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判決

 開闢歴二五九三年一月二四日 ブライアン・フォード島東方近海 ディスカバリー艦上


「さて、必要な証言は得られたと思う」


 軍法会議の議長となったエドモントが纏めた。

 反乱の主要メンバー四人の証言と、必要と思われる他の下士官兵、主に海兵隊員から彼らの行動を確認する為の証言だ。


「彼らが反乱を計画していたのは明白だ。証拠も証言も揃っている。海軍刑法第一三条を適用するのに十分な根拠だと思うが?」


 アルビオン帝国海軍刑法第一三条。アルビオン帝国海軍の誰かが反乱の徒党を結成し、または結成しようとした場合には、この者は軍法会議の決定により死刑に処せられる。

 この条文が適用されるか否かが彼らが集められた理由だった。


「十分に適用できると思うが」


「でも反乱は実行されなかった」


 レナは反対した。犯行が実行された訳では無く計画段階だったことに懸念を伝える。


「過剰な処分にならない?」


「計画した時点で適用条件に当てはまる。それに計画は動き出しており、艦長を引き留めるためにワッデル主計長が動いていた。犯行が始まったと見て良い」


「けど、実行されていないのに死刑は」


 殺人と殺人未遂で刑が違うように今回の事件も反乱が実行される前に制圧されたので減刑すべきでは無いかとレナは言った。


「だが、反乱が行われれば銃撃戦となり艦が損傷した。実行前に制圧できたのは僥倖だった。仮に彼らの反乱が成功していれば拘束される、あるいは殺害されたのは俺たちだったんだ。そのような連中を減刑するべきか? それに実行できなかったのは我々が阻止したからだ」


 エドモントに言われてレナは気が付いた。

 確かに反乱で戦闘が行われた訳ではないが、一歩間違えればここに居る四人と艦長のカイルが殺害されていた恐れが大きい。殺害されなくても士官の権限を剥奪され拘束されていたのは確実だ。


「拘束されたとしても、その後何らかの理由を付けられて死刑、事実上の私刑による殺害が行われた危険もある。厳しい航海になっているからな。罪人を監禁しているだけの食料が無いという理由で殺されていたかもしれない」


 他人に自分の生殺与奪の権利を与えるのは危険だ。気まぐれに殺される危険が高い。

 いや、スペンサーの場合、自分が正しいと思っている。先ほどの証言のように他人から見れば暴挙でもスペンサーが正しいと判断すれば、躊躇無く殺人さえ行うだろう。


「俺たちは、間一髪の所で助かったんだ。そして躊躇無く艦内で反乱を行い、殺害まで計画する人間と過ごすことは出来るか? 軍法もそうだが、俺たちも一緒に過ごすことが出来るか」


「でも」


「仮に死刑を回避して拘束のみにしたとしよう。再び反乱を計画しないと保証できるか。それが成功しないと保証できるか?」


「禁固室の奥に入れておけば」


「食事の用意や清掃、検査、監視に人手を付けることになる。そのとき乗員は接触して感化される危険がある。今はともかく、余剰の人員を割く余裕は今後少なくなるだろう」


 戦闘の可能性もあるし、事故で人員を失うのは当然、という航海事情だ。幸いディスカバリーでの壊血病患者は少ないが、甲板作業の事故は防ぎようが無いのが現実だ。


「それでも」


「それでも死刑を回避して禁固にしたら他の乗員への影響はどうだろう。法定では死刑に処すとありながら禁固のみに許した場合、他の乗員が反乱を企てないと保証できるか? 反乱を起こして成功すればこの艦を頂ける。失敗しても禁固刑で済む。命を失う危険は無いと知れば実行のハードルは低くなり、他の乗員はこぞって反乱を計画するだろう」


「成功してもアルビオン帝国海軍が許すはずなど無いでしょう。数ヶ月ならともかく、何年も逃亡を続けられる訳がないでしょう」


「ああ、レナの言うとおりだ。だが、実行者はそこまで長期的な考えを持っている訳が無い。スペンサーも帰国後、自分の行為が上層部に反乱と認識されるか実力行使と認識されるか判断が付いていなかった。他の下士官兵はそこまで考えていないだろう。そして、反乱が実行されれば我々は確実に殺害される。今後起こるスペンサーとそれ以外の反乱から身を守れるか?」


 法は書くだけでは意味が無い。書いてある内容を実行してこそ有効となる。

 もし実行されなければ法は有名無実と化して誰も守らなくなるだろう。

 エドモントはそれを危惧し、敢えてレナの言葉を否定していた。


「確かに同じ艦の乗員に死刑を言い渡すのは心苦しい。だが、今後の為にも、軍法を維持するためにも必要だ。判決に関しては私情では無く、証拠と証言により客観的に見ている。俺の心に殺人衝動がある事を否定はしないが、死刑に処すべきだと俺は思う」


「……分かったわ」


 エドモントの言葉にレナはようやく納得した。


「では、改めて確認する。今回の会議で彼らを死刑に処すべきだと判断する者は?」


 エドモントの言葉に他の三人はユックリと手を上げた。




「以上、軍法会議での結論を提出いたします」


 一時間後、艦長室にやって来たエドモントは軍法会議の結論を伝えた。

 死刑にすべき、という結論が出た後も、他に死刑にすべき者は居ないか、他の処罰を行うべき人間はいないかと審議を行っていた。

 結局、実行前のだったため主要メンバー以外は行動に拘わっていないこと。

 更に乗員への動揺を抑えるために、この四人の処刑以外、処罰は行わない事を決定し、結論を纏めて書類にしていた。

 その書類がカイルに提出された。


「ありがとう」


 カイルは結論の書かれた書類に目を通した。


「四人の死刑で良いのか?」


「はい、軍法に照らし合わせても死刑が妥当というのが結論です」


「了解した」


 エドモント達が決定した内容に関してはカイルも同様の結論に達しており、疑義を呈することは無かった。

 軍法に照らし合わせてもスペンサーが行った事は反乱に該当するし、情状酌量の余地はない。既にカイルは反乱事件鎮圧した時点で彼らの処分を死刑と決めていた。

 自分もそうだが、仲間であるエドモントやレナ、ウィリアム、カーク、マイルズ、ステファン、ウィルマの殺害を計画していたことに怒りを感じた。

 十分に死刑に値する行為だ。

 軍法会議のを開催したのは軍法に従った所定の手続きに過ぎない。

 しかし、これを行わなければスペンサーのように身勝手な実力行使となってしまう。

 手続きを確実に実行して合法的に行動しなければ。

 転生前も法規に関する講習は受けている。

 船員しか乗っていない船の上は所属国の法律が適用され遵守することが求められる。だが狭い船内に警官や検察官が常時乗り込むことは出来ない。そのため最高責任者である船長には司法警察権が付与されており、執行するために必要な訓練を商船士官は受けている。

 航平も船長から権限を移譲されたときや、執行のための補助、補佐を行う為に研修は受けている。

 転生してからも法規遵守のための研究はしている。特にごろつきの多い軍艦や船では必要な能力なので勉強した。

 そして実行しなければ危険なことも理解している。規律が乱れたら艦の統率など不可能だ。


「宜しい。明朝、処刑を実行する」


 だからこそカイルは決断し、処刑命令を下した。

 執行時には当直を除く全乗員を集めて実行する。

 ただ、海兵隊長を処刑するため警備に海兵隊員は使わず、全士官とマイルズが選抜した水兵のみする。

 そのような配慮を含めた命令を下し、準備を進めさせる。

 そして艦内に処刑が公表されると、若干の動揺が走った。

 帝国学会のバンクス氏は血生臭い事に憂慮を示し、あるいは自己顕示欲、自分を良く見せようと言う考えから、死刑回避の嘆願状を提出してきた。


「艦内のことであり、艦の事に関しては全て私の権限の内にあります。口出しはご無用に願いたい」


 カイルは断固とした口調でバンクス氏の嘆願を撥ね除け、翌日の処刑に臨んだ。

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