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封緘命令書

 開闢歴二五九三年一月六日 ストロン諸島


 封緘命令書についての説明を受けたことのあるカークは、息を呑んだ。

 指定期日まで開けてはならない命令書。それが目の前にあることにカークは緊張した。

 無闇に開ければ、軍法会議もあり得る代物だ。

 それをカイルは躊躇無く開けた。


「! 何をしているんです!」


 封緘命令書の封蝋を開けて中身を取り出すカイル。驚いたカークは大きな声を出してしまった。


「命令書の内容を確認する」


「しかし、開封は観測任務終了時に行うよう命令されています」


「その時点で遂行可能かどうか現状では不明だ。命令を遂行するには準備が必要なんだ」


 船はそれ自体が自立した生命圏であり、独立行動が可能だ。

 だが、艦内の食料や艤装の状況、海象などで可能な行動は大きく変わる。

 もし観測終了時点で書かれている命令書が遂行不可能な場合、実行できない。だが予め内容を知っていれば、今から準備を始め、実行できるように準備出来るかもしれない。

 艦を命令遂行可能な状況に保つため、準備だけはしておこうとして、会えてカイルは命令書を開封して内容を読んだ。


極秘


発 海軍本部第一海軍卿 宛 アルビオン帝国海軍観測艦ディスカバリー艦長


 従来知られていなかった国土を発見し、かつて発見されるも十分に調査が行われなかった遠隔地について調査することは、アルビオンの海上優勢を拡大する為には必要不可欠な行為である。

 かねてよりウォリス氏を初めとする科学者及び冒険者が主張する南方大陸が南半球に存在し見いだされる、と言う主張には一理あると海軍本部及びアルビオン帝国は見ている。

 従って、貴官は皇帝陛下のご希望によりヴィーナス観測任務終了後、直ちに出帆し以下の命令を実行せよ。

 未知なる大陸発見のため、同大陸発見せざる限り南緯四〇度まで南下。

 同大陸を発見できず、陸地の兆候もなき場合、南緯三〇度から四〇度までの間をタスマンによって発見されたアオテアロアまで西進せよ。

 南進、西進いずれの場合を問わず、同大陸を発見した場合、可能な限り正確な位置を計測し広範囲に渡って測量し磁気偏差、岬の位置と高さ、海流の方向と強さ、風の方向と強さなどを調査せよ。同時に地理、植物、動物、鉱物等を調査し記録せよ。特に食用可能と思われる動植物および飲用可能な水に関しては綿密に調査し、生息範囲と量を報告せよ。原住民がいた場合、出来る限り友好的に接し特質、気質、思考、人数について調査し交易可能か調べよ。

 また可能であれば貴官は原住民との同意に基づき土地の好都合な場所をアルビオン帝国皇帝の名において宣言せよ。土地が無人の場合、皇帝陛下の名において領有を宣言し最初の発見者として適切な標識と碑文を立てられたし。

 もし、新大陸を発見できなかった場合、アオテアロアを注意深く調査し、艦の状態、乗員の健康、食料の状況が許す限り沿岸部を出来る限り探索せよ。食料に関しては常に既知の港に達することが出来る様、留意し港に至るや帝国本土に帰還するまでに必要な食料を確保出来るよう配慮せよ。

 また、航海の途上、エウロパ諸国において知られていない島々を発見した場合、皇帝陛下の名において領有を宣言し、その位置を正確に測量し記録せよ。しかし、南方大陸の発見という大目的から外れてはならならず、注意されたし。

 しかしながら、この種の航海においては予想せざる緊急事態が発生する可能性があり、それに対して細かい命令を下すことが出来ない。そのような場合には士官達と協議の上、与えられた任務に最も利益あると判断する道を選ばれたし。

 貴官は適切な輸送方法により、ヴィーナス通過に関する全記録の写しを帝国学会に送付されたし。また同時に貴官の行動記録、測量と製作する画像の写しを我々のため海軍本部へ送付されたし。

 本土帰還の際、艦長は直ちに本部へ出頭。貴官の航海の全行程における貴官の行動の前報告書を提出せよ。そして離船に際して、士官及び下士官が航海日誌と日記を記録していた場合、それらを提出させ、我々の検閲のために封印せよ。また、士官、下士官および全乗員に、許可あるまでは、航海先に関して口外しないよう命令を下されたし。


第一海軍卿 ブライアン・フォード


 要約すると、ヴィーナス観測後、未発見の大陸を捜索せよ。その過程で発見された島や陸地は出来る限り領有した上で測量せよ。原住民がいたら友好的に接して出来れば好条件な土地を領有するように。あと、観測記録はアルビオンへ写しを送るように。帰国したら航海の全記録の報告書を提出せよ。ただし、外国に知られないように士官と下士官が私的な記録をしていたら海軍本部が検閲する為に封印しておくように。また乗員が口外しないようにしなさい。

 最後の一文はアルビオンの微妙な外交状況を考えれば、勢力拡大と捉えられるような行動を取ると包囲網が更に強化されるので防ぎたいのだから仕方ない。


「やたらと身勝手な事ばかり言ってくれる」


 好奇心に負けて文面を読んでしまったカークが肩を竦めて答える。

 ヴィーナス観測だけでこれだけ苦労しているのに、追加で新大陸の発見など無理難題も良いところだ。


「やり甲斐のある任務だね」


 だがカイルはやる気だった。思わぬ言葉にカークは驚く。


「しかし、難しいのでは? ただでさえ航海計画は遅れていますし、これから東回りに変更になるのですから」


「大丈夫だ。日数はそれほど掛からない。直ぐに着くよ」


 カイルの言葉にカークは半信半疑だったが、この自分より小さく年齢の低いエルフ士官がどれだけ奇跡を起こしてきたかカーク自身の目で見てきている。

 カイルを信頼してカークは尋ねた。


「それでどうするのですか? 捜索に向かうのですか?」


「とりあえずは、予定通りに東回りでオタハイト島へ行きヴィーナスを観測する。その後は、追加命令通り新大陸捜索に向かうよ。ただ、追加命令書の存在は君とエドモント、ウィリアムには伝えておく。ただ封緘命令書の文面は読んでいないことにする」


「それは仕方ないでしょう」


 開封されたことを知られたらいらぬ動揺が走るに違いない。


「ミス・タウンゼントは?」


「レナには伝えない。口が軽すぎる」


 本人は口が堅いと思っているようだが、結構ボロボロと喋っている。教えない方が秘密がバレない。エドモントやウィリアム、カークが三人一緒に死ぬことはまずないだろうから、教えなくても問題無いはず。


「と言う訳で、エドモントとウィリアムを呼んできてくれ」


 こうして、カイルは封緘命令書の事を二人とカークに伝えた後、ディスカバリーの出帆を命令。

 東回りでオタハイト島へ向かうことになった。




 開闢歴二五九三年一二月一〇日 ポート・インペリアル海軍軍法会議議場別室


「さて、君が命令に反して封緘命令書を開封したのは事実か?」


 別室に移ったジャギエルカはカイルに尋ねた。

 先ほどより狭い部屋で傍聴人もいない。極秘の封緘命令書に関しての審問が行われるためだ。

 そのため傍聴人はなしだ。

 そもそも、乗員の大半が封緘命令書に従いディスカバリーの艦内に引き留められており証言も出来ない状況だ。

 それでも傍聴席にはかつて同じ艦に乗艦したクリフォード海尉など何人か知り合いがいて心強かったが、今回ばかりは秘密会議のため傍聴人もいない。

 そのためカイルは一人で戦う事となった。


「封緘命令を開封したのは事実です」


「命令違反ではないかね」


「しかし、必要な事でした。航海には事前の準備が必要です。そのために必要な行為を行っただけです」


「軍法に反してでもか?」


「はい」


 カイルも言ったとおり航海には準備が必要だ。

 食料、艤装の準備、予備の確保など本土から離れたら得られない物が多い。大航海時代と呼ばれているが、エウロパ以外の土地では食料の確保さえ難しい。船の艤装など植民地の港でさえ手に入れられるか怪しい。

 だから予め用意が必要であり、そのためには封緘命令書をあの時開封しておく必要があった。

 別にカイルが特別という訳ではない。他の艦長達もやっていることだ。

 また転生前の世界にも同じような例がある。あの霞ヶ関サリン事件後、サティアン捜索時陸自の第三二普通科連隊へ指示あるまで開封不可の封緘命令書が渡された時の例がそれだ。

 当時の連隊長は開封命令前に開封して内容を確認した。

 捜査を妨害するオウムが駐屯地を襲撃して武器弾薬を奪取する危険性があり、対応部隊を編成せよ、との命令だった。

 上層部は国民感情や反自衛隊勢力の宣伝に利用される事を恐れての対応だったのだろう。だが命令されて直ぐに実行出来るような命令では無く、予め人選を行い対応マニュアルを作らなければ混乱する。

 そのため連隊長は部下から武術に優れた部下を選抜したり、命令があり次第、武装できるように準備していた。

 幸い襲撃は無かったが、予め準備していなければ対応不能だった。

 カイルもディスカバリーで同じ事をしていただけだ。


「少なくとも、その後の航海で追加命令を実行できるよう準備が出来たのは確かです。私は間違ったことはしていないと断言できます。そもそも、封緘命令書の存在さえ前艦長から知らされておりませんでした。内容を確認する必要があると判断し開封しました」


「君の意見はよく分かった。だが、君が命令違反を行った事は記録させて貰う。なお、当件は未だに極秘事項であり一切の口外を禁じる」


「……アイアイ・サー」


 カイルは不承不承に答えた。

 そして厳重に当件に関する箝口令をあたらめて言い伝えられると再び議場に戻ることとなった。


「ダウナー艦長は封緘命令書の内容を知っていたんじゃないのか」


 議場に戻る前、カイルは一言呟いた。

 封緘命令書には士官との協議を行うこととあった。予め、内容を口頭で知らされて開封まで自分が艦長としての権威を維持するために伝えなかったのではないか。

 ならば出航前、命令書を見せず口頭で伝え、封緘命令書の存在を知らせなかったのはそのためではないか。

 だいぶ事件の様相が見えてきたが慎重に行こうとカイルは思った。


「では、次に君が東回りに針路を変更したことについて答えて貰おう」

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