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事件

 開闢歴二五九三年五月三日 オタハイト島


 未知の海域で、今まで接触したことの無い人々と出会うことは大きな発見だが、同時にトラブルの元である。

 互いの慣習や習慣の違いどころか、互いに持っている物が違い、言葉も通じず、コミュニケーションも出来ない。

 そこへ技術格差があると余計にこじれる。

 今回の銃の強奪についても同じだった。

 銃が奪われたという報告を受けてカイルは大急ぎで現場に向かった。

 現場に行くとレナを中心に海兵達が森に向かって横一列の陣形を作っている。

 周囲には既に島民の姿はなかった。背中から血を流して横たわる一人を除いて。


「状況知らせ!」


 カイルは怒鳴ってレナに説明を求めた。


「鳥を撃っていたら島民達が驚いたの。皆地面に伏せたんだけど、その後鳥が落ちてきたのを見て凄く興奮しちゃって、銃に触れようとしたの。止めさせようとしたけど、無理だった。そのうち島民の一人が水兵を押し倒して銃を奪って逃げたの。流石に銃を奪われるのは不味いと思って海兵に銃撃を命じて」


 それで、一人を射殺したという訳だ。


「で、銃は何処にあるんだ?」


 カイルが気にしたのは水兵の一人が銃を持たずにいることだった。警戒の為、探索に出た海兵と水兵は全員銃を携行している。


「奪った島民から仲間が銃を取って森に逃げ込んでいったわ」


「追いかけないのか?」


「地理不案内な場所で、しかも見通しが悪い上に、島民が何処から襲ってくるか分からない状況に少人数で向かうなんて危険すぎるわ」


「良い判断だ」


 レナがまともな判断をしてくれて良かった、とカイルは思った。

 もし、銃を奪い返そうと森に入り込んでいったら島民達の奇襲に遭って全滅していただろう。

 銃という強力な武器がこちらにはある。しかし装填に二〇秒以上掛かる前装式フリントロック銃のため、数の勢いで押されたらカイル達は負けてしまう。

 ただでさえディスカバリーの人員は少ないのでこれ以上減るのは勘弁願いたい。

 銃が奪われたのは失点だったが、追跡を行わず人員の損耗を防いだのは上出来だ。


「一旦、砦に戻って警戒態勢を整えろ。それとディスカバリーから大砲を持ってきて襲撃に備えるんだ」


「わかった」


 カイルの指示に従いレナは兵を退いていった。

 砦に戻った後、カイルは急いでディスカバリーから人員と大砲を移して森に向かって据え付ける。人が一人死んでいるため、島民がどのような行動を取るか分からない。

 最悪、襲撃を受けるだろう。

 小野、訪問したとき彼らの武器を見たが槍と弓、投石器ぐらいで大した武器はないが、大人数でやってこられると対応できない。

 だから陣地を作り上げて、接近できないように備えておく。堀などの障害物で足止めされた住民を攻撃出来る様にしておく。

 銃が向こうに渡っているが、一丁だけであり、島民が使い方を理解しているとは思えない。

 幸い、弾薬は盗まれておらず、装填された一発だけを警戒すれば良い。


「誰か来ます!」


 カイル達が防備を固めたとき森から一人こちらに歩いてきた。


「オバリエア」


 先日、カイルを歓迎して案内した踊り巫女の少女だった。

 彼女は一人歩いてカイル達の元へ向かってくる。島民十数人が付いてきていたが、森から出たところで立ち止まり、彼女の動きを見守っている。


「神様、一体何があったのですか」


 オバリエアはカイルの前に立つとアルビオン語で尋ねてきた。


「……私の部下が君たちに銃を盗まれて、取り返すためにやむを得ず射殺した。銃は他の人に奪われたままだから返して欲しい」


 彼女は人が死んだと聞いてショックを受けて暫く黙り込んでいたが、やがて唇を開いた。


「分かりました。人が死んだのは悲しいことですが、事情は理解しました」


「では、銃を返して欲しい。それが我々の望みだ」


「……出来る限りの事はしてみます」


 そう言うとオバリエアは島民達の元に戻って説明をはじめた。

 カイルはエルフの力を使って会話を聞いてみたが、現地の言葉だったため理解出来なかった。

 暫くして島民達は消えていったが、一時間後、再び人々が戻ってきた。

 真ん中にいるのは、この辺りの首長トゥータハだ。

 先日会ったときは堂々としていたが、今日は何故かビクビクしている。

 カイルはトゥータハの元に向かい話しかけた。


「今回死者が出たのは遺憾に思っている。だが、我々は無闇に殺そうという考えは一切ない。彼を射殺せざるを得なかったのは彼が銃を盗んだからであり、理由無き殺傷は行わない」


 騒動の間に呼び寄せたウォリスとオバリエアに通訳を頼み、カイルはトゥータハを宥めるが、まだ怯えている。


「何を求めているのだ、とトゥータハは聞いています」


 二人が翻訳した言葉を聞いてカイルは答えた。ウォリスとオバリエアの二人に通訳を頼んだのは相互に信頼関係を深めるためだ。

 もしウォリスだけなら、カイルが嘘を言っているのではないかとトゥータハは疑うだろう。一方、オバリエアのみだとカイルもオバリエアが彼らに有利な通訳を行っていると疑ってしまう。

 一寸した翻訳の違いで信頼が崩れるのを防ぐ為、双方お互いの通訳を出すのは国際的な常識だ。


「今後盗みを行わないように、それと銃を返して貰いたい。あと、彼を射殺してしまったのはこちらとしても不本意だった。お詫びの品をいくらか渡しておきたい」


 そう言ってカイルは斧を渡そうとした。

 トゥータハは、まだ怯えていたが斧を渡されてようやく安心して早口で答えた。


「お詫びとお礼に何か渡したいが何がいいか、尋ねています」


「いや、お詫びはいらない。ただ、銃を返却して欲しいと言ってくれ」


 カイルの言葉をウォリスとオバリエアが伝えるが、彼は申し訳なさそうに答える。


「盗まれた品は戻ってこないかもしれない。何とか探してみるが難しいと思う。他の首長の元に行っていたら無理だ、と言っています」


 カイルは溜息を吐いた。

 首長といっても権威は無いようだ。あるいはトゥータハが自身が銃を持っていて、その威力を知って返さずに済むよう、嘘を吐いている可能性がある。


「分かった。出来るだけの事をして欲しい」


 カイルはトゥータハに言い聞かせて彼を帰した。


「無事に帰して良いの?」


「努力する、と言っているからね。暫く様子を見るよ」


 抗議するレナに、カイルは宥めるように答えた。


「銃は奪い返さないと舐められるわよ」


「では捜索に行く? 敵対的な多数の島民の元へ少数の兵隊で警戒しながら家宅捜索。レナは自分の部屋を荒らされたらどうする?」


「カイルだったらぶん殴っている」


「……一応艦長だから命令には従ってね。あと理由無く調べることは無いから安心して。疑いを掛けられて捜索されたらどう思う?」


「気分は良くないわね」


「そうだろう。それに何処に隠してあるのか分からない。無闇に探しに行くのは危険だし見つけ出すことは出来ないよ。ここは彼らの動きを見るのが一番だ」


「艦長がそう仰るなら」


 そう言ってレナはその場を後にした。

 カイルの方針に不服ながらも従うといった感じだ。

 ただ、カイルとしても来航したばかりで島民との信頼関係が十分に出来ておらず、実力行使は避けたい。

 それに八〇名程の乗員で少なく見積もっても三〇〇人以上の島民を相手にするのは不利だ。しかも彼らは密林の中にいる。戦闘となれば接近戦となり、数の少ないカイル達が不利だ。

 姉のクレアが居るし大砲もあるが、カイル達の任務は島の制圧ではなく観測任務だ。

 島民を警戒しながらの観測は苦労が多いし、警戒の為に人手が割かれ、準備が間に合わない。

 出来る限り、島民との信頼関係は保っておきたい。

 今回の事で悪化しないか、カイルは心配だった。




 翌日、トゥータハはオバリエアと共に豚やパンノキなどの果物を差し出してきた。

 オバリエアの仲介や呼びかけもあり、先日の斧のお礼を渡しに来たとのことだ。

 ただ、銃だけはオバリエアの呼びかけにも拘わらず見つからなかった。

 そのため、お詫びとして食べ物を毎日差し出すとトゥータハは言っていた。

 カイルは遠慮したが、トゥータハは聞かず、購入という形に落ち着き、代金を支払うことを約束。

 更に砦を建築するための資材の提供をトゥータハに求め、双方合意した。

 こうしてカイル達ディスカバリーの一行は任務達成へ向けオタハイト島で動き出す。 

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