取り調べ
開闢歴二五九三年一月二四日 ブライアン・フォード島東方近海 ディスカバリー艦上
「失礼します」
幽霊のような低い声と共にウィルマが艦長室に入って来た。
音はしなかった。少し開けたドアから音もなく入り込む姿は幽霊のそれだ。
その瞬間カイルは不気味さを感じ、次いで許可無く入ったことを叱責しようかと思った。
だが普段ウィルマがそのような無作法をしない事は知っているので、余程の緊急事態と思い、話を聞くことにした。
「何があった?」
「反乱が行われようとしています」
ウィルマの言葉にカイルは一瞬耳を疑ったが、彼女が冗談の一つさえ話した事も無いことを思い出し、改めて尋ねた。
「何処で誰が起こそうというのだ?」
「スペンサー海尉が船倉でワッデル主計長、海兵隊長、掌帆長と話しているところを見つけ、内容を聞きました。ダリンプル博士に船倉内にある機材を取りに行くよう依頼されて行ったら彼らが密談しているのを発見しました」
「彼らが反乱の計画を立てていたのか?」
「はい」
「……どのような計画だ」
ウィルマはスペンサーが話した一部始終を語った。
半信半疑だったカイルも、具体的で聞き間違いようのない話に本当の事だと思った。
「本当なのか?」
「間違いありません。計画書と参加者リスト、拘束者リストを作成していました。持っているのはミスタ・スペンサーですが、他の三人が先に出てきたため何処に隠したかは不明です」
ウィルマが嘘を吐いているようには見えない。だが本当だとしてどのように処罰すれば良いかカイルは迷った。
「直ちに処罰するべきでしょう。四人の頭を撃ち抜くべきです」
ウィルマが過激な事を言う。
カイルは思わず首を縦に振りそうになったが止める。
どうするべきか頭の中で組み立てる。
「失礼します艦長」
その時、外にいた警備の海兵隊員が話しかけてきた。
「どうした?」
ウィルマは腰のナイフを握りしめ、カイルは机の引き出しの拳銃に手を掛けて備える。
「ワッデル主計長が話したいことがあるのでお時間をいただけないかという事です」
「今すぐか?」
「いいえ、八点鐘でお願いしたいとの事です。お時間があるか確認したいと」
「……わかった。待っていると伝えろ」
計画書にある通りの行動が取られていることにカイルは驚くと共に事実だと確信した。
握った拳銃を放したとき七点鐘が鳴った。
当直交代は八点鐘。あと三〇分程で当直交代、反乱実行の合図となる。
時間が無いためカイルは即座に決断した。
「レナ、いやミス・タウンゼントとマイルズにミスタ・スペンサーを艦長室に連れてくるように命令するんだ。艦長室でスペンサーを取り調べる。二人に話すのはスペンサーを艦長室に連れてくることだけにして、反乱ついては話すな」
「アイアイ・サー」
カイルの命令にウィルマは従った。
反乱の言葉がカイルの頭の中を占めている。そんな馬鹿なと思いたいが、リーダーが誰であっても起きかねないのがこの時代の船の中だ。
実際マゼランやコロンブスは不満が高まった乗員による反乱で命の危険に晒された。
反乱を起こそうというのなら断固として対処しなければならない。
しかし冤罪は忌ましむべきだ。
本人から聞いて、確認しなければ。
数分後、非直にもかかわらず寝ているところをたたき起こされたレナと当直中だったマイルズそしてステファンがスペンサーを連れてきた。
「何でしょうか艦長」
無理矢理連れてこられて不満げにスペンサーが尋ねてくる。
「君が反乱を企てている。そんな話が流れているので確認の為に呼んだ」
反乱という言葉にレナもマイルズも驚いた。勿論スペンサーも驚き、首筋に冷や汗を流したが直ぐに表情を切り替えて尋ね返す。
「どういう意味か分かりませんな」
「君が反乱計画を複数の人間と密談していたと言う者がいる。それは本当か。君は反乱の相談をしていたのか?」
「私が何処で誰と話していたというのですか? 証拠はあるのですか?」
「反乱の計画書と拘束者リストを持っているはずだ。次の当直交代時に海兵隊が非常呼集訓練を行い直後に私を拘束するという計画だ。この部屋に居るメンバーも拘束ないし殺害するという計画のね」
落ち着いた口調でカイルは話すが、呼び出されたレナとマイルズ、そしてステファンは驚きの表情を見せた。
「済まないが調べさせてもらう」
「どうぞ。私は誓って潔白です」
スペンサーは背筋を伸ばして胸を張り断言した。
カイルは、レナとマイルズにスペンサーの部屋および船倉を調べるように命じ、艦長室から離れていった。
「おっと」
その時、艦長室の前にいたダリンプル博士とカイルは接触してしまった。
「失礼。ウィルマさんに頼んだ品がどうなったか知りたくて来たのですが」
「申し訳ありませんがダリンプル博士。今は他の事に付いて立て込んでおりまして失礼します」
「あ、ちょっと待って下さいよ。スペンサー副長も聞いて」
その時艦が揺れ、ダリンプル博士はよろけてスペンサー海尉にぶつかる。
一刻一秒を争う時にこのような事で時間を取られることにカイルは苛ついた。しかし、表情には出さず、ダリンプル博士の用件は後日に回すことにしてスペンサーの部屋に向かう。
館長死去に伴い昇進したカイルに代わって、スペンサー海尉は副長として勤務することとなり個室となっていた。
もっともスペンサーと一緒にいるのを嫌がったカイルが海図室で寝ていたこともあり、前から個室であったとも言えるが。
部屋の中は他の海軍士官より荷物が少し多かった。ハンモックに衣服箱だが、他にも個人の品物を入れるための箱が二つ程置いてあった。
「マイルズ、所持品検査を頼む」
「アイアイ・サー」
「下士官に士官の荷物を調べさせるのですか!」
「検査を命じるのは艦長である私だ。私の命令に従え」
「不愉快です。侮辱です。厳重に抗議します!」
「何でもしたまえ。帰国したら軍法会議に訴えるんだな。何なら決闘してもよい。だが今は艦長である私の命令には従え。検査を始めろ」
抗議するスペンサーに、カイルは強い口調で言い渡すとマイルズに実行させた。
「おい、何をするんだ!」
思わずスペンサーが声を上げる程、マイルズの検査は徹底していた。ハンモックの隅々を確認し、固定用の棒が空洞になっていないかを確認してから衣類箱の中身を一つ一つ出して行く。衣類の縫い目に隠されていないか下着を含めて確認。中身が空になれば、箱自体に仕掛けが無いか確認する。それが終わると私物箱に移り、ワインの中や本の中、表紙も確認する。箱が終われば個室自体も確認、仕切り板に細工が施されていないか梁の上に隠されていないか確認する。
「……ありません。艦長」
「……」
マイルズの報告にカイルは安堵とも不安とも言えない表情になった。ウィルマの言う事は真実だろう。だが、証拠となるリストが現れないとなると副長は無実であり処罰できない。
強権を発動して拘束処罰することも出来るが、帰国後に不当拘束の廉で軍法会議もあり得る。エルフという事や最年少の士官と言うことで反感を受けているカイルだ。きっと温情も無く軍法通り処罰される。
「失礼します」
時を同じくしてレナが戻って来た。
ステファンとウィルマと共に船倉の捜索を行っていた。
「どうだった?」
「船倉の中では何も発見できませんでした」
カイルが尋ねるがレナは済まなさそうに答えるだけだ。同時にガセでは無いかと不審の目でカイルを見ている。
スペンサーの性格からして見つかると不味いリストや計画書は肌身に持たず、何処かに隠していると思った。少々、自信過剰だが、自分への被害を最小限に抑える術に長けるスペンサーの事なので発覚したときに自分は関係ないと言い張るはず。
船倉か個室に隠していると思った。
他の場所に隠したのだろうか。あり得ない場所に
「間もなく八点鐘ですね。当直ですので失礼いたします」
「待て! スペンサー海尉」
立ち去ろうとするスペンサーをカイルは引き留めた。
「ミスター・スペンサー。君の身体検査がまだだ。この場で調べさせて貰う」
「は?」
いきなりのカイルの言葉にスペンサーは露骨に厭な顔をした。
「何でここまで辱めを受けなければならないのですか。反乱の嫌疑を掛けられ、部屋を荒らされた上に身体検査ですか?」
「君に疑いが掛かっている以上、調べなければならない。協力し給え」
「あー分かりましたよ。しかし、厳重に抗議させていただきます」
だが嫌々言いながらもスペンサーは最後には腕を上げて検査を受けた。
「ステファン、調べるんだ」
予め異性のレナとウィルマを外に出して配慮する。最悪の場合裸になるまで調べる、とカイルは決めていた。
だが、拍子抜けする程簡単に終わった。
「ズボンのポケットに何らかの紙があります」
そう言ってステファンは折りたたまれた数枚の紙を出した。
開いて見ると、カイルが言った通りの反乱計画の計画書と、拘束者リスト、協力者リストだった。
「馬鹿な。船倉に隠していたはずなのにどうして」
驚きのあまり、口を滑らせたスペンサーだった。だが既に遅く、証拠となる計画書とリストが出てきたからには言い訳も出来なかった。
「スペンサー海尉。君を反乱予備、扇動などの容疑で拘束させて貰う」
カイルがスペンサー海尉に宣言したとき八点鐘が鳴った。




