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島での日常

 開闢歴二五九三年五月八日 オタハイト島


 オタハイト島に到着したカイルは多少の誤解と不幸な事件はあれど島民達と友好関係を結ぶことが出来た。

 ブーゲンビリア提督と揉めていた優先権に関しても、オバリエアとその一族である神官達が一致してウォリスが来航していたことを証言してくれたので無事に決着した。

 優先権はアルビオンに帰したが、生物豊かなオタハイト島は十分魅力的であるため、ブーゲンビリア提督は生物調査を行うべく暫く停泊すると伝えてきた。

 カイルはトラブルを懸念したが、帝国学会のバンクス氏や博物学者のダリンプル博士は歓迎して、彼らと連日共同調査に出ている。好都合な事に彼らが潤滑剤となってブーゲンビリア提督との間にトラブルは起きなかった。

 とりあえず優先権については解決したのでカイルは自分の任務に専念する。

 この島に来たのはヴィーナスの太陽面通過を観測するためだ。

 総責任者のバンクス氏には、その指揮を執って貰いたいのだが、オタハイト島の生物や風習にも興味を持っている。そしてバンクス氏は決まっている計画に関しては気が乗らないらしい。その証拠に調査と称して連日島の奥地を歩いており望遠鏡設置の指導をしてくれない。

 幸い天体観測に詳しいグリーン氏と、望遠鏡の整備担当のハリソン氏がおり作業は進められる。それどころか彼の腕がよく、寧ろバンクス氏に口出しされないので作業が捗る。

 到着したのが期限ギリギリである太陽面通過一ヶ月前のため、観測拠点の建設が間に合うか心配された。

 ただ単に望遠鏡を設置するだけでは無意味だ。

 設置場所は完全に水平でなければ正確な観測は出来ない。整地して平らな面を作り上げる必要がある。

 また正確な緯度経度を断定する必要があり、その観測の為の時間や作業時間も必要だ。

 機材を設置して保護する為の建物や、侵入を防ぐための壁の設置。

 やる事は色々あるが、作業は迅速に進んだ。

 カイルが神と崇められたために、島民がこぞって作業に協力して、いや参加してくれた。

 作業を指示すると島民達は怠けること無く、黙々と実行してゆく。

 文化の違い、作業に要求される完成精度の認識の差――丘の上を平らにするため掘削したが出来た地面が凸凹だったり、不慣れな建築作業で柱が曲がっていたりなどはあった。だが、修正を指示すると素直に従って直してくれる。

 お陰で観測拠点となる砦の建築には時間は掛からなかった。

 また、作業の報酬も出したことが大きい。

 木材の切り出しを期日までに終えればディスカバリーから貸した大きな斧を島民にプレゼントしたり。整地作業に参加した島民に作業時間に応じてトンボ玉や釘を渡したり。こういった作業報酬を出したことで彼らの勤労意欲を増進させた。

 神様の命令ですからいりません、と言って彼らは最初こそ報酬を辞退していたが、オバリエアが神様からの授かり物と言って渡してくれた。

 予定より早く砦は完成し、観測の為の準備は整いつつあった。




「うーん」


 砦の中でカイルは唸っていた。

 上陸してから砦の用地選定、周辺海域の海図作成、島の地図作成など忙しい時間を過ごしていたが、今ようやく一段落した。

 砦は完成し、帝国学会の人員は既に上陸している。

 乗員も交代で砦に詰めており、警備や休養を行っている。

 緯度経度の観測は順調に進んでおり、間もなく正確な数値が出てくる見込みだ。

 事は順調に進んでいるが、上手くいっていないこともある。


「結構頭の痛い話だよな」


 隣にいたエドモントが相づちを打つ。

 問題を報告したのは任務だからだが、それで上司であり何より友人であるカイルが悩んでいるのはエドモントとしても心苦しい。しかし、伝えなければならない。報告するのは部下であるエドモントの役割であり、決断するのは艦長であるカイルの役割だ。


「何とか解決しないと厳しいな」


 現在、カイルを悩ませている問題は三つある。

 まず交易の問題。

 ウォリス氏が初めて来て此の方、ブーゲンビリア提督を含めて三隻しかエウロパ諸国から客が来たことの無い島のため、カイル達が持っている物が珍しく、交換して欲しいと島民が押し寄せてくる。

 それはカイルだけでなく一般の水兵に対しても行われ、何人もの水兵が島民に囲まれる事態になっていた。

 だが、中には島民が無知なのを良い事に、ガラス玉を法外な値段で交換する事もあった。

 友好的に現地人との接触をするよう海軍本部から通達されている手前、このような後々トラブルを起こしそうな交易を認める訳にはいかない。

 先日のような不幸な事件も起こしたくないので対策が必要だ。

 そこでカイルは交易担当者にエドモントを選出し、交易の窓口を一箇所に纏める事にした。

 欲しいものがある、交易を行いたい、そんな島民や水兵はエドモントに話を通した上、妥当と考えられる価格で交換することになる。

 こうすることでトラブルを避けようとしたが、手間が掛かるため嫌う水兵もいる。


「勝手に交易を行う連中が後を絶たなくてね」


 そのため、エドモントを通さず勝手に交易を行う水兵が後を絶たない。交流が増えるに従って、ある島民にも多少アルビオン語を理解する人間が増えきたこともあり、この手の私的交易が多くなっている。

 普通に交易するならまだしも、大いに吹っ掛ける連中も多い。

 しかも艦の備品を勝手に売却する者までいる。

 先日もジョージが食器をくすねて島民に渡して酒と交換した事が発覚して、給料から天引きの上、鞭打ちの刑に処した。

 このように私的交易は備品の横領を招くために禁止している。


「私的交易は一切禁止だ。今後も処罰すると乗員に徹底させろ。それと乗員の持ち物検査を行う」


「それしかないだろうね」


 二人は合意すると、その旨を纏めた文書を作り上げ、通達にした。


「それと他にも備品が盗まれる事件が相次いでいるんだが」


「ああ、そうだよな」


 次に問題なのが私的交易以外の島民による備品窃盗だ。

 オタハイト島には多くの椰子の木がある。椰子の木は高いところに実を付ける。

 椰子の実は栄養があり食料になるので、島民達は小さい頃から実を採るために椰子の木に登っている。彼らは高いところでもスルスルと登って行く。

 おかげで船の舷側や砦の壁なども簡単に登れる。

 見張りの隙を突いて船内や砦内に侵入し、船の備品を盗んで行く事態が後を絶たなかった。

 先日も海図室に入ってクロノメーターを盗もうとした島民をウィルマが見つけ、取り押さえて締め上げる事件が発生していた。

 途中でマイルズが気が付いて間に入らなければ、ウィルマは島民の関節を外していただろう。

 他にも水兵が作業中使うために置いておいたナイフを盗まれたり、海兵隊員が水を飲もうと木に立てかけたら銃を盗まれたりする事件が多発する。

 特に鍛冶場を作ってからは、加工用に置いてある鉄片を盗もうとする島民が後を絶たない。

 カイルは窃盗に注意するよう乗員に徹底して命じているが島民の侵入は無くならない。

 気を引き締めるために、盗まれた物は乗員の給料から天引きすることにしており、毎朝装具点検を行い紛失物が無いか確認させているがそれでも盗みは無くならない。


「艦長の新しい彼女に頼むしかありませんね」


「オバリエアは彼女じゃない。だが、頼むしか無いだろうな」


 盗まれた物はオバリエアに頼んで返還して貰っているが、幾度も幾度もキリが無い。

 現行犯以外では島民を逮捕しない事にしている。内政自治権という概念は彼らには無いだろうが、いくらカイルを神様と敬っていても盗難捜査の為に自宅に土足で入られたら誰だって不機嫌になり、友好関係は悪くなる。


「しかし連中は物を盗むことに慣れているな」


「私有の概念が薄いみたいだね」


 オタハイト島の人々は狭い共同体で暮らしているため、私有という概念が少ないようだ。

 そのため、他人の物を使っても、自分の物を使われても平気だという考えだ。

 だが、私的所有権が発達したアルビオンの場合、これは問題だ。

 盗まないよう根気よく諭す以外無く、盗まれる前に未遂で止めるしか無い。


「どうも首長トゥータハと神官との間でもトラブルがあるようだ」


「どういう事だ?」


 不穏なエドモントの言葉にカイルはウンザリしつつも状況把握のために尋ねた。


「本物の神様が来て、皆そっちに集まって王様の元に来る島民が少ない」


「……それ、俺のせい?」


「砦建設に人々が集まるからな。嫉妬しているんだろうな。島民を嗾けて盗んでいるようだ」


 カイルは必要な事をしているだけなのだが、島に混乱をもたらしているようだ。だが任務達成のためにも砦の建築資材購入と労働力確保は必要な事である。


「どうする? 排除するか?」


「……いや、これ以上反感を買いたくない。オバリエアに取りなして貰う事にして、手出しはしない。それと警戒を怠らないように乗員に命じよう」


「そうだな」


 カイルを見てニヤニヤ笑うエドモントは相づちを打つ。


「いっそ神様として君臨したらどうだ」


「やりたくないよ」


 富をもたらすと共に、不気味な魔物を追い払うという伝説の神様と見なされている。相手のイメージ通りに行動しなければならないのは苦痛だ。

 学級崩壊の教室と同じで、生徒同士の共通認識やイメージで人を判断し、そのイメージにあった行動をしなければならない。転生前の航平が小中学校で受けた根暗でオタクなイメージから、積極的な行動はらしくないキモイ、とか言われたことがフラッシュバックする。

 オバリエアをはじめとする島民達の持つイメージは真逆だが、相手に合わせて自分を偽り演じるなど、虐めの構造と変わりない。艦長として時として演技しなければならない時はある。事故や天候急変で不安でいっぱいでも精一杯の虚勢で堂々と立ち的確に指示する。そんな演技はやるが自分の天職である船乗りとして必要だからやっている。自分で決めたことならまだしも他人に押し付けられるのは真っ平ゴメンだ。


「えー、折角可愛い彼女が出来たのに」


「だから何度も言っているだろう。オバリエアとはそんな関係では無い」


 ここのところ毎日カイルの元にやって来て抱きついてくる。お陰で風紀維持の任務を担う人物、海兵隊長を務めるレナからお小言と冷たい視線を受ける毎日だ。

 何とか止めるように説得するが、オバリエアは受け容れてくれない。貴重な交渉相手でもあり無下に出来ないこともあり、グダグダになっている。

 海軍士官となるべく入隊したのに、この島の神様になるなど、カイルにとっては冗談ではない。

 カイルが嫌がる様子を見て満足したエドモントは次の議題に入った。


「食料の方は良くないな。集まりはするが一日分だけだ」


 最後に出されたのは食料の問題。

 前主計長が横領してくれたお陰で、現在の積載量は予定量よりも少ない。特に小麦とビスケットが足りない。帰国するには十分だが、この後の探索航海を考えると十分ではない。

 そのためオタハイト島において現地調達を考えたのだが、小麦の代わりになりそうな物が無い。

 オタハイト島は豊かな島で食料も豊富だそれ。故に使える食料が少ない。

 集落を少し離れれば木の実が採れ、海に出れば魚を獲られる。

 お陰で、保存食という概念が無く、長期航海に適した食料が手に入らない。

 収穫が無い時の為にパンノキの実を発酵させた物があるが、酸っぱすぎてアルビオン人である乗員の口には合っていない。というよりカイル自身も食べたくない。


「果物を干してもダメか?」


「こんな高温多湿の土地だと乾く前に腐る。今は現地調達の食料を中心に食事を出して、艦に積んである保存食の消費を抑えている」


 島で手に入る物を使い、なるべく船内のビスケットや小麦を使わない食事を行っている。

 だが、アルビオン人の乗員にとって小麦の無い食事は不満が溜まりやすく、三回に一回は出さないと士気が下がる。


「ココナツの汁を乾燥させて代替にしてもダメか?」


「食感が違うみたいで不評だな」


「何とか食べられる方法が無いか探してくれ。調味料を変えてみたりして試してくれ」


 航海中、備蓄の分配量を間違えて食料が無くなり、最後の方はインスタントばかりだったことが転生前に何度かあった。

 その時は、油そばにしてみたり、カップ焼きそばのソースの代わりにタバスコを入れたり、色々と味を変えて試した。


「やっておくよ。しかし、大変だな艦長は」


「まあな。任務はあるし部下を纏めたり、食事の手配を考えないといけないんだからな」


 航海のみならず艦内の全責任を負うのが艦長だ。食料の調達や乗員の福利厚生にも気を使わなくてはならない。


「大変だな」


「でも、上役がいないからな。任務や命令に背かない範囲で自由に動ける」


 上役がいると居ないでは解放感が違う。転生前の航海士時代も船長がいるかいないかで身体に掛かるストレスが違う。

 発生するトラブルに苦労はするが、今のカイルも自分で考えて実行できるので、副長時代より生き生きとしている。


「エドモントをはじめ、部下が優秀だから任せておけるよ」


 アクシデントの時に船長が居てくれると心強く、居ないと不安に陥る。

 今はカイルが最高責任者なのでアクシデントには全て責任を負う立場だが、エドモントをはじめ、乗員が良くやってくれているのでそこは安心だ。


「評価ありがとう。ああ、それと、ブーゲンビリア提督が近日中に出帆するそうだ」


「そうだろうね」


 アルビオンにオタハイト島の優先権を取られた以上、長居をする理由は無い。

 これまで滞在したのは、万が一に備えてのこと。領有権交渉が行われたときの材料や戦争になったときに戦闘に有利な情報の収集。また統治するときに必要な住民の情報を集めておきたいからだろう。

 遠隔地の領有権は外交交渉のカードで使われる事が多く、ひょんな事から自領に組み込まれることが多い。

 その時の為にブーゲンビリア提督は統治に必要な島民の人間関係、風俗、風習、食料、産業を調べ、開拓のために必要な地形図や生物、鉱物、気象の情報を集めているのは暗黙の了解だ。

 必要な情報が手に入れば出港し、まだ発見されていない新領土発見に全力を尽くした方が良い。


「出港を寂しく思うという内容で手紙を出してくれ、それと出港時には登舷礼で見送ろう」


「アイアイサー」


 乗員がマストに登って手を振り見送る登舷礼は船の上では最上級の儀礼行為だ。

 到着時のいざこざがあったとはいえ、礼儀は尽くしておきたいカイルだった。

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