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新大陸にて

 開闢歴二五九二年二月二日 新大陸アルビオン領チャールズタウン


 それはカイルとサクリングが監獄で再会する二年ほど前、開闢歴二五九二年二月頃。カイル達は新大陸にあるアルビオン植民地、チャールズタウンにいた。

 前年から始まったアルビオン帝国とガリア王国との戦争はピク・マルティ沖海戦でのアルビオン帝国側勝利により事実上決着した。

 以降、小競り合いは別として両国の戦いは外交交渉へ移り両軍共に積極的な行動を控えていた。

 当時海佐だったサクリングは、海戦功労者への報償という形で新大陸戦隊の最先任士官として異動した。

 一年間の昇進停止処分を受けていたため提督への昇進は出来なかったが、処分明けには確実に提督に昇進できる。その前に事実上の提督として遇しようというリドリー提督の温情で任命される。

 当時、サクリングの元で部下をしていたカイルも一緒に新大陸戦隊司令部へ異動し司令部のあるチャールズタウンに行きサクリング海佐を手伝っていた。

 年が明けには講和交渉が妥結し戦争の終結が伝えられ一月末日に停戦発効。その旨の連絡が届いたのは先月下旬の事。

 平和が戻った二月のある日、カイルはサクリングから呼び出しを受けた。


「ご用でしょうか?」


 呼び出されたカイルは不安そうに尋ねた。


「安心しろ、君にとって良い話だ」


「はあ」


 心ここにあらずな気のないカイルの返事にサクリングは溜息を吐いた。


「チャレンジャーの事をまだ引きずっているのか」


 新大陸戦隊に移るとカイルはサクリングよりスループ艦の艦長へ任命された。

 サクリングはレナウンの艦長だったが、新大陸戦隊を指揮するにはレナウンでは手狭なので陸上に移すことになった。元戦列艦の大型フリゲートでも命令書や資料などを保管するだけのスペースも事務の人間も乗せきれない。狭い艦上より広い陸上施設の方が効率的だった。

 だがサクリングは艦長を辞める気は無かった。

 しかし遠隔地への連絡や雑用をこなすには多数の艦が必要だった。だが連絡のような細々とした事には四四門艦のレナウンでは大きすぎる。

 だから手足となって動ける小型の軍艦――スループ艦<チャレンジャー>の艦長にカイルを任命した。

 チャレンジャーに与えられた任務は、伝令や物資輸送、海賊退治などの雑用。要するに使いっ走りだが自分の艦を持てたカイルにとっては幸せな一時だった。

 しかし艦長就任から一月後、チャールズタウンに戻って来たときそれは起きた。

 新任、それも最年少でありエルフの海尉艦長のためカイルは目立っており、様々な士官から注目されていた。古参による新人のあら探しのために。

 大過なく勤め上げることは当たり前、上手く航行させないと直ぐに指弾される。

 そのためカイルは完璧に航路上を航行していたのだが、チャールズタウンへの入港中突然チャレンジャーは衝撃と共に停止した。

 理由は座礁だった。

 航路のど真ん中、そこに海図に載っていない数フィート四方の岩礁が突き出ていてそこに船底をぶつけた。

 チャールズタウンは新大陸の拠点として年間数百隻の艦船が出入りしている。だがこれまで航路上で座礁した船は無かった。

 何故なら風や波に流されて航路が少しズレてしまうため、どの船もこの小さな岩礁に座礁せず避けて通過する事が出来ていた。

 だがカイルは愚直に航路上から外れないよう操艦していたため座礁してしまった。

 幸いカイルが適切な処置、岩礁に船を押し付けて破孔を塞ぎ防水処置を行ってから離礁させたので<チャレンジャー>は沈没せずに済んだ。

 だが艦を損傷させたためにカイルは軍法会議にかけられた。艦を失ったり損傷させた場合、事故原因を明らかにするために行われる事であり通常の処置だ。

 原因は海図に記載されていない岩礁によるものでありカイルに非は無かった。

 錘を垂らして海底までの深さを測るだけの当時の技術では、測定地点間の平均を出すことしか出来ないため、観測点の間に突き出た岩礁を見つける事など不可能。

 実際二〇世紀に入っても未知の岩礁は多く日本海軍の戦艦日向は東シナ海を航行中、未知の岩礁に船体を擦っている。ちなみにその時見つかった岩礁は日向礁と名付けられた。

 軍法会議は艦長に責任なしと判決を出していたが、カイルには痛い思い出だ。

 その後は状況の変化、新大陸駐留アルビオン海軍部隊の管理、そのための人手不足もありカイルはチャレンジャー艦長から解任され司令部勤務となった。だがカイルには洋上から司令部勤務への異動を更迭のように感じた。

 陸上勤務は一応経験がある。

 転生前の商船士官でも航海士勤務の後、本社勤務となりオペレーションルームや造船所、国の研究所に派遣されたりした。

 昔は船の士官はずっと船の上だったが、通信機器の発達により遠く離れた日本の本社から洋上の船を集中管理、監視が出来るため、商船会社本社の管制室から指示を出すのが普通だ。

 そのためのオペレーターとして商船士官が求められており、数年航海士や船長として洋上勤務したあと本社でオペレーター勤務というのは多い。ただオペレーターには現場の様子が分かっている必要があるため数年後には洋上勤務に戻る。

 そのため商船士官は船と陸上の間で転勤を繰り返すこととなる。

 航平としては多少気分転換になったが、ディスプレー上のアイコンを見て現場ではどのように動いているか想像していると無性に船に乗りたくなるので一寸した拷問だった記憶がある。

 なので陸上勤務は少し窮屈だった。

 まして軍法会議後では後味が悪い。


「それでも陸上勤務はかなり頑張っていたな」


 カイルの司令部勤務の様子を思い出したサクリングは身震いした。

 サクリングは艦長から解任したカイルを測量の仕事に回した。

 今回の岩礁以外にも海図の不備が見受けられたため、カイルを責任者にして改めて測量を行わせるためだ。

 カイルは測量に精通しているので適材と考えてのことだったが、この人事は失敗だった。

 座礁事故の汚名を雪ぐのと二度と事故が起きないよう海図を完璧にしようとして頑張りすぎて部下を酷使してしまった。

 出来上がる海図は良い物なのだが、コストが掛かりすぎる。

 期間も費用も掛かりすぎるのを見たサクリングは、流石にまずいと思い基本計画のみ採用して別の人間にやらせ、カイルを工廠の監督官に転属させた。

 監督官は製造される軍艦の品質を確認したり、使用者の立場から造船側に意見を通達する役目であり、軍と造船所の橋渡し役だ。

 工廠は軍の施設だが工員は一般人であるため、洋上での作戦行動や運用に疎いので監督官が必要だった。


「今も頑張っています」


 カイルは元気に断言した。

 また転属になるのか、と思ってしまったからだ。気合いを入れて職務に邁進しているが伝わらないのだろうか。測量の時は確かに力を入れすぎて精密すぎる計画を立ててしまった。

 今の職務も力は入れているが、やり過ぎていないはずだ、とカイルは思っている。

 戦争で工廠が拡大して水の使用量が増大したので水道の新設を計画したり、レナウンを基にしたスーパーフリゲートの建造を計画したり、タグボートとして蒸気機関を積んだ小型船を計画したり、帆の操作を行う為に船に載せられる小型蒸気機関を計画したり、<甲鉄>並みの装甲艦を計画したり、ドラゴンを使った航空母艦が出来ないかと想像したり、手押し式ながら潜水艦を計画したりしているだけだ。

 少なくともやり過ぎていない、とカイルは思っていた。

 サクリング海佐が微妙な顔をしていたが、気分を切り替え本題を切り出した。


「ヴィーナス、明星の太陽面通過を知っているか?」

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