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 開闢歴二五九三年五月二日 オタハイト島


「皆様を歓迎いたします!」


 カイル達が着いた翌日、そう言ってオバリエアはカイル達を島の奥地へ案内して行く。

 目的地は彼女の家。島の神域である。

 神官の家に生まれて踊り巫女を務めているのだから神聖な場所に家を持っていても不思議はない。


「神様をご案内するのは当然です」


 そう言われても、いきなり神様に認定されてしまったカイルは面食らう。

 出会った時もそうだが、移動中も特別扱いのオンパレードだ。

 今は神域に向かっているが、色とりどりの入れ墨をした島民数十人が二列縦隊で先導してくれる。

 その後にカイルが続いているのだが、傍らで腕を組んでいるのはオバリエアだ。

 常に胸を当ててくるため、意識してしまう。

 そして、後ろから付いてくるレナとウィルマの突き刺さるような視線が痛い痛い。

 この状況を何とかして欲しいと思うのだが、更に後ろにいるエドモント、ウォリスなどの部下共はニヤニヤ笑うだけで何の行動もしてくれない。レナとウィルマは刺すような視線を向けてくる。

 艦の最高責任者なのに何故針のむしろに座っている気分なのか、カイルは不条理を感じた。


「着きました」


 そこは木々に囲まれた、長方形の建物のある空間だった。

 シュロの葉で葺かれた屋根を三列の柱で支えた、幅三〇フィート、長さ二〇〇フィート、高さ二〇フィートの建物。

 壁は無く、風が通りやすい。周囲の木陰で冷やされた空気がどの方向からでも流れこむように考えられていた。

 熱帯の地方では暑さを凌いで涼しくするために工夫をしているが、これが最も合理的なのだろう。

 風を通すためか、地面は下生えがなく、定期的に刈られている事が伺える。決して自然のままでは無く住みやすいように整えられている。

 未開の文明とは決して言えない作りだ。

 その建物には数十人の島民が待っていた。

 全員カイルを見て目を見開いたり、思わず頭を下げる人もいる。


「彼らはオタハイト島の首長や神官、つまり階級が高い方々です」


 いつの間にやらカイルの後ろに来たウォリスが説明する。


「真ん中に居るのは彼女の父親である最高司祭とこの辺の首長であるトゥータハです。この島でも有数の実力者です」


 この島には幾人かの首長がいるが、地域によって豊かさが違い序列が出来ている。

 その中でもトゥータハが一番豊かなこの辺一帯を治め、一番有力であるとの事だ。


「神官はどういう人だ」


「首長達の上に居ますが、主に神の声を聞きお告げを伝えるのと、首長たちの声を神々に届けるのが役目で実権は持っていません。まあお告げと称して指示を出しているでしょうが。首長達は主に配下の纏め役。島民同士でトラブルが起きたときに仲裁に入るのが主です」


 昔の日本の神社と村人、あるいは天皇と政府の関係だろうか、とカイルは転生前の知識を元に推測した。


「さあ、どうぞどうぞ座って下さい」


 そう言ってオバリエアはカイル達を建物に案内した。


「今日はご馳走を作って、おもてなしいたします!」


 元気よく言いと、島民に近くの地面を掘らせると、中から葉っぱと香りだかい肉をだした。


「あれは?」


 驚くカイル。横にいたウォリスが答えた。


「子豚の蒸し焼き料理です。地面に一フィート程の穴を掘り、その中で火を焚いて何個か石を入れて熱します。その間に子豚を縊り殺して火の上で何度もかざして毛を取り、熱湯で湯通しします。次に内臓を取り出して全身を綺麗に洗います。石や穴が十分熱くなったら直ぐ火を消して石の半分は取りだし、残りは穴の底に留めます。その上に葉を敷いて、豚と内臓を乗せます。その上から更に葉を被せ、焼き石を載せると土で覆い四時間程蒸してから取り出して食べます。今回の為に予め準備してきたのでしょう」


 そう言ってオバリエアはナイフで豚肉を切り分けていく。


「やっぱりナイフは便利ね。手で千切るより手軽に分けられる」


 ウォリスが前回来たときに何かと交換して手に入れたナイフなのだろう。切れ味の良い鉄製のナイフなどこの島で作れそうもない。

 鮫の歯や石器で作ったナイフがあるだろうが鉄のナイフの切れ味には及びつかないだろう。

 彼女は肉を切り分けて、葉で出来た皿に載せるとカイルの元に持っていった。


「さあどうぞ神様」


「神様じゃないって」


 アルビオン語で呟くが彼女は聞いていないかのようにニコニコするだけ。

 周りの首長達はアルビオン語が分からないのか黙ったままだ。ただ、カイルの動きをじっと見ているだけ。

 値踏みされているのか、とカイルは思いここで食べなければ彼らと友好関係は築けないと考えて目の前に置かれた豚肉を手で掴んで思い切って食べる。


「……美味い!」


 口に入れると豚肉から溢れるような肉汁が流れ、旨味がカイルの舌を包む。

 これまでにも豚肉は食べてきたが、これほど美味しい豚肉は転生前でも食べたことはない。


「この料理法は魚や果物でも行われています。美味しいですよ」


 ウォリスの囁きにカイルは頷く。

 熱した穴に入れて土で覆うため、肉はそのまま蒸し焼きにされるので旨味も一緒に封じ込められ、美味しく調理されるのだろう。

 なかなか美味しい料理にカイルは上機嫌となり、皿に添えられた団子のような物をいとも簡単に口にした。


「!」


 だが、失敗だった。

 食べた団子は非常に酸っぱくて豚肉の旨味が消し飛んでしまった。吐き出したかったが、首長達の手前、カイルは強い精神力で衝動を抑えた。


「パンノキの実を発酵させてペーストにした物です。彼らの保存食ですが酸っぱいですよ」


 ウォリスの説明は的確だったが遅すぎた。カイルは吐き出したい衝動を抑えて飲み込むと再び豚肉を食べて口の中の不快感を解消した。


「美味しいですか?」


 隣に来たオバリエアがカイルに尋ねてきた。


「ああ、美味しいよ」


 不味い、と正直に言いたかったが、天真爛漫なオバリエアの顔を見てしまうと言葉が引っ込んで社交辞令が出てきてしまった。


「良かった。タップリ用意したのでいっぱい食べて下さいね」


 そういって彼女はパンノキの実を発酵させたペースト団子を追加して行く。豚肉の方は全て切り分けられ宴の参加者に配られたのでもう無い。


「もう十分だよ……」


 と、カイルがオバリエアに言うが彼女は期待に満ちた眼差しでカイルを見る。


「……いただきます」


 そう言ってカイルはひたすら黙々と無表情に団子を食べた。一方のウォリスはそれを見て笑いを堪えるが団子には一切手を付けなかった。




 開闢歴二五九三年五月三日 オタハイト島


「あー、大変だった」


 宴のあった翌日、カイルは砦の建設予定地に張られたテントの中で呟く。

 あまりの酸っぱさで夕食まで後味が残り、カイルは体力を消耗してしまった。


「お陰で首長達との交渉は上手く行った。土地も借りられたし、この島の木々を使って建設できる」


 ぐったりとするカイルをねぎらいつつ、エドモントは報告した。

 カイル達は首長達、というよりカイル達が上陸した地域の首長であるトゥータハに北端にある岬を貸して欲しいと頼み込んだ。

 北側にあるために太陽面通過を観測するのに適している。北側が海であるため遮る物は何も無いからだ。

 トンボ玉や斧などを借地料として納めることを交渉材料にして、ウォリスの通訳とオバリエアの口利きもあって承諾させた。勿論、カイルが伝承の神様そっくりというのも大きく作用していた。

 もっとも、北の岬に住んでいる島民は居らず、これといった作物もない無価値な土地なのですんなり貸して貰えた。寧ろどうしてこの土地をカイル達が借りたがるのか首長達は不思議がった。

 何にせよ、カイル達は観測の為の要地を確保して砦を作ろうとしている。


「くれぐれもトラブルだけは起こさないでくれよ。ところでレナはどうしている?」


「周辺の偵察と確認を兼ねて森の方で狩りをしています」


 荷揚げの指揮をしていたエドモントが答えた。


「狩り?」


「昨日の豚肉のお礼に鳥を撃ち落として渡してあげよう、と言っていました」


 その時、森の方で数発の銃声が響いた。無事に仕留めたか、と思った時森の中が騒がしくなり水兵が駆け寄ってきた。


「島民達が暴れて我々から銃を一丁奪っていきました」

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