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奇襲

「戦闘配置完了」


 報告を受けてカイルはもう一度後方のブランカリリオを見る。

 帆に風を一杯にはらみ、徐々に接近してくる。ただ切り上がりが悪いのかディスカバリーより風下にいる。


「並行になったところを砲撃する!」


 上ずった調子の声でダウナーが言う。初めての戦闘なのか色々とテンパっているようだ。

 大丈夫なのか、とカイルは不安になる。上司が動揺していると部下はそれ以上に動揺するものだ。

 とりあえず艦長を見ないようにしてカイルはブランカリリオが起こすであろう動きを予想した。するとある事に気が付いた。


「おかしい、どうして連中は直ぐに追いつけない」


 海賊船は商船に追いつくために速力を出すべく出来る限り軽くしてある。

 対するディスカバリーは観測器機の他、長期の航海に備えて大量の水や食料を積み込んでおり、船足は遅い。

 航海期間を短くする為に速力が出せるよう配慮しているが、ブランカリリオの方が速力が速いはず。

 帆を一杯にしていれば簡単にディスカバリーに追いつく速力が出せるはず。船底の掃除が不十分で速力が出ないのだろうか。

 少なくともカイルが予想したより距離が縮まっていない。


「海賊船接近!」


 考えている間にもブランカリリオはディスカバリーに追いつき艦尾に付こうとしている。


「左舷砲撃用意! 真横に来たら砲撃を浴びせよ! 」


 ダウナー海佐は命令した。

 観測艦とはいえ海賊船や海の魔物を相手にするため、一応旋回砲を含めて二〇門程搭載している。だが、最大でも六ポンド程度で商船が積み込むような小型砲だ。

 それでも海賊船相手には十分だ。

 そしてブランカリリオがディスカバリーの真横至近距離に進んで来て必中ポイントに入ろうとした。


「撃て!」


 ダウナー艦長が命令した瞬間、ブランカリリオが急に後退した。

 帆船は帆に風を受けて走る。風を受ける事が出来なければ失速する。

 風下にいたブランカリリオはディスカバリーの帆に風を遮られたため失速し後ろに下がってしまった。

 ブランカリリオの失速に対応できず、ディスカバリーが放った砲弾は空を切った。


「外したか。だが、次で仕留める! 再装填急げ!」


 ダウナー海佐が命じると乗員は再装填を急ぐ。

 その間に再び風を捕らえたブランカリリオは速力を上げて追いかけてくる。


「今度は土手っ腹に弾を撃ち込んでやる」


 しかし、ブランカリリオは面舵――右に舵を切ってディスカバリーの右舷側、風上側へ出ようとする。


「馬鹿め、速力が足りない状態で風上に出ても失速して落伍するだけだ」


 帆船は風上側へはある程度の角度しか登ることが出来ない。

 帆に風を受けきれず、流れてしまい推進力に変換できないからだ。

 余程効率よく帆を調整するか速力が出ていれば慣性力で押し切る事も出来る。

 だが、ブランカリリオは目一杯に風を受けておりこれ以上速力も出せそうに無い。それどころか風上に向かおうとして風を受けきれず速力を落としているように見える。

 逃げ切れるとカイルも考えていた時、ブランカリリオの船尾からロープが出ていることに気が付いた。


「ボートを流しているのか?」


 船は陸上との連絡用、緊急時の脱出用にボートを搭載しているが、戦闘時はこれらのボートが攻撃により破損するのを防ぐ為にロープに結びつけて海に流す。

 だが今回は偽装により接近を許したことと、訓練不足の為にディスカバリーはその措置を行っていない。

 ブランカリリオにしてもガリア船に偽装するため、ボートを流していない。

 ならばどうしてブランカリリオはロープを流しているのだろうか。

 錨でも下ろしているのか。いや、こんな外洋では錨を降ろしても海底に届かず海中を漂うだけだ。

 海賊の呪いか。


「……海賊?」


 その時、カイルはある事を思い出して命じた。


「右舷へ移り砲撃用意!」


「待ち給えミスタ・クロフォード」


 だがダウナー艦長によって遮られる。


「海賊共は失速しつつある。右舷に来られる訳が無い」


「いえ、連中は来ることが出来ます」


「風を一杯にしても追いつけないではないか。その証拠に、風上に針路を変えたら失速し離れている」


「あれは偽装です。連中は船尾からロープを結びつけた樽を流して速力を落としています。彼らの速力は更に上がります!」


「! 海賊船、増速します!」


 見張りの絶叫が響いた。

 カイルが改めて後方を見やると船尾のロープが切断され、戒めから解き放たれたブランカリリオが飛び出すように加速した。

 そしてディスカバリーの右舷側を通過しようとする。


「艦長! ご指示を!」


 呆然とするダウナーにカイルが問いかけた。


「う、右舷砲撃用意!」


 ダウナー艦長は命じるが、乗員は左舷側で再装填の作業中。

 突然、反対舷への移動を命じられても、直ぐに今の作業から切り替えて動くことは出来ない。


「早くしろ!」


 ダウナーが急かすが、乗員は目の前の作業に集中していて号令が届かず、右舷へ移る行動は遅々として進まない。

 ようやく命令が伝達され右舷に移動して砲撃準備を整えたときには、ブランカリリオは既に右舷艦首にまで移動していた。

 今度はブランカリリオの方が風上側となり、ディスカバリーが受ける風を遮る。そして船足が遅くなったところへブランカリリオが砲撃を浴びせる。

 多数の砲弾が命中し艤装が落ちてきて更に速力が低下する。

 そしてブランカリリオはディスカバリーの艦首へ接舷しようと接近してくる。

 ダウナー艦長は砲撃を受けて放心状態であり、乗組員も何をすれば良いか分からずにいる。


「面舵一杯! スパンカーを回せ! 左舷砲撃用意!」


 その時、カイルが大声で命じた。動けずにいた乗組員も命令を受けて飛び出すように動き始める。

 スパンカーが回され舵を右に切ったディスカバリーは艦尾を左に回して艦首を右に振る。接舷するべく突進していたブランカリリオを回避することに成功した。

 そしてブランカリリオはディスカバリーの真横を通過しようとしていた。


「撃て!」


 カイルが命令すると左舷に戻った乗員が大砲に取り付いて砲撃。ブランカリリオに命中弾を与える。

 そのまま両艦はすれ違うと離れていった。


「海賊船が離脱して行きます!」


「まあ当然か」


 見張りの報告にカイルは納得した。

 基本的に単独行動する海賊船は状況が悪ければ逃げるしかない。

 損傷しての沈没は勿論、逃走できなくなっても海賊船は終わりだからだ。だから致命傷を受ける前に逃げるのは正しい判断だ。

 偽装しての接近、奇襲が失敗した今、ブランカリリオが取れる手段は逃走しかない。


「しかし、どうして奇襲なんか」


 カイルは何故ブランカリリオが奇襲して来たか考えた。観測航海任務のディスカバリーと知っていてあえて襲うなんて意外すぎる。

 碌に財宝とか載せていないにもかかわらず攻撃してきたのは他に奪うものがあったのか。


「天体望遠鏡か、クロノメーターか」


 今のところ世界に一つだけの精密時計だ。今後の航海では必要となるだろう。大方何処かの国に雇われて襲撃してきたに違いない。

 あるいは精密な天体望遠鏡か。ガラスの研磨と歯車を使った精密な調整装置などの高度な技術によってどんな財宝より高価な物となってしまった。考えて見れば望遠鏡だけでも高価だ。

 艦尾へ攻撃する機会があったにもかかわらず、艦首へ突撃したのはクロノメーターが搭載されている可能性が高いから攻撃しなかったのだろう。


「厄介事が増えたな」


 カイルは肩を下ろすと未だに放心状態のダウナー艦長に話しかけた。


「艦長、本艦は損傷しました。マカロネシアへ引き返し修理を行うべきでは?」


 先ほどのブランカリリオによる砲撃でディスカバリーは艦首を中心に損傷している。マストや船体に損傷が出ており今後の長期航海に支障が出る危険があり、完全に修理しておきたかった。


「ダメだ。これ以上の遅延は許されない。航行しつつ修理せよ」


「しかし、修理が完璧に行えないかと」


 戦闘の他にも嵐などで艦や船は損傷する。大航海時代とはいえ、港はそこら中にあるわけではない。洋上で損傷しても自力で修理できるくらいの能力はどの船も持っている。

 持っていなければ漂流して彷徨うだけだ。

 だが近くに寄港可能な港があるなら、そこで修理するべきだ。


「ダメだ。南下しつつ修理せよ。艦長命令だ」


「……了解しました」


 カイルはダウナー艦長の命令を受けて承諾すると直ぐに修理するよう指示を出した。

 寄港して最適な時期まで修理期間を延ばそうと企んでいたが、阻まれてしまった。




 開闢歴二五九三年一二月一〇日 ポート・インペリアル海軍軍法会議議場


「以上がマカロネシア沖での戦闘経過です」


 カイルは議長であるジャギエルカ提督に向かって答えた。全ては報告書に書いてあることであり、それ以上の事は言っていない。


「ふむ、とすると君は艦長の命令なく発砲したという事だね」


「しかし、艦長からの命令は相手を歓迎せよとの事でした。礼砲が無礼であるとは聞いたことがありません」


「だが結果的に艦長命令に反していないか?」


「艦長からの命令に迅速に対応しただけです」


 命令が不明瞭な事に付け込み、勝手に礼砲を撃っただけなのだが、命令は命令であり問題無い。部下が間違いようのない程正確に命令を下すことは上に立つ者として必要だ。士官であっても例外ではない。勿論正しい命令である事が望ましいが与えられる事は稀だ。だから、命令の範囲内で正しい方向へ持ち込もうと手練手管を練る必要がある。

 指揮能力に疑いのあるダウナー相手には特に重要だ。


「その後も私は艦の為に必要な行動を採ったと信じております。実際、海賊船の接舷を防ぎ航海を継続出来る様にしたと考えております」


 だが軍法会議でそんな事を言えば上官侮辱で処罰されてしまう。だからカイルは無難な言葉でその場を取り繕った。


「……確かにな」


 渋々ジャギエルカ提督はカイルの言葉を認めた。


「だが、その後も艦長との間にトラブルがあったようだが」


「確かに意見の相違はありました」

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