ブーゲンビリア提督
開闢歴二五九三年五月一日 オタハイト島近海 ラ・ブードゥーズ艦上
「え?」
ブーゲンビリア提督の話にカイルは混乱した。
「待って下さい、ここはアルビオンが先に到達しました」
「君たちは今来たのだろう」
「いいえ、一昨年辺りにミスタ・ウォリスが来航して発見しています。先行権に関してはアルビオンが主張させて貰います」
「しかし、君らは統治せず去ったではないか。我々は領有を宣言する」
新領土を発見しても船団から人数が割けなかったり、遠隔地過ぎるため放置することが多々ある。
結果、日本の空き屋のように放置される領土が多く、大航海時代に入ってからは増加の一途だ。
そのあと他国が入って来て入植される例があるが、後から資源を見つけたり、余裕が出てきたので開拓しようと発見者が再進出してきて先に入植していた国と国際的な紛争になる事も多い。
そこで紛争を解決するために、先に見つけた国に先行権や優先開発権を認める事が慣例になっている。
勿論エウロパ諸国の中の決まり事であり、現地の人々には関係ない。
先に発見した国としか交易、交渉が出来ないので現地の人々には不利益となる。
だが、エウロパ諸国にとっては交易で利益を得るため、あるいは外交的な交渉材料に加えるための重要な権利であり何としても確保しておきたい。
「いいえ発見したのは我々アルビオンです」
アルビオンの国益を守る海軍士官であるカイルも強固に主張しなければならない。
例え相手が尊敬できる偉大な探検家提督でも譲ってはならない。
「それでは、現地の人々がどちらに帰属したいか聞いてみることにしよう」
「え? いやそれは」
「現地の人々と友好的に接しなければならないと思うのだが」
近年は、現地の人々と友好的に接しようというのが国際社会の流れだ。
新大陸に到達したイスパニアの虐殺が余りにも酷く、彼らの人権を守ろうという動きが出てきて各国が結束したからだ。以来、現地の人々との交渉が基本となっていた。
ただ、これは当時のイスパニアの国力が抜きん出ていたため他のエウロパ諸国が牽制のために作り上げた外交手段だ。丁度日本の捕鯨を非難する国際外交と似たような感じだ。
しかも、現地人と交渉し友好関係を結ぶ理由も、植民地化したとき彼らが労働力として使えるからであり、決して人道的な理由では無い。
そして、この考えで都合が悪くなれば、エウロパ諸国は方針を改めるだろう。
馬鹿馬鹿しいと思うが、政府の方針なのでカイルは従わざるを得ない。
「しかし、先行権が我々にある事は認めて貰わなければ」
「君らが先に上陸したのであれば問題無い。それに本当にこの島だったのかね? 間違えて他の島を誤認しているとかは無いかね?」
痛いところを突かれてカイルは黙り込んだ。
測量技術が未熟なこの世界では島の位置を誤認することなど、良くある事だ。
写真も無いため明確に到達したという客観的証拠を揃えられない。
今回ディスカバリーがここまで来ることが出来たのははウォリスの記憶が正しかったとカイルは確信していた。だが、もし現地の人々がウォリスが来たことを忘れていたら、折角の実績も覆ることがある。
真実であっても証拠が無くて認められないのは世の常だ。
簡単に情報交換を認めたのは、この島がそれだけ重要だと言う事だ。
おそらく北方の平和洋では有望な領土を発見できなかった。だが、この島は新たに開発できる可能性がある。
何より周辺海域を探索するための補給基地としての価値があるオタハイト島の先行権はアルビオンが確保しなければならない。
カイルはアルビオン側の最高責任者、全権代理人として交渉しなければならなかった。
「確認の為にも上陸して、彼らと話そう」
結局、ブーゲンビリア提督の話に乗せられて、カイル達はオタハイト島に上陸して現住民の意思と話を聞くことになってしまった。
尊敬する探検家提督に気圧され、強く言い返せず流されてしまった。
こういう所が未熟だな、とカイルは痛感したが、時既に遅し。流されて、行き着く処まで行くしかない。
ブーゲンビリア提督の方がウォリスよりも記憶に新しく、新鮮な記憶の範囲内ではディスカバリーより先着だ。
島の人々がブーゲンビリア提督の方を支持する公算は大きい。
この事で本国が外交上、不利に陥るのは避けなければならないが、どうしようもない。
観測任務を命令されているとはいえ、国益を守ることも士官の任務だ。
どうしようかと考えあぐねているが直ぐに思いつくはずも無く、気が付くとカイルはボートに乗ってオタハイト島に上陸してしまった。
既に島の人々が集まっており人だかりが出来ている。
「海兵前へ!」
あまりに人が多すぎるため規制するべくレナが反射的に海兵を前方に展開させてしまった。
「あまり乱暴にするな!」
島民と小競り合いが起きないかカイルは心配になった。それ以上に、レナが住民を威嚇するような行動を取ったために島民の反感を買わないか心配になる。
これで余計に不利になったと思いカイルは肩を落とす。
「なに、心配することはありませんよ」
同行したウォリスがカイルを安心させるように言う。
「こちらには秘密兵器があるんですから」
「秘密兵器?」
「ええ、島民がひれ伏す、絶対的な切り札がこちらにありますから御安心を」
これまで碌に案内をしなかったウォリスの言葉にカイルは半信半疑だった。
カイルが予定外の航路を取り、彼が周回したコースとは全く違う海域を航行したためだが、ブーゲンビリア島での事もあり信頼感がイマイチだ。
カイルが不信感を向けていることを察したウォリスは更に話しかける。
「どうか信じて下さい。新大陸しか案内できませんでしたが、この島は一度来た場所です。御安心を」
ウォリスはカイルを安心させるように言う。
確かに新大陸での彼の案内は適切だった。一度来た場所に関する記憶は確かだ。
少しは安心したが、海というのは同じ海域でも季節や時期で様相は変わる。
ウォリスが来たときは平穏でも、今は嵐という危険はある。
やはり記を引き締めなければ、と思ってカイルは背筋を伸ばして前に出て行った。
「通訳を頼む」
それだけウォリスに言うとカイルは大声で島民に伝えた。
「私はアルビオン帝国海軍ディスカバリー艦長カイル・クロフォード海尉です」
カイルが大声で言うと、島民は大きく目を見開き固まった。
まずい、エルフが嫌いな島民だったか、とカイルは思った。
これまでのエルフに対する嫌悪が残る地域で育ったために悪い方向に考えてしまう。
だが、彼らの感情はそれまでカイルに会った人々とは全く違う。
何かミスをしてしまったか、とカイルが思っていると彼らは一斉にカイルに向かって跪いた。




