処刑
開闢歴二五九三年一月二五日 ブライアン・フォード島東方近海 ディスカバリー艦上
「気を付け!」
ディスカバリーの甲板にマイルズの声が響いた。
まだ風は強いが先日より弱まり、雲の色も灰ではなく白に近い。
波も比較的穏やかで、乗員が甲板に整列しても急激に体力を消耗することは無い。
これから行われる処刑の立ち会いには最上とは言えないが先日よりはマシな天気だ。
そんな中、正装を着たカイルが甲板に現れた。
全乗員が敬礼してカイルを迎え、カイルも答礼して返した。
「これより海軍刑法第一三条に基づく処刑を行う! 死刑囚を連れてこい!」
カイルの命令でスペンサー、ワッデル、掌帆長、海兵隊長の四人がステファン率いる水兵達に引き出されてきた。
「この者達は反乱を目的として徒党を組み、君らを殺害し艦を乗っ取ろうとした。この重大な背信行為は死刑以外に償えない」
「出鱈目を言うな!」
カイルの声を遮るようにスペンサーが叫ぶ。
「不法に艦長職を獲得し艦を危険に曝したエルフが何を言う!」
マイルズはスペンサーを黙らせようとしたが、カイルが手で制して止めた。寧ろ話しかけた。
「私が不法に艦を奪ったというのか?」
「そうだ! 徒党を組んで身びいきで艦長に就任しただろう」
「私は軍法に定められた規定に従って艦長に就任した。そのような事はない」
「だが貴様に能力が無いのは明らかでは無いか」
「どういう事だ?」
「この航海だ! 期日に間に合わないからと南緯五〇度の海域を東進するなど狂気の沙汰だ。実際、艦は損傷するし漂着するし、死人も出た。貴様が指揮を執らなければ死ななかったはずだ」
「確かにそうだろう」
カイルはあっさりとスペンサーの主張を認めた。
「では、君が指揮を執ったとして上手く行ったのか?」
「……何?」
「現状、私は命令遂行のために最善の行動をしている。対して君が艦長だとしてどのような行動を採れたというのだ」
「私の方が優れている。命令に従って行動すれば良い!」
「ただ命じられた事を実行するだけが士官ではない。ならば艦長など必要ない」
「なに?」
「命令遂行の為に必要な具体的な目標を立て、乗員が行動可能な命令を下すのが士官の役割だ。ただふんぞり返るだけが艦長ではない」
「乗員におもねるのか」
「彼らが実行不可能な命令を下すことこそ艦を危険に曝す。今一度聞く、君はどのような命令を下すのか?」
「海軍本部の命令に従い、オタハイト島へ期日内到達を目指すだ!」
「で、このコースを採るのだ? 具体的な航路は? 日程は?」
「そ、それは部下が考える事で」
「確かに細かい部分は部下が考える。だが、彼らが動きやすい大枠を決めるのは艦長の役割だ。その役割を君は果たせていない。だから君に艦長職を任せる訳にはいかない」
何も船長、何も艦長。大まかな指示だけ出して部下に任せる艦長、船長の事だ。
悪態として使われる事もあるが、最高責任者として乗員の技量と能力に合った航路や時期を選択して任せる人物。その結果、事故も大過もなく、無事に航海を終えられる。
それが最上の艦長と言われる。
転生前に配属された船の船長や、サクリング艦長のような人物でありカイルが目指す艦長像だ。
ただ、これは最上であり他の士官に求めるべきでは無い。だが、何の能力も無い人物に艦長を任せるつもりなどカイルにはない。
「何より君は軍法を遵守するべき士官でありながら反乱を企て実行した。この一点だけでも死刑に値する」
「これは正統な行為だ」
「君にとってはだろう。だが、軍法の解釈は揺らがない。軍法の解釈をまともに出来ない様な士官は必要ない。よって死刑を宣告する。直ちに実行せよ!」
「呪われろ! 忌まわしいエルフが! 貴様には必ず罰が降るぞ!」
言うに事欠いて悪態を吐くスペンサーに縄が掛けられる。
「ハンギング!」
吊すように命じるとロープが引っ張られ、スペンサーはヤードに吊された。
掌帆長、海兵隊長は判決を受容し淡々と縄を掛けられ叫きもせず、吊されていった。
「た、助けて下さい」
狼狽して無様に助命嘆願を求めたのはワッデル主計長だった。
「どうかお助けを。誰か助けてくれ! 無事に私を帰国させてくれれば大金を渡すぞ!」
「今更見苦しいぞ」
「艦長! どうか赦免を! お礼はします!」
「反乱に加わりながら、今更遅い。計画書通りに行動したのに加わっていないなどの主張を受け入れる訳が無いだろう」
「誤解です! スペンサーに脅されて仕方なく行っただけです!」
「もういい! ハンギング!」
「艦おうっ!」
話している途中でロープが引かれワッデルは先の三人の中に加わる事となった。
「……今回の反乱の首謀者達はこれで処罰を終える。だが再び他の誰かが反乱を計画した場合は容赦しない。肝に銘じておけ」
次いで解散をカイルは命じたため、乗員は持ち場に戻っていった。
ただ、カイルは士官全員とマイルズを艦長室に呼び入れた。
「反乱は押さえつけた。だが、処刑したメンバーの大半が上級船員だったため艦の役職に欠員が出ている。これを埋める必要がある」
カイルはそう言って矢継ぎ早に命じた。
「まず、エドモントとレナは海尉に昇進。先任のエドモントが副長となりレナは一等海尉だ。あとエドモントは主計長を、レナは海兵隊長を兼任して貰う」
「待ってよ。昇進できるの?」
「艦長の権限の一つで乗員を臨時に昇進させることが出来る。航海が終わるまでの仮の階級だけど海尉としての権限はあるよ」
更に航海中の功績を記して海軍本部に推薦すれば、正式な階級に認定して貰う事も可能だ。だが、レナはまだ士官としての能力に疑問があるために言わないでおく。
「どうして海兵隊長に」
「海兵隊長が反乱に加わっていたんだ。海兵隊への睨みを利かせる必要がある。その監視を頼む」
「良いけど。私は海軍士官で海兵隊の士官じゃないからね」
不承不承でレナは任命を受け入れた。エドモントの方は、家業での経験があったので心良く承諾してくれた。
「そしてミスタ・ウォリス。貴方を臨時に海尉に任命し、二等海尉を任じます」
「良いのかい?」
「はい、人員が足りません。協力していただきます」
民間人だが元海軍士官であり探検航海に何度も出ている。能力的に問題無いはずだ。
「それとミスタ・アンソン、ミスタ・シーンは海尉心得に任命する。海尉達を補佐してくれ」
『はい』
「それとミスタ・バンクス」
「私に司令官と務めろと」
「いいえ。それはあり得ません。貴方の従者の方々に頼みたいのです」
「彼らに下りろというのか?」
「いいえ違います。彼らを士官候補生に任命して艦の運営に参加させたいのですが」
「我々の従者をかね」
「はい」
荒唐無稽かも知れないが、従者の中には若い者もおり、彼らは科学者達の見習いのような立場であり読み書きや計算が出来る。つまり士官候補生を務める能力はある。
家柄も問題無く、何より帝国学会との連絡役として役に立ってくれるだろう。
「しかしだね」
「観測の支援には彼らの協力が必要ですし、従者が足りなくなってお困りになる場合は水兵に助力するよう命じますのでお願いします」
「……わかった」
「ありがとうございます。マイルズは掌帆長を、ステファンは掌砲長に」
『アイアイ・サー』
こうしてカイルは新たな人事を決めてディスカバリーを再び掌握することに専心した。
「おめでとうございます掌帆長」
「お世辞を言っている暇は無いぞ掌砲長。貴様も部下を持って働かなくちゃならないんだ。忙しくなるぞ」
艦長室を出て、一つ下の甲板に下りて軽口を叩くステファンをマイルズはたしなめた。
「でも、大砲なんて訓練以外で使いませんでしょう?」
「バカを言うな。海賊や原住民の襲撃もあり得る。整備を怠るな」
「けど俺、字が読めませんよ」
「書ける奴に書いて貰え。ウィルマがいいな。艦長の下で字を学んでいる」
「けど掌帆長は試験受けなくちゃならないでしょう。やって大丈夫なんですか」
「お前は学は無くても身体で作業を覚えているだろう。艦長もそこを買っている。下手な肩書きより腕の善し悪しを見ているんだ」
「ウィルマの方が良かったんじゃないんですか? あいつ艦長に心酔していますし」
「……推薦はしたんだがな。いっそ候補生にしようかと艦長は考えていたようだが、何故か水兵のままだ。まあ、航海長補佐兼従卒から離任しなくて良かった、と本人は言っているが」
無表情に喜びの言葉を述べるウィルマの顔を思い出したマイルズは複雑な表情を浮かべた。昇進を喜ばない奴は、別の部署に動かずに済むことを喜ぶ奴は山程見てきたが、あそこまで無表情では本当に喜んでいるのか分からない。
「あー、とんだ昇進だ。碌に酒も飲めねえな」
「……あんまり手癖の悪い事はするなよ。艦長に迷惑が掛かる。酒を飲んでうっかり口も滑らすなよ。今回の事も黙っていろ」
「? どういう事ですか?」
「惚けるな。隠してあったスペンサー海尉の計画書とリストを船倉から持ち出してポケットにこっそり滑り込ませたんだろう」
「え? 掌帆長じゃないんですか?」
「お前じゃ無いのか?」
二人は互いがやったと思って話したが、双方思い違いをしていた事を知り、小声で話す。
「俺も船倉にあると思って探したんですけど。隠せそうな場所にはありませんでしたよ」
「……ウィルマをけしかけてやらせたんじゃ無いだろうな」
「まさか、艦長に厳しく言われているんですよ。それに嗾ける暇も、あいつが盗み出す時間もありませんわ」
「……じゃあ、誰がリストをスペンサーのポケットに入れたんだ」
「自分で忘れたんじゃ」
「流石にスペンサーもそこまでのドジじゃないだろう」
「じゃあ、誰が……」
二人は向き合ったまま、時間が過ぎていった。
開闢歴二五九三年一二月一〇日 ポート・インペリアル海軍軍法会議議場
「そうして君は四人の乗組員を殺害した訳だ」
「いいえ、軍法に基づいた正式な決定です」
悪意あるジャギエルカの見解を即座にカイルは否定した。
「証拠となる計画書及びリストは提出済みです。スペンサー海尉の直筆である事は保管されていた海軍本部の書類で確認可能な筈です。ご確認を」
「それは認めよう。確かに一見海軍刑法第一三条に基づいて処罰を行っているな。だが根本的な疑問もある」
「何でしょう?」
「スペンサー海尉が言うように身びいきで艦長に就任。取り巻きを昇進させたという話だ」
「ご批判には当たりません。彼らを昇進させたのは処刑後の人員不足を解消するためです。身びいきで昇進させるのなら、私が艦長就任直後に昇進させます」
「咎めるスペンサー海尉を殺害してから遠慮無く昇進させたともいえるな。それに人数も多いぞ」
「艦内の掌握には人数が必要と考えました。乗員には何人か欠員が出ていた上、士気も下がっていました。よりきめ細かい運営を行う為に増員いたしました」
「そうか。しかし、まだ疑問がある。君に艦長としての素質、統率力があったのか、そもそも東進を選択したのが正しかったのかという疑問だ」
「……仰る意味が分かりません」
「君の能力不足と判断ミスで艦が困難な状況となり、スペンサー海尉に不満と不安が溜まり反乱へと追い込んだとは考えられないか」
(なるほど、そう来たか)
内心でカイルはジャギエルカの考えを理解した。
反乱の処罰云々では無く、そもそも反乱が起きるような状況へ艦を陥れた無能な艦長ではないかと疑義を呈している。
何らかの事故やヒューマンエラーがあった場合、その原因を追及するのは当然だ。ただ原因を当人に求めるだけでなく、状況や環境、休息は十分に取れていたか、命令に不明瞭な所は無かったか、そもそもヒューマンエラーを起こすような手順ではなかったかどうか検証することが必要だ。
特に航海は心身共に極限状況で行われる事が多く、少し複雑になっただけでもエラーが起こりやすい。エラーを起こりにくくするために環境や状況を改善するのは当然のことだ。
カイルが気に入らないのは、そのような有効な手立てを自分を貶めるために使われる事だ。
真相究明、再発防止なら自分に不名誉な事でも喜んで正直に証言するが、揚げ足をとり罵るためだけに行うのは腹が立つ。
それならばカイルも防衛手段を取らせて貰う。
「確かに彼を追い立てた責任の一端はあるでしょう」
「自分の罪を認めるのかね」
「しかし、航海の遅延や変更は日常茶飯事です。アクシデントの発生も当然あります。その上で勤務することが士官には求められます。兵達を指揮し模範となるべき士官が、不安や不満を持ったとしても反乱を行うのは海軍士官としてあるまじき行為です。処罰するのは当然です」
「その反乱は君の無茶な航海計画の為ではないか」
「しかし、任務遂行上必要なものでした。他に成功する方法があったというのですか? 何より反乱を許すというのですか?」
カイルに尋ねられてジャギエルカは黙り込んだ。
確かにカイルの航海計画以外に任務を達成できるものはない。何よりカイルは任務を完遂させていた。
探検航海において反乱は付きものであり、それを実行前に制圧できたのは寧ろ立派な方だ。反乱により船が失われたり、海賊化した例の方が多い。
そのことを考えるとカイルの行動は上等の部類に入る。
風向きが悪くなった、と感じたジャギエルカは話を変えた。
「本件は以上にしよう。次に君が勝手に行ったガリア領ブーゲンビリア島での戦闘及び占領行為について答えて貰おう」




