ブーゲンビリア島攻略
開闢歴二五九三年三月二〇日 ブーゲンビリア島近海 ラ・ペルーズ艦上
「ディスカバリーが接近してきました!」
「懲りない連中だ!」
見張りの報告を聞いたラ・ペルーズの艦長は、出帆を命じる。
ここ数日、ディスカバリーは交渉を求めたいと信号旗を上げつつ、島の周囲を回り偵察している。アルビオンは平和洋の拠点になり得るブーゲンビリア島を手に入れる、とラ・ペルーズの乗員達は信じていた。
故にディスカバリーの偵察行動は許しておかず、接近する度にラ・ペルーズを出して追い払っていた。だが、ディスカバリーは相変わらず講和条約は成ったという虚言を弄するのみだ。クロフォードという海尉は伝聞でしか知らないが、ウォリスという探検家と名乗る詐欺師は一昨年の戦争でだまし討ちした卑怯者であり信じられない。
だまし討ちされないよう断固拒否し迎撃するまでだ。
ラ・ペルーズが動き出すと砲台が大砲を放った。
ディスカバリーの周辺に着弾するが砲台の射程ギリギリの所にいるので命中しない。
ここ数日追い払うべく砲撃していたので、ディスカバリーもガリアの大砲の射程を把握しているようで迂闊に近づいてこない。
ならばラ・ペルーズが前に出て追い払うだけだった。
ディスカバリーは風上に居るためにラ・ペルーズが追いつくには時間は掛かったが、大砲の射程内に入ると風下から砲撃を浴びせる。
船は風を受けると風下側に船体が傾く。そのため風上側の甲板は空に向かうように上がり大砲の仰角を上げる事が出来るので射程が伸びる。
遠距離から追い払うには好都合だった。
ディスカバリーは砲台から離れるように北へ向かって航行している。ラ・ペルーズも同航して北に向かいディスカバリーに照準を合わせる。
「撃て!」
狙ってはいるが追い払うのが目的であり、遠距離から撃って威嚇すれば十分だった。
撃たれれば逃げ去るのがディスカバリーの行動であり、今日も同じように逃げるとラ・ペルーズの艦長も乗員も思っていた。
だが、今日は違った。
ディスカバリーは砲撃を躱すと接近してきた。
「接舷戦闘を行う気か!」
ブーゲンビリア島を攻略するにはラ・ペルーズと陸上砲台が邪魔だ。
特に移動できるラ・ペルーズはディスカバリーにとって一番の障害だろう。その排除の為に接近戦を挑んできたのか。
「取舵! 下手回し!」
相手に合わせて接舷戦闘する必要は無い。こちらの方が砲撃力があるし射程も長い。遠くから砲撃して一方的に砲撃すれば良いだけだ。
こちらは連中を撃退するだけ、ディスカバリーの連中は島の攻略。
自分たちラ・ペルーズの方が圧倒的に優勢だとラ・ペルーズの艦長も乗組員も信じていた。
下手回しに回頭して再装填の時間を稼ぐと共にディスカバリーとの距離を保つ。
相手が接近してくるなら、有効弾を放つことが出来る。
下手回しを終え、再び北に向かって針路を変更して、ディスカバリーに右舷を見せる。
「撃て!」
接近したところで砲撃を命じる。
だが、ディスカバリーは素早く左に舵を切り、ラ・ペルーズの艦尾をすり抜けるように逃げて行こうとする。
「よし! 掛かった!」
思い通りの展開に入ったことを確認して、ラ・ペルーズの艦長は勝利を確信した。
ディスカバリーはラ・ペルーズへ接舷戦闘を行おうと接近してきた。しかし接近するには速力を上げすぎてラ・ペルーズより砲台に接近してしまった。
ディスカバリーにとって厄介なのはラ・ペルーズと陸上砲台だ。
勝つためにはこの二つを無効化する必要がある。
取れる手段は上手く位置取りしてラ・ペルーズを盾にしつつ接舷戦闘を行い、ラ・ペルーズを捕獲すること。
そのために猛速力で接近したようだが、突然の砲撃を躱すべく大きく舵を切ったのがディスカバリーの命取りだ。
前に出過ぎて砲台の射程内に入った上に、盾となるラ・ペルーズも脇だ。
あとは陸上の砲台が片付けてくれる。
だが、何時までたっても砲台は火を吹かなかった。
「どうした。何故撃たない」
砲台は十分な装填時間が取れているはず。なのにこの好機を見逃そうとするのかラ・ペルーズの艦長には理解出来なかった。
「まだか」
と言ったときようやく砲台の大砲が火を吹いた。
「遅いぞ」
悪態混じりの喜びを呟くが、直ぐに驚愕に変わった。
砲台から放たれた砲弾がラ・ペルーズの周辺に着弾した。
「どういう事だ!」
敵味方を誤認したのか、とラ・ペルーズの艦長は怒り混じりに味方の砲台を睨み付けるが、直ぐに目を大きく見開く。
砲台に翻っていたのは、ガリアでは無くアルビオン国旗だった。
開闢歴二五九三年三月二〇日 ブーゲンビリア島
「全く、私は海兵隊じゃないと言っているのに」
ディスカバリーとラ・ペルーズが戦闘を繰り広げる前、レナはカイルの命令でブーゲンビリア島へ上陸していた。
断崖絶壁だが、所々上陸可能な場所がある。そこへ夜間の満潮時を狙って上陸した。
断崖絶壁でも通れる通路のような箇所はあり、レナ達はそこを登って崖の上に辿り着いた。
勿論、登りやすいと言っても範囲は狭い上、崖の上も急傾斜でそれを横切るように走るのは難しい。しかも火山性の岩肌でゴツゴツしているため余計に走りにくい。
それでもレナ達は走り続けていた。
全ては砲台を占拠するためだ。
「危険な任務を押し付けてくれるわね」
レナは走りながら、数日前に交わされたカイルとの会話を思い出した。
「ブーゲンビリア島を攻略する」
カイルの決断に一同は驚いた。
「ガリアとアルビオンは交戦状態にありませんよ」
念の為にエドモントが指摘する。
「判っている。だが、ここで補給をしなければこの先危険だ」
「そうですけど。攻略するのは戦闘行為です。ガリアを刺激するなと本国よりの訓令がありますが」
「だが、ブーゲンビリア島の連中は戦争が終わったことを知らない。誤解を解こうにも向こうは聞いてくれない」
「だからといって占領するのはやり過ぎでは」
「勿論交渉は続けるが、向こうが聞く耳を持たないというのであれば、ブーゲンビリア島からの戦闘行為と見なして攻略する」
「ガリアから抗議が来ませんか?」
「そのために被害を最小限に抑えて、制圧する」
「そんな事が出来るの?」
カイルの言葉にレナは疑問を口にした。
「出来るよ。レナと君が率いる海兵隊ならね」
そう言ってカイルは作戦案を示した。
まず、夜中満潮時を狙って砲台の射程外の海岸にボートを出してレナ率いる海兵隊を上陸させる。
夜明け後、海兵隊は砲台に向かって移動を開始。
同時に夜明け頃になってディスカバリーは砲台から発見され、ラ・ペルーズと砲台の注意を引き寄せる囮となる。
そうしてディスカバリーに注意が向いている間にレナ達は砲台の後ろに到達。内部に侵入して砲台の要員に銃を突きつける。
それがカイルの作戦だった。
「失敗したら責め立ててやる」
レナは叫びながら、砲台に向かって部下の海兵隊員一一名とブーゲンビリア島を訪れたことがあり走力に優れた水兵一〇名と共に崖を駆け下りる。
無茶な命令だったが、カイルも囮役となってガリアの連中を引きつけてくれている。しかも今後の航海に支障が無いように無傷で残すために全力を尽くしている。
自分も全力を尽くそうとレナは砲台に向かって飛び込んだ。
結果を述べると、レナの部隊は任務を完遂した。
絶海の孤島で襲撃も無かったためか、砲台の扉は鍵も掛けておらず、砲台の内部へ簡単に入れてしまった。
断崖絶壁が障壁になって誰も入れないと思っていたのか、砲台の内部は不用心だった。
砲台内部に入ったレナ達は各砲門へ移動して、ディスカバリーの動きを注視していた砲員の頭に銃を突きつけて砲撃を停止させる。
そして拘束すると、旗をアルビオン国旗に掲げ直し、装填済みの大砲をラ・ペルーズに向けて放った。
陸上砲台の喪失により勝ち目の無くなったどころか、島の住人を人質に取られたラ・ペルーズは戦意を喪失し、白旗を掲げて降伏を申し込んできた。




