き金を引いた。
バババババババッと七つの銃口から一斉に火が吹く。
一発ずつではなく一斉発砲。引き金を引くと七つが銃身に同時に点火され発砲される。
当然、銃の反動は通常の七倍で、下手に持つと肩が抜ける。だがケネスは右手に持った銃を突き出すように、右半身を前に出す半身となり、発砲と同時に右半身を引きつつ七連発銃を抱きかかえて反動を受け止めた。
一方、姉のクレアは銃を向けられると同時に横に飛んで回避した。
七つの銃弾は空を切り、クロフォード家何代か前の当主の鎧を完全破壊する。
「……チッ、外したか」
想定と違う結果にケネスは舌打ちした。
「避けるな。馬鹿娘」
「それ、銃を向けた相手に向かって言う台詞? 銃を向けられたら避けるわ。そもそも娘に向かって銃を向ける?」
避けたどさくさに紛れてカイルに抱きついたクレアはケネスに抗議する。
「貴様など客でも娘でもない。帝国の危険分子だ」
「父さん落ち着いて」
クレアから逃れたカイルは間に入って仲裁しようとする。
「姉さんは大丈夫だよ。ウィルとも仲良くやっているから」
かつてウィルの正体をバラすとほのめかしてカイルと結婚しようとした悪事を思いだしたカイルは現在問題無いことを伝え、父の勘気を抑えようとする。
「ふむ、この女の艦上での振る舞いはどうだ」
「まあ、多少の問題はあるけど上手くやっていたよ」
カイルに対して抱きついたり、ハンモックに入り込んだりする事はあるが、艦上での仕事はそつなくこなしている。
魔術師として知識を教えたり、艦長の秘書役をやったり極めて正常だ。
そもそもカイルから見ても、それも厳しい基準で見ても姉は優秀で何事もそつなくこなす。
変態と見られる行動はカイルが関わることだけだ。
実際、多くの人々は最初クレアの優秀さを認め仕事を評価するがカイルへの愛を見ると問題だと考えるようになる。
それでも仕事が出来ることに間違いは無く誰もが認めるところである。
「ふむ」
ケネスは少し考えてから尋ねた。
「他に何か言ったことはないか?」
「? いや、何も無いけど」
ケネスの言葉にカイルは心当たりがなく、曖昧に答えるしか無かった。
「ならば良い。少しは身の程を知ったようだな」
「どこが」
再びカイルに抱きつこうとするクレアを避けながらカイルは父にツッコム。
「頭はアレだが魔法の腕は確かだ。番犬代わりと思えば良い」
「エー……」
あまりの言い方にカイルはドン引きした。
娘と息子に向かって言う言葉なのか。そもそも正しい姉弟の関係とは言えないが。
「まあ、それはともかく。久方ぶりに息子が帰ってきたんだ。歓迎の宴を開くとしよう。お嬢さん方も快く迎えよう」
「あ、ありがとうございます」
顔を引きつらせながらレナは答えた。
屋敷に入ってからのぶっ飛んだカイルの家族の行動に完全に引いていた。
出来る事なら帰りたいのだが、後ろで日常の掃除をするように完全破壊された鎧をかたづける使用人達とカイルの後に付いて行くウィルマを見て自分の方が非常識あるいは小心者なのか、とレナは自分を疑ってしまった。
「マイルズが来たくなかったのはこのため?」
妙に来るのを拒んでいたマイルズだったがカイルの家の事を知っていたのだろうか。
士官である自分に下士官が上申するのは畏れ多いと思ったのか、カイルをおもんばかってか。どちらにしろ下から意見が聞けるように艦での態度を改める必要がある、とレナは思った。
だが今は来てしまったのだから逃げる訳にはいかない。
ここで自分より年下で階級も下のウィルマに負けていられないと変な対抗意識からクロフォード家に何が何でもお世話になると決めた。
「あ、それと父上」
「なんだ?」
自室に帰ろうとする父親をカイルは呼び止めると、踵を揃え背筋を伸ばし敬礼を行った。
「アルビオン帝国海軍海尉カイル・クロフォード。只今戻りました。アルビオン帝国酷海軍予備役中将ケネス・クロフォードに謹んで敬礼を捧げます」
「うむ」
カイルの敬礼を見てケネスは振り返り、答礼をする。そしてケネスが手を下ろしてようやくカイルも手を下ろした。
家を出て行ったカイルがその成果を見せることが出来た瞬間だった。
最初の歓迎で度肝を抜かれたレナとウィルマの二人はそれぞれ部屋をあてがわれた後、歓迎の宴を受けるべく大広間に向かった。
とりあえず正式な服装をしようと海軍の正装をしようとした一同だったが、
「折角の休みなのに制服を着る必要は無い。楽にしたまえ」
といって私服での出席を求めたが、全員最小限の衣服しか持っていなかったので、クロフォード家から上着を借りたり、ドレスを借りたりして逆に恐縮してしまう。
広間にテーブルにカイルとクレア、レナ、ウィルマ、エドモントが座りメイド達がやって来て給仕を行う。
メニューは野菜ゼリー、ウミガメのスープ、ヒラメのオレンジソース、鴨のローストなど豪華な物だ。
あまりにも豪華な食事で、先ほどのトラブルが嘘のように思えてしまう。
「父上」
「なんだ?」
静かな大広間でカイルは父に尋ねた。
「宜しかったのでしょうか? 家で晩餐会を開くなど」
「息子が帰ってきて友人を連れてきたんだ。歓迎しない訳にはいくまい。それに見知らぬ大勢が来ても寛げまい」
言っていることはもっともだが、元海軍提督を前にしては海軍に入ったばかりの新米達は恐縮するしか無い。
「心遣いは結構なのですが、シーズンであちこちの貴族から招待されているのでは?」
シーズンとは社交界シーズンのことで大勢が集まる。ただの集まりではなく、事業や貴族間では政治的な話し合いが行われる事も多く政治的地位を向上させるための戦場とも言える。
通常は年末年始から集まり始め、八月頃に終わる。特に四月以降は最盛期であり、三月下旬辺り丁度今頃からは各貴族がパーティーを開こうと招待状を出している。
「断りを出した」
「良いのですか?」
「構わない。息子が帰ってきたのだ。こちらの方が重要だ。それに枢密院での今まで枢密院の仕事が忙しかった。休ませて貰う」
気晴らしの話し相手として付き合わされているという事をしり場は少し和やかになった。
「そういう訳で君たちには話し相手になって貰おう」
「な、何を話せば良いのでしょうか」
恐る恐るレナが尋ねてきた。
「これまでの事、手柄話でも話せば良い。活躍したのだろう。マグリブでも新大陸でも」
「はあ」
全員、海賊討伐からガリアとの戦闘と実戦経験はある。
だが目の前に居るクロフォード公爵は現役海軍軍人時代にガリアなどを相手に激戦を繰り広げ、世界一周航海を成功させイスパニアから財宝を奪いまくった生ける伝説でもある。
そんな人物に自分たちの戦果など霞んでしまう思いだ。
「ガリア相手に十数隻もの戦列艦を奪った者達が自慢しないとは余程謙虚なようだな」
実際に戦列艦を奪ったが一士官として参加しただけであり、自分が成し遂げたように言うのは憚られる。
「謙遜は良いがあまり大人しすぎて消極的では今後活躍出来ないぞ。今度の観測航海では地球の裏側まで行くのだ。暑苦しいほど積極的でなければ直ぐにへばってしまうぞ。特にカイルを初めとする士官は艦長の下で働かなければならないのだぞ」
「え?」
父ケネスの言葉にカイルは疑問符を浮かべた。
「済みません、父さん。今私が士官として乗艦すると言いましたよね」
「今度の観測航海では先日購入された観測艦ディスカバリーの海尉として、カイルが乗艦すると聞いているが」
「いえ、私が海尉艦長として指揮すると新大陸で聞いていましたが」
「いや、海軍本部からはカイルは一海尉として乗艦すると聞いている」