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神様

 開闢歴二五九三年五月一日 オタハイト島浜辺


「……え?」


 カイルを見て一斉に跪く島民に、ブーゲンビリア提督を含むエウロパ諸国の一同は呆然とした。

 エルフといえば畏怖と蔑視の象徴である筈なのに、恭しく礼を取るなどカイル自身も考えられなかった。


「……あ、あの……どうしたんですか」


 カイルは尋ねるが島民は答えず、代わりにモーゼの十戒のように海が割れるがの如く島民達が下がり一本の道が出来る。

 そこから小柄な女性、いや少女が出てきた。

 艶やかな黒髪に大きな瞳、唇は小さく、鼻筋が通っている。肌は黒いが健康的で、彼女の笑顔によく似合う。体つきは華奢だが出るところは出ており、身体のラインは艶やかですらある。

 服は最小限で胸と腰以外に布を身につけていない、いわゆるビキニだ。腰から下にパレオを付けているが前が全開であり隠していない。

 アクセサリーは髪に大きな花を飾り付け、貝殻を繋いだネックレスと最小限だが彼女の素朴さを表している。

 身長から察するにウィルマと同じくらいの年に思えるが、こうも対照的だと年が離れているようにさえ思える。

 その少女はカイルの前に来ると突然腰を激しく振り始めた。


「なっ」


 その踊りにはスピードと切れがあり、躍動感の中に卑猥さを感じてしまったレナが声を上げてしまう。

 それでも少女は踊りを止めず、それどころか歌を歌い始め、周りにいた付き人らしき人達も楽器を奏で始める。

 腰を激しく振りつつも足は動いて優雅にステップを刻み、上半身は大きく振れず、それどころか両腕を回したり曲げたりして踊りを披露する。

 時折、顔を動かしカイルに笑顔を見せ、カイルをドキリとさせる。


「な、何を、しているんですか?」


 レナが事情を知るであろうウォリスに尋ねる。


「ああ、歓迎の踊りですね。彼女は神官の娘で、神を歓迎するための踊り巫女とも言える立場にいる方です」


「踊り巫女……」


 レナはまだ理解出来ないようだが、転生前の記憶からカイルはフラダンスの一種だと思った。

 ハワイの伝統文化であるフラダンスは、元は神聖な儀式の踊りだ。

 主に歴史や伝承を伝えるために行われる神への捧げ物だ。白人が到来するまで文字を持っていなかったため、自分達の歴史や昔話を伝えるためにフラダンスで残していた。

 年号の丸暗記は難しいが、語呂合わせや替え歌にして覚えてしまうのと同じだ。

 ハワイだけで無く中部太平洋、ポリネシアの人々も同じような風習がある。

 島々によって踊り方が違い、ハワイはゆったりとした動きだが、タヒチは激しい動きが多いのが特徴か。

 彼女の踊り方はタヒチアンダンスに似ている。

 やがて、一段と踊り方が激しくなりカイルの周りを踊りながら回り始める。そして、カイルの正面に来ると身体をカイルに向けて足を止め、両腕を伸ばした後、自らの胸に手のひらを当てて叫んだ。


「マナヴァ!」


「え?」


 いきなり笑顔で言われてカイルは返答に困っていると、笑い出しそうなウォリスが答えた。


「ようこそ、という意味の言葉とポーズです。歓迎されているんですよ艦長は」


「はあ」


 歓迎という言葉にカイルは驚く。ただ期待の眼差しで見つめる彼女に何か言わなければと思い、口を開く。


「……あ、ありがとうございます。私はアルビオン帝国海軍ディスカバリー艦長カイル・クロフォード海尉です」


 アルビオン語ぐらいしか思い浮かばず、ウォリスから現地の言葉を学んでおけば良かったと後悔したが遅い。


「初めまして。私は踊り巫女のオバリエアと申しますカイル神様」


「ってアルビオン語話せるの」


 所々発音が異なるが、オバリエアと名乗る少女はアルビオン語でカイルに自己紹介した。


「前にウォリスさんが来たとき教えて頂きました神様」


「そうか……って、神様? 誰が?」


 カイルが叫ぶとオバリエアという少女は恭しく上目遣いでカイルを見て言う。


「貴方です」


 言われて目を点にするカイルに、吹き出したウォリスが事情を説明する。


「実はこの島には肌が白く耳の尖った神様が来て富をもたらしてくれる、という古い伝承があるのです。艦長はその伝承の神様に似ていることに気が付いた彼らが歓迎の儀式と舞を行ったと言う訳です」


「……聞いていませんが」


「言い忘れておりまして」


 ウォリスは惚けているが、絶対に知っていて海軍本部にカイルの乗艦を進言したのだろう。

 エルフの士官などカイル以外に居ない。しかし、好都合な伝承があるなら利用しない手はない。

 新大陸にいたカイルがわざわざ本国に呼び出されて探検航海の士官に任命される事など無い。

 航海や測量の腕も認められているだろうが、この分野に関しては、知識はともかく、経験や実績に優れる士官や技師は多い。海洋国家の為、探検航海の経験のある人員も多い。

 彼らを差し置いて勲功あれど、経験と実績の乏しいカイルが士官の一員として参加できる筈がなかった。

 まんまと利用されたことにカイルは腹が立った。


「艦長、どうかご協力をお願いします」


 怒り心頭のカイルにウォリスは頭を下げて頼む。


「……分かったよ」


 そう言ってカイルは島民に振り返った。


「私はカイル・クロフォード、この島で星の動きを見に来た。協力して欲しい。御礼はします」


「神様のご命令でしたら、喜んで全てを捧げます」


 オバリエアは深々と頭を下げて答えた。


「いや、お礼はキチンとします。星の観測に良い場所を見つけたら借りたいのですが、どうすれば良いのですか」


「お任せ下さい。王に命じて土地を渡します」


「だからお礼はキチンとします」


 カイルはオバリエアに言うが、彼女のアルビオン語の理解力が低いのかどうもかみ合わない。隣にいるウォリスはずっと笑っているだけ。

 仕方なく、カイルはウォリスに通訳を命じ、ようやく意図が伝わったようだ。


「しかし、威厳の無い神様ですね」


「神様の演技なんて海軍士官の任務に無い」


 からかうウォリスにカイルは怒りをぶつけた。


「エルフなのですからもう少し傲慢というか、長寿から来る余裕があると思ったのですが」


「僕は生まれてから十数年程度だよ」


「もう少し年がいっていると思いましたが意外と若いんですね」


 伝承によれば、エルフの肉体的な成長は人間に比べて多少遅いと言われている。

 しかしカイルは生まれて一三年と少ししか経っていない。

 転生前の人生のお陰で精神年齢を加算できるが、それでも三八才だ。

 誰よりも人生経験豊富だとは言えない。

 RPGのロールプレイングゲームが得意な人なら神様や魔王の成りきりプレイが出来るかもしれないが、船のゲームオンリーだった航平から転生したカイルには無理な話だ。

 人格力を磨くためにそれらの事にも手を出しておいた方が良かったかと、カイルは後悔した。


「もう少し上手くやれば王侯貴族以上の歓迎が受けられましたのに」


「僕らは任務の為にやって来たんだ」


 囁くウォリスにカイルは釘を刺した。


「さあ神様こちらへ」


 そう言ってオバリエアがカイルの右腕を取り、自分の胸に挟み込んで先導しようとする。


「ちょっ」


 柔らかい感触にカイルは一瞬思考停止しそうになるが、直ぐに覚醒し腕を引き戻そうとする。


「腕を組まなくて良い」


 しかしオバリエアは、放そうとしない。


「神様を案内するのですから、キチンと案内しないと」


「これが案内の仕方なの?」


「はい」


 天真爛漫に答えるオバリエアにカイルは頭痛がした。何と破廉恥な。

 いや、文化の違いか。アルビオンの常識やマナーがこの島で通用する訳でもない。

 かといってアルビオンの文化を押し付ける訳にはいかない。この島にはこの島の文化があり、それは尊重するべきだ。

 現地人との摩擦は極力避けるよう海軍本部からも伝えられており、為すがままにしようとカイルは思った。


「……随分嬉しそうね」


 そんなカイルにレナが声を掛けてきた。

 平易な発音に冷たい、液化天然ガスを思わせる冷たい声だ。


「いや、そういう訳じゃ」


「じゃあ、どうして振りほどかないの?」


「それは失礼に当たると思って」


「初対面の女性の胸が当たっても良いと考えているのエルフは」


「いや、違う。この島の文化とかマナーだとこういうのは普通なんじゃないかな」


 レナとカイルが口論していると横に居たウィルマがカイルの左腕を取って自分の胸、余り膨らみの無い胸に引き寄せた。


「……ウィルマ。何をしているんだ」


「この島のマナーに従って艦長の腕を取っています」


「どうして!」


「上級者の腕を取るのがマナーというのなら、島民達に艦長が我々の上位者である事を示すために従卒の私が腕を取るのが良いと思いました」


「やらなくて良いから、ウィルマとはアルビオン式で良いから」


「しかしアルビオン式では島民達は理解してくれないでしょう」


 冷静で理詰めで放してくるウィルマにカイルはたじろいだ。今まで言われたことしかやらずにいてくれたのだが、ここの所積極的に攻めてくる。

 またステファンあたりが入れ知恵をしたのか、とカイルはいぶかしんだ。


「島民に誤解を与えないよう行動するのも重要です」


「ってあんたがカイルにくっつきたいだけじゃ無いの?」


 青筋を立てながらレナがウィルマに言う。


「士官様に恥をかかせないよう水兵の私がこのような役目を遂げようと思います」


「あんたが触れたいだけでしょう」


「しかし、放したら島民に艦長が上位と認識してくれません」


「カイル、どうするの。腕を掴まれたいだけなの」


「うーん」


 双方の言い分ももっとだ。島民に理解されるように島の文化に従うべきか、あるいはアルビオンのやり方を押し通すか。かいるは異文化交流のジレンマに挟まれてしまった。


「ああ、そんな文化とかこの島にありませんよ」


「え!」


 ウォリスが爆弾発言を投下されて、悩んでいたカイルは驚きの声を上げた。


「そうなのか! じゃあ彼女はどうしてこんな風に腕を絡めてくるんだ」


「人なつっこいんですよ彼女は。私も前に来航したとき彼女は私の身体にベタベタと張り付いて来ました」


 文化と個人の個性は違う。

 奥ゆかしいことが美徳とされる社会でも開放的な人はいるし、逆もまたしかりだ。

 転生前に世界各地を訪れているカイル――航平はよく知っている。

 そして社会のルールでないのなら、それ以外の部分は双方の合意の元で行われるべきだ。


「……あのオバリエアさん。腕を放してくれませんか」


「私の事が嫌いなのですか」


 アルビオン海軍士官としては威厳を守るために彼女を突き放すべきだが、キラキラした瞳で上目遣いに尋ねてこられたら振りほどくことなど出来ない。


「やっぱり、デレデレしているんじゃないの、このエロガキ」


「いや、振り払うのも悪いかと」


「結局、好きなだけでしょう。ウィルマまで侍らせて」


「違う! ウィルマ腕を放して。力を入れないで」


 遂に耐えられずウォリスが爆笑する。

 一方のブーゲンビリア提督はコントのようなカイル達を白い目で見ていた。

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