謀議
開闢歴二五九三年一月二四日 ブライアン・フォード島東方近海 ディスカバリー艦上
紆余曲折あってブライアン・フォード島と名付けられた島から、カイル率いるディスカバリーは脱出を果たし、再び狂う五〇度を航行してた。
多少なりとも休息が取れたため、乗員の士気は高かった。
先日のように絶え間ない風と波によって船は揺れたが、前程辛くは無い。
一度経験している事と、休息が取れた事によるストレス軽減が主な理由だろう。
転生前のカイルも航海士時代、こまめに休息を採るように船長達から言われて休んでいた。
疲れて思考停止状態になっても、一寸した仮眠を採っただけで元気が出てくる。
体調が悪い中、長時間作業をするよりも、完全休養してからの作業の方が効率も良く出来も良い。
船上も同じで、温かい食事を食べられた上に、揺れの少ない島の近海で休めたのが良かった。
再びの辛い艦上生活に戻ったが、体力回復したため、乗員達は元気に任務を遂行していた。
だが、不満を持つ人間は何処にでもいる。
ディスカバリーの船倉には鍵の付いた区画がある。
オタハイト島到着時に観測に使用される機材など、帝国学会が持ち込んだ物を入れておくための区画だ。
他にも船倉はあるが、ここは基本的に上陸時にしか開けないため、普段は機材の確認以外に人が入ってくることはない。
だが、そこに入って行く人物がいた。
「こんな所に呼び出してどうしたのですか? ミスタ・スペンサー」
呼び出された主計長のワッデルは既に船倉に入っていたスペンサー海尉に尋ねた。
「この状況を正そうと思っている」
「この状況?」
「艦長の資格の無いエルフから艦を取り戻すのだ」
スペンサー海尉が言っていることの意味に気が付いたワッデルは一瞬言葉を喪った。しかし直ぐに震える声で問いただした。
「……反乱を起こそうというのですか?」
「反乱では無い。不当に決められた違法行為を正すだけだ」
「しかし、既に士官会議でクロフォード艦長が正式に就任すると決まったのでは?」
「取り巻き共が勝手に決めたことだ。正式なものではない。艦長と偽っているに過ぎない」
「ですが艦長解任を認めるでしょうか? 先の会議の時も本人は拒絶していましたし」
「認めないのなら強制的に排除するまでだ」
「しかし連中は荒事に長けていますよ」
海軍所属の軍人でも実戦経験のある者と無い者はいる。実戦経験のある者の方が強いことは自明の理だ。
カイル達はマグリブの海賊退治からガリア戦争とここ二年連戦を重ねており、実戦経験は豊富だった。
「大丈夫だ。味方はいる」
言葉が終わらないうちに、新たに二人入って来た。
「ご苦労、フィルビー海兵隊長、掌帆長。周囲の様子は?」
「人の気配はありません。大丈夫です」
海兵隊のフィルビー軍曹がスペンサー海尉に報告する。
「どういう事です」
事情を飲み込めないワッデル主計長が尋ねた。
「海兵隊を動員してエルフとその取り巻き共を拘束する。その後、我々が任務を遂行する」
「それは反乱を行うという事ですか?」
「違う。艦長資格の無い者から艦長を取り戻す。違法状態を回復するだけだ。正統な軍務であり、違法状態を解除するだけだ」
「だ、大丈夫なのですか?」
確かに現艦長の就任自体を違法状態と断言すれば良いだろう。しかし、カイルの取り巻きとされるホーキング海尉やタウンゼント海尉は曲がりなりにもアルビオン帝国海軍が認めた士官である。その権限は有効であり種族や経歴は関係ない。よしんばこの艦の上でスペンサー海尉の主張を押し通しても、帰国後軍法会議からどのような処罰を受けるか。スペンサー海尉側が反乱側とされ処罰されるリスクもある。
そう考えたワッデルはスペンサーの反乱計画に参加する事を躊躇した。
「では、主計長はこのまま認めるのか。あのエルフが艦長だと」
「いや、そういう訳では……」
問いかけられてワッデルは歯切れ悪く答える。そこへスペンサーが更に囁く。
「この前の島で解っただろう。このままでは我々は、あのエルフの為に艦と共に命を失う恐れがあるのだぞ」
「それは、そうですが」
「このままの状況を野放しにして良いのか」
スペンサーの言葉にワッデルは今までの事を思い出した。
東回りを宣言してからここ数週間、波と風が絶え間なく襲い、一瞬たりとも気を緩ませる事が出来ない。島があっても嵐によって艦は破損し、危うく漂流しかけた。何とか島に到着出来たが、あのエルフの姉とかいう魔術師のために洪水に出会い、いらぬ損害を受けた上に再び嵐に巻き込まれた。
このままでは命が幾らあっても足りない。
「しかも君の職権をも犯そうとしている。船倉の点検を行うとか言っているぞ、あのエルフは」
「船倉をですか」
艦内は各責任者が担当する区画があり、互いにその区域を犯すことは許されない。
船倉は主計長の担当であり、決して他人には触れさせない。
一応艦長は艦内を調べる権限があり、カイルも承知していたが、今まで他になすべき事があり、そちらを優先していたためにカイル自身による船倉の確認が遅れていた。
ワッデルがこまめに報告してきていたため緊急性が低かったこともあるが、引き継ぎや状況確認が優先され、島からの脱出が果たされたため、ようやく時間が取れて後回しにしていた船倉の確認に入ろうとしていた。
「分かりました。協力しましょう」
しかしワッデルはそれを重大な職権侵害と見なし、スペンサーへの協力を申し出た。
「で、具体的計画は?」
「次の当直交代時に海兵隊の非常呼集訓練を行う。これは海兵隊長の権限で行えるので問題無い。海兵隊員と私や掌帆長の部下など参加者全員に武装させた後、艦長室に行き、エルフを拘束する。抵抗すれば即時射殺だ。残りの取り巻きは掌帆長が部下と共に拘束する。抵抗すれば射殺だ」
抵抗すれば射殺、といっているが、スペンサーが抵抗と思う行動をとれば、少し動いただけでも射殺することは明白だった。だがその異常性をワッデルは指摘しないし、潜在的な敵を生かしておく理由も無い。
「私は何を?」
「当直交代時、物資の在庫確認とか言って艦長室に行き、エルフを艦長室で足止めしていてくれ。そして入って来た海兵隊に引き渡すんだ」
「制圧、いや彼らを捕らえた後はどうするのですか?」
「決まっている。任務を遂行する。不可能であれば本国に引き返し、連中を軍法会議に送り込んで裁く」
「上手く行くのでしょうか?」
「軍法上、あのエルフに艦長の資格は無い。取り巻き共が乗員達を丸め込んでいるだけだ。そうだろう掌帆長」
「これまでの航海で水兵の中には不満を溜め込んでいる者もおります。帰国できるとなれば我々に付いてくる者は多いでしょう」
「そうだな。だが我々はあくまで海軍軍人であり軍法に従う立場だ。命令を受けたからには実行しなければならない。これはそのための実力行使であり、その後も軍法に服する。それを忘れるな」
「はっ! 済みません」
スペンサーの言葉に掌帆長は非礼を詫びた。
「よし、では紙に纏めておこう」
そう言ってスペンサーはこれまでの計画を紙に書いて確認した。
「拘束者名簿を作り、リストにそって処断する」
「拘束するのは誰にしますか?」
「エルフは当然捕まえる。海尉心得と士官候補生も全員。勿論、魔術師と取り巻きである下士官のマイルズ、水兵のステファンもだ。こいつらは殺しても構わないだろう」
「水兵は?」
「烏合の衆だ。頭が居なくなれば正統な指揮官である私の指揮に服するだろう。主要メンバーの拘束ないし射殺で済ませる」
「帝国学会の方々は?」
「彼らは帝国海軍が受け入れた方々だ。手出しはしない。だが身の安全は守らなければならないな。主要メンバー拘束後、海兵隊で警護する」
その後主計長やコックなど、味方および引き入れるべきメンバーをスペンサーは書き記す。
「このリストは私が持っている。次の当直交代までに準備を整えておくんだ」
『はい』
スペンサーの言葉に残りの三人は強く頷いた。




