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連絡遅延

 開闢歴二五九三年三月一五日 ブーゲンビリア島近海 ディスカバリー艦上


「面舵一杯!」


 突如ブーゲンビリア島から砲撃されたため、時を移さずカイルは操舵手に回避を命令した。

 幸い遠距離だったため余裕で回避することができ、左舷側の海面に水柱が上がる。

 ホッとするが、油断は出来ない。

 ブーゲンビリア島の砲台には、座礁したガリア軍艦に積まれていた大砲が据え付けられている。

 戦列艦にも搭載される二四ポンド砲クラスであり、ディスカバリーの六ポンド砲では威力も射程も負けている。

 しかも陸上に据え付けられているため、命中率は向こうの方が高い。

 ここは逃げるしか無い。

 だが、そうは問屋が卸さない。

 ブーゲンビリアにはブリック――二二門以下の大砲を搭載した二本マストの艦が一隻配備されている。

 このブリックがディスカバリーに接近してきた。

「応戦しますか?」

 掌帆長のマイルズが尋ねてきた。

「いや、白旗を揚げろ。通信を要請するんだ」

「降伏するの?」

 隣にいたレナが尋ねる。

「バカを言うな。白旗は休戦旗で戦闘を中止して話し合いをしようという合図だ」

 降伏するときは降伏旗といって黒い三角旗を掲げることになってる。

 白旗はその前の交渉を行うときに掲げる。

 この時代は交渉して降伏するか、現状維持か、戦闘再開か話し合うのが普通で出会って直ぐに交戦というのは稀だ。遠距離、二キロ以上離れた相手を攻撃できる兵器が無いという理由もあるが、互いに状況を確認し交戦意志を確かめることが多い。特に小型艦同士の戦いでは尚更だった。

 幸い、相手側はこちらの意図を了解してくれたお陰で話し合いを持つことが出来た。

 ディスカバリーが風上の東側、ガリア艦が風下の西側に位置し、互いに北に向かって航行して数十メートルの距離を保って大声で話す。


「こちらはアルビオン海軍観測艦ディスカバリー。オタハイト島におけるヴィーナス太陽面通過観測のために航行中だ。何故、攻撃を仕掛ける」


「こちらはガリア海軍ブーゲンビリア島守備隊所属ラ・ペルーズ。現在ガリアとアルビオンは一昨年四月二一のアルビオンの宣戦布告以来交戦中だ。騙そうとしてもそうは行かんぞ」


「……はあ?」


 戦争が続いていると言うブーゲンビリアの連中にカイルは口をあんぐりと開けた。


「待て! 戦争は去年の一月三十一日に講和条約が発効したぞ」


「そのような連絡は受けていない! 我々を謀ろうとしてもそうはいかないぞ!」


「どういう事なの?」


 思いがけない展開にレナが尋ねる。カイルは、状況を整理してからラ・ペルーズに尋ねた。


「最後に連絡船がやって来たのは何時だ! その連絡船は何時出帆した!」


「去年の四月に到着した! 連絡船は一昨年九月に本国を出港した」


 その情報でカイルは合点がいった。


「連中、講和条約が結ばれたことを知らないんだ」


 インターネット、携帯や無線などの通信機器は勿論、テレパシーなど魔法による遠距離通信手段の無い、この世界では遠隔地との通信には非常に時間が掛かる。

 特にブーゲンビリア島のような本国から離れた絶海の孤島。これといった特産物のない島に船が寄ることは稀だ。

 何年も連絡の船が来ないという事は結構多い。

 日本でも有名な遣唐使船は毎年出されず、三十年程空いた時期がある。

 日本と中国の間でさえこのような有様なのだから、地球の反対側に近い場所と本国の連絡など容易に察することが出来るだろう。

 そのため現地における情報は限られてしまう。

 今年来るはずの連絡船は、まだ到着していないか、海賊に襲われたり、海獣――シーサーペントやクラーケンに襲われて沈没ししてしまったのだろう。

 彼らが講和条約を知らなかったとしても無理はない。


「さて、戦闘再開といこうか」


「待て! 私はアルビオン海軍のカイル・クロフォード海尉だ。アルビオン海軍の名において昨年一月に講和条約が成立したことを伝える」


「何! カイル・クロフォードだと!」


 カイルの名前を聞いてガリア海軍は激昂した。


「ピク・マルティを奸計によって占領した邪悪なエルフだな!」


「げ!」


 先の戦争でカイルも勿論従軍した。そして、休戦期間があったのだが、戦闘再開が伝わる僅かなタイムラグを使ってガリア領ピク・マルティをだまし討ちに近い形で電撃的に進駐、占領した。

 そのことがブーゲンビリア島にも伝わっていた。


「本国から邪悪なエルフに注意しろと言われているんだ! 騙されないぞ」


「身から出たサビね」


 他人事のようにレナが総括する。


「黙っていて。待つんだ。事情についてはミスタ・ウォリスからも話す」


「ウォリスだと!」


 何故かガリア海軍の士官が更に怒りを増した。


「性懲りもなく、また来やがったか! 返り討ちにしてやる!」


「ま、待て!」


 だが、カイルが止める間もなくガリア艦は発砲しようとして砲門を開き、大砲を押し出してきた。


「取舵!」


 撃たれると思ったカイルは艦を左に回した。次の瞬間ラ・ペルーズは砲撃を行うが、急速回頭したディスカバリーの鼻先を掠めただけだ。

 そのままディスカバリーは旋回を続け、ラ・ペルーズの艦尾スレスレを通過すると、下手回しで南に向かって逃げていった。

 ラ・ペルーズも追撃しようとするが、逃げに入ったディスカバリーに追いつけず、ブーゲンビリア島へ引き返していった。




「さて、どういう事か説明して貰おうか?」


 カイルはウォリス氏を艦長室に連れてきて訪ねた。


「いや、何の事かな」


「惚けるな。ミスタ・ウォリス。前の航海でブーゲンビリア島を占領しようとしたんじゃ無いんですか?」


「何の証拠があって」


「貴方の航海記録を見させて貰いましたが、ブーゲンビリア島近くに寄っているな。実際は戦争期間中に入港したんじゃないのか?」


「……」


 無言のまま目を泳がせるウォリス氏を見てカイルは確信した。


「新大陸イスパニア領において開戦を知った貴方はブーゲンビリアの占領を思いついたのでは? で、ブーゲンビリアを占領すれば名声が上がると思っていたが、途中でバレてほうほうの態で逃げ出した。そうじゃないんですか」


「……ああ、そうだよ」


 探検家だが元海軍士官で名声を求めるウォリス氏だ。新大陸の平和洋側で対ガリア開戦を知って戦果を上げようと功に逸ってブーゲンビリア島を奪取しようとした。


「入港して乗っ取るための準備をしているときにイスパニア領から帰投したガリア船があったんだ。危険だと判断して緊急出港して拿捕を免れた」


 結局のところ攻略に失敗し、ブーゲンビリア島当局の態度が硬くなってしまったのだ。その後は航海を続けるのは危険だと判断して帰国したという訳だ。

 ついでにその船からカイルがピク・マルティを攻略したことが伝わっている。


「……そのことに関しては詳細な報告をお願いします。下がって下さい」


 カイルはウォリスを下がらせると残った士官で今後を話し合うことにした。


「どうするの艦長? 相手は頑なだけど」


 レナがカイルに尋ねてきた。


「無視してこのまま航行する?」


「いや、食料の備蓄が乏しい。ここで何とか補給したい」


 前任主計長が横領してくれたお陰でディスカバリーの食糧事情は悪化している。オタハイト島は豊かで十分に食料が採れるとウォリス氏は言っているが、鵜呑みには出来ない。

 保存できない生鮮食料品が豊富でも意味が無いからだ。


「何としてもブーゲンビリア島で補給したい」


「でもどうやって交渉するの? 向こうは聞く耳を持っていないでしょう」


「それなんだよね」


 向こうは連絡の遅れにより戦争がまだ続いている、と思っている。

 いずれ連絡船が来るだろうが、一日後か一年先か判らないのに待ち続けるのは愚策だ。


「私が町ごと焼き尽くしてあげましょうか」


 姉であるクレアが提案する。可愛く言って冗談のように聞こえるが、フォード島での氷河湖の一件もあるとおり、実行可能だ。


「町を燃やす事は出来るね。けど、それだと僕たちが欲しい食料や索具とかも灰になるよ」


 今回は攻略ではなく補給であり、町ごと燃やしたら意味が無い。そんな事をするなら素通りした方がましだ。

 だが、素通りすると食料が手に入らず飢えることになるし、これまでの航海で傷んだ索具の交換や新しい帆の補充も出来ない。

 ファンタジーの冒険者一行ならば、ほんの数人のみだから食料などは現地調達、あるいは飢えを我慢すれば解決するだろう。だが、カイルが指揮するのは小型とは言え九〇人近い乗員の乗る軍艦だ。

 しかもこれから更に数ヶ月の航海を行うことになる可能性が高い。

 飲まず食わずで船を動かせと命じられれば、流石に再び反乱が起きるし、鎮圧したとしても乗員は数日で飢死か渇死だ。

 様々な状況を鑑みてカイルは決断した。


「ブーゲンビリア島を攻略する」

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